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世界樹リプレイ日記(第六階層②)

※本記事には世界樹の迷宮クリア後の要素を含みます。

(↓前回の話)


B29F(即死はいいぞ編)

B27FとB28Fを往復していた頃、アサギも「引退」をしていた。パーティ全体の戦力低下が危ぶまれたが、レンリの弓に以前のような冴えが徐々に戻りつつあったことから、決行に至った。アサギは、忘れる事には自信があると胸を張っていた。アサギは何もない所でよく転び記憶を失う悪癖があった。

アサギを選んだのは本人の謎の自信とは関係なく、他に理由があった。ルゥには仲間の経験を上乗せする『ホーリーギフト』があり、トルテには強敵をも石化させるスキル『カタストロフ』があり、シトラには三属性の全体攻撃術式があり、いずれも第六階層の探索には欠かせなかった。要するに消去法だった。

そういった事情をアサギに説明すると、雨に濡れた子犬のような顔をされたが、ともかく、アサギは「引退」を行った。レンリの時と同じようにふらついた足で施設を出て来て、いつものように地面に向かって頭だけダイブしようとしていたので、流石に全ての記憶を失われては困ると全力で止めるのだった。

一からやり直しとなったアサギは、久しぶりに後衛となった。アサギがギルドに加入した当時もこうだったなあと君たちは懐かしく思った。その時のアサギは後衛でも力になれる技として『小手討ち』を覚えたが、今回は『首討ち』を覚えていた。今までパーティの誰も覚えていない、即死攻撃だった。

第一階層にいるゴーレムを即死で倒せば特殊なアイテムが手に入る、と風の噂で聞いていた君たちは、早速その真偽を確かめに行った。トリプルハンマーに苦しめられた思い出も今は昔。白刃一閃。居合の構えから放たれた鋭い剣閃はゴーレムをも両断した。アサギは初めての手応えにきゃっきゃと喜んだ。

噂は本当だった。手に入った素材から作られた武器は君たちが装備できるものではなかったが、珍しいものが見れたので君たちは満足した。ただ、10回に1度程度の成功率では実用的ではないだろう。前衛に戻ったらもうしないでねと伝えたところアサギはしゅんとしてしまった。

だが、アサギは度々首討ちを使用した。それは特定の属性以外の攻撃を受け付けない敵に有効だった。構えてから技を繰り出すまでに時間がかかるが、石化の失敗時や仕留め損ねた時に補助的な役割を果たした。アサギは首討ちに成功するたび得意げに振り向いた。君たちは成功するならまあいいかと思った。

息抜きは終わり、君たちは再び第六階層の攻略に取り掛かった。B29F。視界が開けていた上階から一変し、狭い小部屋と通路の繰り返し。空間が捻じ曲がり、気付けば入口に戻されている所謂ワープゾーン。大量の落とし穴とダメージ床の凶悪コンボに比べれば易しく見えた。運を味方にしさえすれば。

はたして、君たちはその運を味方につけた。棒が倒れる方角に適当に歩いていた君たちはさほど苦労することもなく下への階段を見つけることが出来た。これまでの傾向からすれば各階層は5階刻み。つまり、ここを下りたB30Fはいよいよこの冒険の終点。終わりたくない。それが君たちの正直な気持ちだった。

君たちはB30Fの探索を進める前に、B28FとB29Fをくまなく探索することにした。その時には、レンリとアサギがかつての強さを取り戻しつつあったことから、トルテとルゥにも引退処置を施した。シトラはパーティで唯一の全体攻撃手段を持っていたため処置を見送った。道中の敵を殲滅する要はシトラだった。

一人だけ引退をしなかったシトラは少しだけ寂しそうだったが、戦力低下で敵を倒せなくなっては元も粉もない。君たちは鍛錬と探索を同時に行い、地図を埋めていった。自身の成長と、未知が既知へと変わっていく感覚。過酷な環境に身を置きながら、やっぱり冒険は楽しいなと君たちは改めて思うのだった。

B30F(三竜戦・準備編)

