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世界樹リプレイ日記(第五階層)

※本記事には「世界樹の迷宮」の重大なネタバレを含みます

(↓前回の話)


B21F~B24F

第五階層。枯レ森から下へと下った君たちの前に広がったのは、見たこともない建造物が立ち並ぶ光景だった。
遺跡…そう、遺跡と言っていいだろう。
自然に出来たものとは思えない、乱立する人工物。
石畳の壁や床には蔓や蔦が巻き付き苔や葉が至る所に広がっており、ときおり巨大な幹が床を突き抜け天井にまで至っている。
どれだけの時が経てばこのような景色が作り出されるのか。
十年や百年と言った程度ではこうはなるまい。
悠久という途方もない茫漠な時間が降り積もった末の光景であることは疑いようもなかった。

君たちの胸に去来した感情、それはまぎれもなく郷愁であった。
見たこともない景色である筈なのに懐かしさと寂しさを覚えるのは、かつての栄華と人の営みが、気の遠くなるような年月を重ねて朽ち果て、打ち捨てられているからだろう。
人の気配はない。
既に魔物の巣窟と化し、誰からも忘れ去られている。
遥か昔に何が起きたのか、君たちは遠い過去に思い馳せながらゆっくりと歩みを進めていった。

やがて、古代の遺跡の中を歩く君たちは建物と建物の間に、大きな木が橋のようにかかっているのを見つけた。
視界が開く。
遥か頭上には空が見える。
はて、地下深くである筈なのに空が見えるとはいかなる原理か…などと君たちが呑気に考えている時、不意に強い殺気を感じ取った。
目の前の橋…目を凝らすと見える中央に立つ二つの人影が、強烈な気配を発していた。
それは、二人組の冒険者、レンとツスクルだった。

ついにここまで来てしまったね。
レンは哀しそうな表情を浮かべながら呟いた。

二人は言った。
君たちを始末すると。

エトリアの街は樹海の謎を追う冒険者によって成り立っており、樹海を目的に人が集まることで街が潤っている。
それゆえ、樹海の謎を解こうとする者が現れたらその前に始末しなければならない。
それが執政院の考えなのだと。

言葉を切ると、レンはゆっくりと刀を抜き、構えた。
同様に、ツスクルも身構え呪言を唱える用意を整えた。
もうこれ以上に語ることなど無いとでも言うように。

ここから先に進むにはこの橋を渡る他ない。
君たちにできることはただ一つ、剣を抜いて立ち向かうことだけだった。
君たちは武器を構えた。

どうしてこんなことになってしまったのか。
自分達はただ冒険を楽しみたかっただけだ。

…そんなことを考える段階はとっくに過ぎている。

既に肚は決まっていた。覚悟はとうに出来ていた。
モリビトを殲滅して第四階層を突破した君たちは、立ち塞がるならば誰であろうと切り伏せる準備が出来ていた。
それがたとえ、これまでの冒険で数々の助言や力を貸してくれた人物であろうとも。

間合いを測る。
ぴり、とした緊張感が辺りに漂う。
対峙するのは紛れもない人間。
迷宮でしか戦ったことの無い君たちが魔物ではなく人間を相手にするのは今回が初めてだった。
人型はモリビト相手に散々戦ってきた君たちだったが、目の前にいるのは冒険者、ブシドーとカースメーカー。それもただ2人のみで第五階層まで到達した、間違いなく熟練の。
油断は出来ない。躊躇することも、手加減することも。
君たちは全力を賭けて目の前の”敵”と対決しなければならなかった。

双方ともに無言。
辺りに潜む魔物の物音や息遣いは今や遠く、静寂が耳に痛いほど。
寒々しい風が君たちの全身を打ち据えるかのように吹きすさぶ。

その瞬間。
ゆらりと、泰然と構えていたレンが大きく踏み込んだ。

袴の下に隠されていた大腿筋がはち切れんばかりの盛り上がりを見せ、地面を穿つように弾け飛ぶ。
二人と君たちの間にあった距離はおよそ数メートル。
刀の長さを計算に入れても仕掛けるには程遠い間合い。

それを彼女は、ただの一歩で瞬時に詰めた。

夜露をはらんだ絹の如き美しき長髪がふわりと翻る。
残像遥かに、目にも止まらぬ速さで君たちの戦陣に入り込み、鈍色の刃が光を放つ。
身構える間もない。
まばたきのうちにルゥに二度、アサギ、トルテ、レンリに疾風の如き白刃が迸った。
刹那に五度の剣閃。
同じブシドーであるアサギのツバメがえしですら三度が限界である絶技。
驚くほどに鋭利。見惚れるほどに美しい太刀筋。人の身で至る武の極致。

