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世界樹リプレイ日記(閑話・世界樹リプレイ日記Ⅱ(前日譚))

(↓前回の話)



「お願いします!私をあなた方のギルドにいれてくださいっ!」

穏やかな日の昼下がり。

冒険者達が集い賑わう『金鹿の酒場』にて、少女の高らかな声が鳴り響いた。

喧騒の只中にあって、その声は真剣味を帯びて際立ち、雑談に花を咲かせていた周りの客たちは何事かと視線を動かした。

冒険者に年齢による制限はなく、年若く未だ成人を迎えていない者も少なからずいるとはいえ、多くの層を占めるのはやはり腕っぷしに自信のあるむくつけき男ども、幼い子供などは滅多におらず、とりわけこのような酒を嗜む場において鈴のように高い音で響く声は珍しく、幾らかの衆目を集めていた。

加えて言えば、少女が入りたいと言って深く頭を下げた先にいるのがこのエトリア有数のギルド―――つまり君たちであることも、好奇の視線を集めるのに拍車をかけていた。

吟遊詩人《バード》のルゥ。
闇狩人《ダークハンター》のトルテ。
狩猟者《レンジャー》のレンリ。
錬金術師《アルケミスト》のシトラ。
侍《ブシドー》のアサギ。

以上5名で構成された君たちである。

そして、早朝からの探索を終えてゆっくりと昼食をとっていたところ、見知らぬ人物に急に大声をかけられた君たちはぽかんと言った風に声の主を見つめていた。

ふわふわとした金色の癖っ毛に、両耳の後ろから垂らした三つ編み。
華奢で小柄な体躯に、毛織物《ツイード》を羽織っただけの簡素な格好。
どこにでもいる村娘のような佇まい。
武具の類を何も装備していないことから、その見立てはおそらく間違っていないようにも見受けられる。
目の前の少女は声に緊張を滲ませながら口を開いた。

「私、あなた方の話を聞いてエトリアに来たんです。すごいギルドがいるって。迷宮の、今まで誰も行ったことのないところまで進んでるって。しかも、みんな私と同じくらいの歳だって!それで、私、いてもたってもいられなくって、故郷を出てきたんです。子供の頃から冒険に憧れてて、いつか私もって思ってたから」

顔を上げ、その拍子に三つ編みが弾むように揺れる。
快活そうな瞳が真っ直ぐに君たちに向けられ、興奮したように少女はまくし立てる。

「あの!ギルドに入るために必要なことも聞きました!冒険が好きなのが第一なんですよね!私、冒険大好きです!あ、正確には冒険のお話を聞くのが大好きで、冒険はまだしたことないんですけど…。でも!冒険に対する熱意なら誰にも負けないと思います!あ、さすがにみなさんには負けると思いますけど…。と、とにかく!お願いします!私をあなた方のギルドにいれてください!」

少女は改めて君たちに向かって勢い良く、深く頭を下げた。

君たちは顔を見合わせた。

君たちのギルドへの加入条件は最初から今まで、一度も変わったことはない。

職業不問。
能力不問。
ただ冒険を楽しみたい同じ志を持つ者よ来たれ。

君たちの謳い文句である。
富や名誉よりも冒険そのものに焦がれる者、そのような人物が現れたなら誰だろうと受け入れるつもりでいた。

ただ…。

「ええっ!?もう最深部まで到達しちゃったんですか!?」

そう、君たちは既に迷宮を踏破していた。正確には迷宮の完全踏破目前、といったところだろうか。君たちは第六階層のB30Fに到達し、その最奥にておぞましく名状しがたい「敵」に遭遇した。そして、その攻略のため装備品や道具類を揃えている最中だった。

少女が耳伝えで聞いた評判は、おそらく君たちが第三階層に到達したあたりのことだろう。彼女の故郷とはエトリアからずいぶん遠い地にあるらしい。あるいはここに辿り着くまで道にでも迷ったか。それとも君たちの迷宮を進むペースが速かったのか。
いずれにしても、迷宮の地図は「敵」のいる広間を除いて完成しており、生息する魔物や採集可能なアイテムまでほとんど網羅している状態だった。
君たちはそのことを少女に伝えた。
すると。

「…すごい。すごいすごい!やっぱり噂は本当だったんだ!強くて格好良くて!エトリアで一番のギルドだって!」

『わああ…すごいや…』と、少女は感嘆の声とともにきらきらと瞳を輝かせて君たちを見つめた。
面映ゆくなった君たちは照れくさそうに頬をかいた。
エトリアでは並び立つ者がいないほど力を付けた君たちだったが、日々をこの街で過ごし迷宮を行き来しているうちにいつの間にか風景の一部であるかのようにすっかりと馴染み、ここで暮らす人々からすればもはや見慣れた存在となっていたため、このように真正面から憧憬の眼差しを注がれるのは久し振りのことだった。