B28FとB29Fの地図が完成した君たちは、B30Fを下り、長い長い一本道を経て、遂には最深部に到達した。目の前には、竜の顔を思わせる刻印が刻まれた扉がある。君たちが扉に手を伸ばそうとしたとき不意に頭に声が響き渡った。『この扉、迷宮内最高の生物を狩った真の猛者以外通ること能わず』。

どうやらこの先に進むには、巷では"三竜"と呼ばれ畏怖されている偉大なる竜達を倒す必要があるらしい。君たちは第六階層に挑む前、それらと対峙し、完膚なきまでに敗北した経験があった。とても敵わないと一度は諦めた、かつてない脅威との戦いがいよいよもって避けられないことを君たちは悟った。

入念な準備を行う必要がある。君たちは対三竜のため、全員が休養を取った。まずは氷を司る竜。それを倒すことのみを考えて自身の技を磨き直した。当然、装備も揃えなければならない。これまでの旅路で君たちの懐はそこそこ暖まっていたが、対三竜の為には些か心許なかった。更に金を稼ぐ必要があった。

君たちは、第六階層のF.O.E.を倒して回り、素材を売ることにした。B26Fを攻略していた時は採集で資金を稼いでいたが、F.O.E.の正体と生息がわかった今となってはこちらの方が効率が良かった。そして所持金は100万enを突破した。駆け出しの冒険者なら毎日宿屋に泊まるだけで540年は暮らせる額だった。

だが、装備を買い揃えた君たちはあっという間に素寒貧になった。というより、それでもなお所持金が足りなかった。火・氷・雷の耐性を高める世界樹のコートとトリトス、即死耐性を高めるクリスタルアイを5人分買おうとすると140万en程度必要だった。大量の回復薬の分の金も残さなければならなかった。

君たちはひとまず世界樹のコート3着にクリスタルアイとトリトスを4つずつ購入した。更にクイーンズボンテージを購入し、しめて1,053,000en。トルテは今まで主に剣を得物としていたが、対三竜の為に鞭術を0から学び直した。今まで殆ど触ってこなかった鞭だったが、何故だかよく手に馴染んだという。

当初想定していた数の装備を揃えることは出来なかったが、一応は全員に火・氷・雷の耐性の装備が行き渡ったことから、君たちは氷竜の討伐へ向かった。装備で賄えない分は絶耐ミストや耐氷ミストで賄えるだろう。強力なブレス攻撃といえどそこまでやって防げないことはないだろう。そう思っていた。

その想定は甘かった。耐氷ミストを使用し防御を固めてもパーティは半壊状態に陥り、絶耐ミストでは完全に崩壊した。両方重ねて使用すれば防ぎ切れたかもしれないが、氷竜は素早く、ブレスの前に動けるのはレンリだけだった。どうすればいい。君たちは何度も挑戦しては氷漬けにされ、追い返された…。

B30F(氷嵐の支配者戦)

氷竜との戦いでの最中、ルゥは迷宮に入りたての頃を思い出していた。その頃の君たちは、同業からよく「お遊びギルド」「道楽ギルド」と揶揄されていた。冒険をただ楽しみたいという方針もそう言われる要因の一つだったが、その多くはメディックやパラディンがパーティにいないことにあった。

迷宮を甘く見る素人の寄せ集め。そう思われていた。パーティが当初4人だったのは単に人の話を聞かず5人まで組めることを知らなかったのが理由だが、知ってからも人員を増やそうとしなかったのは、そうした声に対する反発も少なからずあった。何より、歌で、縁で結ばれた自分達を否定したくなかった。

そうして君たちは、遂には迷宮の主を倒すにまで至ったわけだが、三竜を前に敗走したことが噂になると、以前のようなやっかみは再び増えた。今回も負ければ更に増えるだろう。自分のことはいい。ただ、他の仲間を悪く言うのは許さない。このパーティは最高だとルゥはそう信じていたし、証明したかった。