しかし、トルテは身構えていた。
自身と両脇にいるアサギとルゥに見えない糸を張っていた。
―――スキル、『トラッピング』。
刃の切っ先が仲間の身に届くたび、トルテはバネのように跳躍し、苛烈な斬撃をもってレンの躰を切り裂いた。
トルテの剣にレンほどの洗練された技量はない。
研ぎ澄まされた氷のような美しさもない。
だが、その速度と威力は、レンをも凌駕する凄まじさを帯びていた。
それはほとんど肉体の反射。
音速の五の太刀に対し、光速の四の太刀で返す。
仲間を傷付ける者は容赦しない。
その純粋な想いが、トルテの限界を引き上げ、鬼神の如きレンの動きに追従させていた。
赤い血潮が舞う。
互いの鮮血が飛沫のように飛び散った。

上体が傾ぐ。
それでも尚、強靭な武人が倒れることはない。
君たちもまた、もはや神懸かりと言うに相応しい斬撃をその身に受けながらも膝に力を込め立ち続けていた。

その瞳が揺れることはない。
その覚悟が揺らぐことはない。

アサギが上段に構える。
レンリが弓をつがえる。
ルゥが舞う。
トルテが剣を振る。
シトラが術式を発動する。

賭けたのは己の人生そのもの。
これまでの冒険で培ってきた力と技、信念を武器に込め、君たちは死力を尽くした。

―――以て事は終わりを告げた。

互いに防御を捨てた凄絶な切り結びの果て、レンは膝をつき、やがてツスクルも地に伏した。
深手を負って呼吸は荒くあり、立ち上がることは叶わない。
しかし、急所は外れていたのか、命に別状はない様子で、それを見た君たちはほっと安堵の息を吐いた。

力尽きた体勢でレンは君たちの勝利を認めた。

もう君たちを止めやしない。
己が正しいと信じる道を歩むがいい。
そして最下層にいる人物に会え、と。

肩を落として言葉を続けていた二人は、やがて傷付いた身体を起こして樹海の奥へと歩き出した。
去り際の表情はどこか少しさみしげだった。

ともすれば、彼女らもまた君たちと同じように悩みや葛藤を抱えていたのかもしれない。
だが、それは君たちとは関係のないことだ。
君たちに二人の事情や境遇を推し測ることは出来ない。
彼女達に余人のあずかり知れぬ事情があったとしても、互いの信念をぶつけ合った君たちがそれに立ち入ることは許されないだろう。
君たちは二人の後ろ姿を黙って見送った。

二人の姿が見えなくなった頃、ルゥが心配そうに口に出した。

あの状態で樹海の奥に行って大丈夫なのかな。

少しの間をおいてシトラが答えた。

きっと大丈夫でしょう。
あの二人は不思議な泉の水を持っているんだし―――あ。

その時、君たちははたと気付いた。
思い出すのは第一階層のB3F、あるいは第二階層のB10F。
レンとツスクルは回復作用のある樹海の奥で採れた泉の水を持っており、傷付いた君たちを何度も治してくれていた。
その効果は覿面で、気力も体力も瞬く間に全快する素晴らしいものだった。

それを此度の戦いでは一度も使っていない。

使う暇も無かった、という訳ではない。明らかに使うつもりが無かった。
ツスクル自身も効き目の薄い呪言を繰り返すばかりで、君たちを本気で害す意志を感じられなかった。
そもそも本気で始末するつもりならば、騙し討ちでもされていればひとたまりもなかった。真正面から正々堂々と戦う必要などありはしなかった。

あるいは、君たちの力と覚悟を試していたのかもしれない。

それに思い至った時、万感の思いが胸に溢れた。
胸が締め付けられ、感謝の気持ちでいっぱいになった。

かつて第一階層でスノードリフトを討った時、レンとツスクルは未熟だった君たちの成長を喜ぶように顔をほころばせていた。
あの二人の表情に、きっと嘘はなかったはずだ。

また会いたいな、とルゥは呟いた。
君たちは頷いた。

その為にも、世界樹の迷宮を踏破しなくては。

前へと向き直る。
決意を新たに固めた君たちは、力強い足取りで迷宮の奥へと歩みを進めていくのだった。



B25F

 