気を良くした君たちはまあ座りなよと少女のための椅子を用意し、酒…は飲めないだろうことからジュースを奢ることにした。お腹も空いてそうだったのでついでに本日のおすすめ料理も振る舞った。酒がなくとも場に酔えるのが君たちだった。年の近い君たちと少女の会話は弾み、飲み会は大いに盛り上がり、憧れの人たちと楽しく食卓を囲むという君たちのえぐいファンサを受けた少女はやがて夢心地になり―――

「―――ってそうじゃなくて!それじゃ私なんかが今からみなさんのギルドに入ってもしょうがないじゃないですかー!」

がっくりとうなだれる少女の肩をポンと叩き、『ちなみにこのギルドもうすぐ解散予定だから』と伝えると少女は今度こそ絶叫した。

「すみません、取り乱しました…」

髪がほつれるほど動転した少女は次第に落ち着きを取り戻し、手元にあったジュースをちみちみと口に運んだ。

「はあ…せっかくエトリアまで来たのに…」

これからどうしよう、と少女は肩を落とした。

君たちが少女とともに迷宮を歩くのは容易い。しかし、それは本人が望むものではないだろう。未踏の地を歩み未知を切り拓くのが冒険の醍醐味。例えば今、君たちが翠緑ノ樹海に行こうものなら自宅の庭でピクニックでもするような感覚に陥るに違いなかった。

かといって他のギルドへの加入を勧めるのもどうか。 
ことここに至っては少女が同じ志を持つ者と巡り合うのは難しいと思われた。
何しろ迷宮は踏破され世界樹の真相は殆ど明かされている。
今なお迷宮に挑むのは生活のため鍛錬のため力試しのためといった者たちが大半で、残された謎に挑み解き明かさんとするのは既に学者《スカラー》の領分であった。それはそれで一つの冒険ではあるのかもしれないが、さておき。

そういえば、と君たちは少女に向き直った。彼女が冒険者志望であることは明らかだが職業は一体何なのだろうか。
落ち込んでいた少女は顔を上げて答えた。

「あっ、すみません!自己紹介をまだしていませんでした!私、ミントって言います!ここから結構離れた村の出身で………職業は…冒険者見習い…?でしょうか…?」

少女はぺこりと丁寧におじぎをした後、頭上に疑問符を浮かべて首をかしげた。
君たちは少女の受け答えに違和感を覚えた。
もしや、と思った君たちは重ねて尋ねた。

「どんな冒険者になりたいか、ですか?そうですねー、やっぱり剣を使ってばっさばっさとモンスターを退治したいですね!あー、でも、火や雷をバーンって出すのも捨てがたいなあ。仲間の傷を癒したりするのも素敵ですし、鮮やかな足さばきでモンスターを翻弄するのも格好良いですよね!歌で元気付けたりもしたいですし…うーん…全部できるような冒険者になりたいです!」

…どうやら、彼女の中には職業《クラス》という概念が存在しないらしい。
というよりも、君たちが少女に抱いた第一印象は寸分たがわぬ真実であるらしかった。
…彼女は、本当に何も知らない村娘に過ぎなかったのだ!

「村では畑仕事のお手伝いをしてました!」
「文字ですか?読めません!」
「地図ですか?たぶん描けると思います!東が右で、西が左ですよね!」
「戦闘ですか?したことないです!」

でも、やる気は充分です!と少女は拳を握って力説した。
すると、聞き耳を立てていた他の冒険者達がとうとう我慢の限界とばかりに噴き出し、ゲラゲラと笑い始めた。
『え?え?』と狼狽する少女。
君たちは周囲に向かってぎろっと一睨みすると、他の冒険者達は口を閉ざしてさっと顔を逸らした。

「あの、私、何か変なこと言いましたでしょうか…」

気にするなと君たちは声をかけた。
正直に言えば突っ込みどころは多々あったが、君たちが駆け出しの頃は似たようなものだった。
そして、これまでの話の中で彼女がエトリアに辿り着くまで時間がかかったのは異常なまでの方向音痴であることも原因の一つであると推察できた。
また、冒険者というものは新人であろうと大抵は最低限の戦闘の心得は持っているものだが、彼女は全くそういった経験がなく、訓練すら受けたことがないようだった。
少女はぽつりと呟くように言った。