熟練のパラディンは属性攻撃を防ぎ無に帰す最強の盾をも具現化すると言う。――なら、自分が皆を守る盾になる。限界を超える。『レンリ!』アザーズステップで身軽になったルゥは氷竜のブレスよりも速く、美しく舞った。氷幕の幻想曲。艷やかな旋律は君たちを優しく包み、蒼白い光を衣のように纏わせた。

氷竜が、ぐぐと喉を膨らませ、上体を大きく反らした。次の瞬間、視界に映るもの総てを、空気を、空間ごと凍らせてしまう程の強烈な吹雪が君たちを襲った。三つ首の顎問(あぎと)から容赦無く放たれたそれは、しかし、君たちに軽い凍傷を負わせるに留まった。柔らかな蒼白い光が、君たちを守っていた。

アイスブレス。あの恐るべき攻撃に耐え切った。その事実が、君たちの心に火を灯した。ルゥの奏でる楽曲はいつまでも耳に残り続ける。つまり、あの吹雪はもはや殆ど無効化したも同然だった。アサギとルゥの頭に軽い痺れをもたらしたとはいえ、それは些末な事に過ぎなかった。君たちは武器を構え直した。

氷竜がその身に硬く分厚い氷を纏う。トルテが構わず鞭を振るった。しなやかで鋭い一撃が氷竜が頭部を捉える。まるで金剛石《ダイヤモンド》を猫じゃらしで叩いたかのような手応え。しかし、その一撃は頭蓋の中枢に響いたようで、氷竜は小さくたじろいだ。その拍子にアサギの刀は大きく空振った。

テリアカを服用し、声を出せるようになったルゥが癒しの子守唄を歌う。氷竜は依然分厚い氷を纏っている。損傷は与えられないが封じの効果は与えられるらしい。アサギは腕を、レンリは脚を狙い、攻撃を繰り出した。シトラは、火炎の術式に効果がないと見るや頭に痺れのあるアサギに駆け寄り、介抱した。

槍の如き巨大なつららが中空でピキピキと音を立てて形成されていく。まずい、と思った瞬間、弾丸の如き勢いで飛んできた。どわー!と気の抜けそうな叫び声とともにルゥはこれを回避した。お返しにと、沈静なる奇想曲を歌い始めると、氷竜を纏っていた分厚い氷がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

シトラから『"沈静"じゃなくて"珍奇"じゃないの?』とからかわれたこの歌は、何故か敵の強化を解除する力があった。どうしてそうなるのかはルゥにもわからなかった。氷竜もきょとんとしていた。むき出しになった氷竜の腕をアサギの斬撃が迫った。手応えあり。氷竜の腕が重たそうにだらんと下がった。

頭と腕を封じられた氷竜は憎々しげに呻いた。分厚い氷を纏っても、その度にルゥが歌で崩した。トルテが全身に力を漲らせる。痛烈な鞭打は、音を置き去りにした。氷竜の脚の自由を奪った後、つんざくような破裂音が鳴り響いた。全身封じ。それはつまり、ダークハンターの最終奥義の解禁を意味していた。

もはや氷竜は案山子同然だった。トルテは、ひゅんひゅんとしなり蛇のようにうねる鞭を大きく振り上げた。――エクスタシー。その一撃は疾く、重く、鋭く。氷竜の胸をしたたかに打ち据え、肉を弾き飛ばした。轟音。万雷がひと時に落ちたかの如く。氷竜は絶叫した。悲鳴が鳴り響き、空気がびりびりと震えた。

咆哮の後、氷竜からこれまで以上の殺意が膨らんだ。脚部以外は既に動けるようになっている。ならば再び動けなくするまで。トルテの鞭が氷竜の頭を捉える。成功。鞭はしゅるしゅると生き物のように巻き付き、動きを封じた。氷竜はゆっくりと腕を動かした。トルテ、レンリ、シトラの3名が絶命した。

何が起きた!?突然のことに残されたアサギとルゥは驚愕し、困惑した。どうやら即死耐性を持つクリスタルアイはお守り程度の効果しか無かったらしい。金返せ!悪態をつきながらネクタルを使用し、倒れた仲間を手早く蘇生させていく。その間、氷竜は巻き付いたトルテの鞭を外そうと藻掻いていた。