 ―――そして、君たちは真実に辿り着いた。



枝と葉で覆われた広く入り組んだ遺跡を進み、見たことのない不思議な材質の素材を見つけ、徘徊する凶暴な魔物たちを撃退し、仕組みの分からない昇降機を作動させ、一歩一歩少しずつ探索を進めていった君たちはやがて最下層に到達し、一つの扉を発見した。

その扉を開いた先で君たちを待ち構えていたのは、
迷宮の主・・・すなわち、『世界樹の王』だった。

王は語った。
すべての真相を。

遥か昔にあった高度な文明の存在。科学。万物の理。環境の破壊。大地の汚染。死滅に向かう人類。大自然の理と人の技術の融合。世界樹計画。プロジェクトユグドラシル。七名の研究者。大地の再生。悠久の刻。最後の一人。永遠を生きる唯一の生存者にして世界樹の守護者・・・。

鵜呑みにするにはあまりにも突拍子のない話。
おとぎ話のような現実味に欠けた壮大で遠大な物語。

しかし、これまで冒険を続け様々なものを見聞きしてきた君たちはそれを自然と受け入れていた。
何よりも、目の前にいる人物が、世界樹と一体化した『王』の存在が、それが紛れもない真実であると、確固たる事実であると、雄弁に語っていた。

王は言った。
この秘密を知る者は生かしてはおけないと。

圧倒的な存在感。
これまでに遭遇したどの魔物よりも巨大で、遥かに強大な敵であることは間違いなかった。
敵・・・いや、敵なのだろうか?
王が語ったことが真実ならば、彼は数千年にわたりこの世界を見守り大地再生に尽力し続けてきた者に他ならないことになる。

敵対する理由はない。戦う意味も、必要もない。
それでも、迷っている暇はなかった。
相手は敵意と殺意に満ちている。
ならば出来ることは今までと変わらない。
剣を取り、戦う事だけだ。

君たちの、最後の闘いの幕が上がった―――










エピローグ


で、そのまま倒しちゃったんだよねー。

もぐもぐと口に入れた料理に舌鼓を打ちながらあっけらかんと話すのはアルケミストのシトラだ。

『第六階層』の最深部の敵を見事討ち果たした君たちは、これまでの冒険を振り返りながら酒場で勝利の宴を開いていた。

殺さなければ、殺されていた。仕方なかろう。

相槌を打つアサギ。死が身近にある冒険者にあって、ブシドーは死を美徳とする価値観を持つだけあって殊更にドライだった。

街の皆もそう言ってくれますけど、やっぱりもう少しよく話し合いをしておけばよかったって、そう思います・・・。

ダークハンターのトルテは顔を俯かせて後悔をにじませた。
やむを得ず迎え討ったとはいえ、人類と街に貢献し続けていた『彼』の息の根を止めたことはトルテの心に澱として残り続けていた。

またまた、そんなこと言ってー。
トドメ刺したのトルテのドレインバイトだったんだよねー。
いやー、思い出すなー、あの苛烈な一撃。
あんなの喰らったらさしもの世界樹の王も一殺(イチコロ)―――

などとシトラが冗談めかしてまくしたてていると、狼狽したトルテの瞳に見る見るうちに大粒の涙が溜まっていく。

あ、うそうそ!ジョーク!冒険者ジョークだから!と慌ててフォローするシトラに『その冗談は流石に私もどうかと思うぞ…』とアサギが小さく目を細めた。
一方、隣にいるレンジャーのレンリは我関せずといった様子で、リスのように口いっぱいに料理を頬張りつづけている。

いやー!踊った踊った!みんなお疲れ様ー!

その時、他の吟遊詩人たちの演奏に交じって踊っていたルゥが、ふいーと額の汗をぬぐいながら席に戻ってきた。
死闘から帰ってきた直後、それも戦闘でさんざん踊ってきたばかりだというのにまだ踊り足りなかったらしい。

そして、全員が揃った君たちは、各々手に持ったジョッキを掲げ、改めて本日何度目かになる乾杯の音頭を取るのだった。

あの日、世界樹の王を倒した日。
君たちは何処かで何かが壊れる音を聞いた。
小さなそれでいて確かな音は一つの世界の終わりを示していた。

世界樹は活動を停止した。

汚れた世界がどこまで再生していたのか、今となっては知る方法もない。

だが、君たちは知っていた。
危機と困難は乗り越えるためにあると、
これまでの冒険の中で理解していた。

君たちは決断した。
迷宮と世界の真実を世界に広く伝えていくことを。
君たちは考えた。
それが、迷宮を踏破した自分たちの責であり新たな使命であると。

そして、その為にこのギルドを解散することに決めた。
第五階層より下、第六階層をもすべて攻略し冒険を終えた暁には、別れを告げ、各々でエトリアのことを世界中に伝えていくと…。