「…実は、お父さんとお母さんからは冒険者になるのをずっと反対されてたんです。隠れてこっそり木の棒を素振りしたりはしてましたけど。でも、冒険者になったら自然といろんな技を身に着けるって聞いたことがあったから、私でも出来るのかなって、思って。…あの、もしかして私、ものすごい勘違いをしてたんでしょうか…?」

おそるおそると少女は尋ねた。
確かに、迷宮での経験は冒険者達を成長させる。
魔物との戦いの中で眠っていた才能が開花し、新たな技が閃くこともあれば、自ら望んで会得することもある。
君たちにもよく覚えのある感覚だった。
ただ、それには当然ながら個人差がある。
誰もが君たちと同じ成長速度であるならばもっと多くの冒険者が深層まで到達出来ているだろうし、迷宮はとうの昔に攻略されているだろう。
持って生まれた才能か、冒険者になるまでに培ってきた基礎能力の違いか、あるいはその両方か、それとも別の何かか。
少なくとも、何の心得もないただの素人を迷宮に放り込んだからといって劇的に成長する可能性は限りなく低く、それ以前に瞬く間に魔物に倒され大地の養分となるのは想像に難くなかった。
君たちがそのことをやんわりと伝えると、少女はうつむいた。

「そう、ですか…。そうですよね…。考えてみたら当たり前ですよね…。剣の振り方も知らないのに、迷宮に入った途端急にすごい技が身に付くなんて、そんなことあるわけないのに…。あはは…」

力なく笑う少女。
グラスのふちを指でなぞりながら言葉を続ける。

「…私、駄目な子なんです。何をしても要領が悪くって、お父さんとお母さんには怒られてばかりで。よく道に迷うし、忘れ物もするし、物も落とすし…」

君たちは黙って少女の話に耳を傾けた。

「旅の方からお聞きする冒険の話が好きでした。勇気を奮い立たせて、魔物に立ち向かって。危ないところを何度も乗り越えて。わくわくしました。お話の中で聞く冒険者の人達はみんな素敵で、輝いていて。だから、私もいつかそんな冒険がしたいって、そんな人達の仲間に入りたいって、ずっと思っていたんです。だから…」

続く言葉はなかった。
首をふるふると小さく振り、肩を震わせた。
そんな少女に対し君たちは声をかけた。

それじゃ、基本的なことで良ければ色々教えてあげようか?

少女は目を丸くして君たちを見上げた。

「えっ?そ、それは、その、…みなさんが私に直接手ほどきをしていただけるということでしょうか?」

君たちはうなずいた。
少女は若く、君たちと同じくらいかそれより少し下ぐらいの歳だ。
挫折を知るには十年早い。
そもそも、彼女はこれまで周りに師事する相手もいなければそうすることも許されなかったのだろう。
そんな少女が、両親の反対を振り切って遠路はるばる道に迷いながらもエトリアの地までやってきたのだ。
このまま帰すには忍びない。
ならば、少しぐらい面倒を見てやってもバチは当たらないというものだ。

「ほ、本当にいいんですか…?とても、あの、ものすごく嬉しいお言葉ですけど、みなさんのお邪魔になりませんか…?」

平気だよー、と君たちは指で輪っかを作って答えた。

実のところ全く問題なかった。
この頃の君たちは最終決戦に向けて準備を整えている最中ではあったが、迷宮に入るのは半月に一度程度となっていた。
用意しようと思っていたのは、世界樹の指輪が5つに、真竜の剣が3振り、それとポーチいっぱいのソーマプライム。
これらを揃えるためには世界樹の中葉と逆鱗、竜の玉楚を集めなければならなかったが、その素材を落とす魔物を倒してから復活するまでには時間がかかった。
そのサイクルがおおよそ半月程度。
そのため、君たちは魔物が再出現《リポップ》するタイミングを見計らって迷宮に潜り、それ以外は身体が鈍らない程度の鍛錬をしつつのんびりと過ごしていた。
つまり、目の前にいる少女のために割く時間はいくらでもあるのだった。

少女は瞳を潤ませながら立ち上がった。

「あ、ありがとうございます…!私、一生懸命頑張りますから!どうぞよろしくお願いします…!」

少女は額が膝につくほど深く頭を下げた。

これが、君たちとミントとの出会いだった。

そして、冒険者見習いを冒険者にするまでの特訓の日々が始まった。

君たちは迷宮で素材を集める傍ら、ミントに出来る限りのことを教えてやった。

簡単な読み書き、地図の描き方、身体の動かし方、武器の持ち方、使い方…。

それらは、冒険者としては基本中の基本のことばかりではあったが、彼女にとってはどれも得難いものであった。

ミントは、自分で言っていたとおり要領が良い方ではなかったが、頑張り屋だった。
時間がいくらかかっても、出来ないことが出来るようになるまでひたむきに努力し続けた。
出来ることが一つ増えるたびに君たちが褒めると、ミントは心の底から嬉しそうに顔をほころばせた。