全員が蘇生した時、氷竜は再び中空に巨大なつららを創り出した。猛烈な勢いで飛来した氷槍に穿たれたレンリは再び倒れた。先程は運良く避けられたが、直撃してはひとたまりもなかった。つまり、まず削るべきは体力よりも戦力だった。そう判断したアサギとトルテは積極的に部位封じを狙っていった。

アイスブレスは頭部、即死攻撃の絶対零度と貫く氷槍は腕部が司る。幾度も剣戟を交わしているうちに、君たちは氷竜の攻撃手段を理解し始めていた。いずれの攻撃も、危険度は等しく高かった。先程即死した3人はルゥの歌の効果が解けていることから、一度克服したアイスブレスも今また脅威になっていた。

しかし、今日のトルテの鞭は、異様な程冴え渡っていた。頭部、腕部、脚部をたちまちのうちに一人で封じていった。封殺と形容するに相応しい目を見張るような働きぶり。――そして、全身を封じるという事は、即ち、「エクスタシー」の解禁を意味していた。瞬雷。強烈な鞭打を受け、氷竜はたたらを踏んだ。

渾身の必殺を二度も受けても、氷竜は健在だった。聳え立つ峰の様に、峻厳と、威風堂々として居た。圧倒的な存在感に陰りは見えない。対して、君たちは徐々に疲弊の色が濃くなっていた。そんな時、場違いな明るい声が上がった。もう少しだよ!頑張ろう!こんな時に皆を励ますのはいつだってルゥだった。

ルゥが仲間に駆け寄り、アムリタを施していく。その華奢な矮躯で、いつもパーティを引っ張ってきた。あっちが山なら、こっちは太陽だ。走り回るルゥを見て、心に火が入った。君たちは果敢に攻めた。氷竜は分厚い氷を重ねて纏った。あるいは、氷竜もまた君たちを脅威と見なしているのかもしれなかった。

トルテが再び氷竜の頭部、脚部の自由を奪った。氷竜は腕(かいな)をゆっくりともたげた。次に繰り出してくる攻撃は予想出来た。絶対零度。冒険者を一撃で死に至らしめる恐るべき必殺。だが、それを予期していた君たちは辛くも回避した。寸前のレンリのトリックステップも、撹乱の効果を発揮していた。

天空より矢が飛来する。氷竜を纏っていた氷は既にルゥの歌で崩れている。レンリの放ったサジタリウスの矢は、剥き出しの翼を穿った。氷竜は悲鳴にも似た咆哮を上げた。『今だ!』ルゥに背中を叩かれ、トルテは駆けた。残るは、その腕。トルテの鞭は氷竜にしゅるりと巻き付き、縛り上げ、自由を奪った。

『決めます!』トルテは全身に力を漲らせた。レンリが進むべき道狙うべき箇所を指し示す。トルテは氷竜よりも疾く動き、跳躍した。高く高く、山の如き氷竜の更に頭上へ。トルテの鞭が伸びた。全身全霊で振り上げる。エクスタシー。即ち、ダークハンターの最終奥義。稲妻の如き鞭打は、空間を断裂した。

絶叫が響いた。トルテの鞭は氷竜の胸部を深くえぐり、弾き飛ばしていた。氷竜はその巨体を傾け、苦悶の唸り声を上げながら地に伏した。ずしん、と衝撃で地面が揺れる。起き上がることはない。――見事、君たちは誰一人欠けることもなく、あの恐るべき氷嵐の支配者を打ち倒すことが出来たのだった。

君たちは喜びを分かち合った。歓声を上げ、手を叩き合った。とても敵わないと一度は諦めた相手に雪辱を果たした。君たちはしばしの達成感に浸り、その場を後にした。なお、宿に戻った後。偉大なる氷竜の骸から貴重な素材を調達するのを完全に忘れていたことに気付き、君たちはいたく後悔するのだった―――

(→第六階層③に続く)


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