なりたい職業が定まっていなかったため、ミントには君たちが使える得物、即ち、剣、弓、刀、鞭、杖をひととおり触らせてやった。
中でも剣が一番しっくり来たらしく、ミントはトルテの剣技に見惚れては盛大な拍手を送った。
対抗意識を燃やしたルゥが『剣なら私も使える!!』と剣を持ったまま舞い、シトラも自分の真竜の剣を掲げては『見て見て〜私も剣持てるよ〜』と見せびらした。
レンリはサジタリウスの矢を放って的を粉砕し、アサギはツバメ返しで巻藁を一瞬で四分割にするなど露骨にデモンストレーションしたが、ミントが最終的に選んだ武器は剣だった。

余談ではあるが、ミントが初めて手に持った剣は、トルテの真竜の剣だった。
ミントはよくトルテに懐いていた。
文字の読み書きを教わるのもだいたいトルテからだった。
トルテも元々運動音痴で、冒険者になるまでは荒事とは無縁で生きてきた経緯があり、似たような境遇のミントを殊更に可愛がった。

トルテ以外の4人も、素直で純朴な性格のミントに好感を持ち、新しい妹が出来たかのように親身になって接した。
ルゥはこれまでの冒険を繰り返し歌にして聞かせ、レンリは猫のような身のこなしを伝授し、アサギは剣の稽古をつけてやり、シトラは魔物の生態や属性について教えた。

迷宮探索において致命的だった方向音痴は気合と根性で治した。
エトリアの街を何度も歩かせ何度も地図を描かせた。目隠しをしたまま近くの森や川に放り投げ、宿まで戻らせるといった厳しいこともやった。
『ま、地図についてはルゥも最後まで書き間違えたりしてたんだけどね〜』とシトラが言うとルゥが『バラすな!!!』と怒って追いかけたりした。

…そして、このような日々が何日も過ぎた。

騒がしくて楽しい毎日はあっという間に過ぎ、気付けば1年もの月日が経っていた。

君たちは順調に素材を集め、装備と道具を整え、度重なる激闘の末に最深部の「敵」を見事打ち果たし―――やがて、別れの時は訪れた。

爽やかな春の日の朝。
エトリアの街の入口で、君たちは仲間たちと最後の挨拶を交わしていた。

「みなさん、今まで本当に、本当にありがとうございました…!みなさんのこと、みなさんから教わったこと、私、絶対絶対忘れません…!」

私は幸せ者です、とミントは泣きじゃくりながら言った。
君たちも瞳に涙を浮かべながら少しだけ背が伸びたミントを見つめていた。

結局のところ、ミントが世界樹の迷宮に足を踏み入れることは一度もなかった。
その代わり、この1年、冒険者としての基礎を、君たちがこれまで培ってきた知識と経験を、愛情とともに注ぎ込んだ。
そのことが、きっと何よりも彼女にとっての財産になると信じて。

「…私、一度村に戻ろうと思います。お父さんとお母さんに成長した私を見てもらって、今度こそ冒険者になることをちゃんと認めてもらおうと思うんです。それで、もっともっと剣の練習をして、いつか、みなさんみたいな人達とギルドを作って、冒険の旅に出たいです!」

君たちは手を取ってうなずいた。

ミントならできるよ。頑張れ!

「…!はい!」

泣き腫らしていた少女は、とびきりの笑顔を見せると、頼もしい限りの返事でもって返した。

そして、別れを告げたミントは、君たちに向かってぶんぶんと大きく手を振り、何度も振り返りながら、故郷へ向かって帰っていった。
今度は道に迷うことなくまっすぐに家までたどり着けることだろう。
少女の足取りは軽く、自信に満ち溢れていた。

―――かつてエトリアの迷宮を踏破したギルド、Cygnet。

それは、吟遊詩人《バード》、闇狩人《ダークハンター》、狩猟者《レンジャー》、錬金術師《アルケミスト》、侍《ブシドー》で構成された5人の年若き冒険者達だったと伝えられている。

しかし、実はその中に6人目の剣闘士《ソードマン》がいたことはあまり知られていない。

もっともそれは、本人すら最後まで知らなかったことであり、そのことを後に知らされた時にたいそう驚くことになるのだが…また、別のお話。














ミント…メタ的には格安(5en)で宿に泊まって日付を進めるための宿屋要員。第六階層の最深部でフォレスト・セルと初めて対峙した後、ギルドに加入。世界樹の迷宮Ⅱにおいて主人公を務める。



(→プロローグに続く)

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