だから、今夜が君たちの最後の夜だった。

君たちは円卓を囲むようにして仲間たちと宴を楽しんだ。
テーブルに所せましに並べられた色とりどりの料理の数々は、君たちの舌と胃袋を十分すぎるほどに満足せしめた。

ルゥがどこぞから仕入れた笑い話を披露する。
トルテが口に手を当てて上品そうに笑う。
レンリが料理を喉に詰まらせる。
シトラが呆れた顔をしながら背中をトントンと叩く。
アサギがそれらを眩しいものを見るように微笑む。

最後だからといって特別なことは何もない、いつも通りの夜だった。

そして、宴は夜通し行われ、やがて朝を迎える。
第六階層の最深部での死闘から帰ってくるやいなや、騒ぎに騒いだ君たちはぷっつりと糸が切れるように意識を失い、テーブルに突っ伏すようにして泥のように眠った。

気付いたころには日も暮れていた。

君たちは顔を見合わせると苦笑いした。
宴の翌朝には別れを告げ、それぞれの旅路に出発するつもりだったところを、完璧に寝過ごしていた。
最後の夜は最後にはならず、最後まで締まらないのが君たちだった。

変な体勢で眠って身体を痛めた君たちはそれから宿に向かうと、雑魚寝をするように毛布にくるまって寝直した。
君たちは眠りに就くまで話をした。
これまでのことやこれからのこと。
既に昨日となった宴の時のように騒いだりすることはなく、静かに、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいった。
話が尽きることはなかったが、月が天上に差し掛かる頃には、皆すぅすぅと寝息を立てていた。

・・・それから、翌日の朝。
君たちは今度こそ仲間たちと別れを告げて、それぞれの道へと歩いて行った。
みな一様に別れを惜しんでいたが、それでも、別れ際はさっぱりとしていた。
これが、決して今生の別れではないことを君たちは信じていた。
離れ離れになったとしても、これまでの冒険で築いてきた絆はいつまでも絶えることなく続いていくと確信していた。

だから、別れの言葉は「またね」だった。

すぐにでも再会するような気安さで。
明日にでもまた会うような気楽さで。

エトリアでの君たちの冒険は終わった。
己に課した使命を全うするのも良いだろう。

だが、君たちの前には、未だ遠く長き道がどこまでも続いている。
冒険者とは、未知を切り拓き、飽くなき探究を志す者。
君たちの心と魂には、その冒険者としての性が、しっかりと刻まれている。
ここではないどこか。
いまではないいつか。
君たちはきっと新たな冒険と出会い、巡り合うだろう―――














エピローグⅡ





ルゥは…旅へ出た。
自らが目で見て肌で感じた冒険を、世界樹の真実を人々に伝えるために、様々な土地や街に赴き、街の広場で、酒場で、道端で、路地裏で、街道で、森で、海で、古今東西あらゆる場所で歌い続けた。
世界中の全ての人に自分の歌を聴いてもらう。
それが、彼女の新たな冒険だった。





トルテは…故郷へ帰った。
両親に温かく迎えられ、これまでの冒険譚を語った。
やがて教会へ入り、聖職者となった。トルテは身近な人々に、子供たちに、世界の真実を説き、繰り返し伝えていくことにした。
優しく見目麗しいシスターの話はやがて噂になり、
遠方からはるばる会いにくる者もいるほど評判になったと言う。
なお、ダークハンターの衣装は丁寧に畳まれ、
彼女の箪笥の奥底に封印…もとい、大切に保管された。





シトラは…エトリアへ残った。
世界樹の迷宮を踏破した、その後の街を支えるため、
執政院の手伝いをすることを望んだ。
やがて冒険者が集うこともなくなるだろうこの街のために自分が出来る精一杯のことをする。
そう考えながら、彼女は未だ残された世界樹の謎や錬金術の研究を続けている。
散り散りになった仲間たちも、エトリアにいるシトラを訪ねればいつでもまた会う事が出来るだろう。





レンリは…しばらくはシトラとともにエトリアへ残っていたが、「世界中の美味しいものが食べたい」と言ってある日家を出て行った。
山を駆け森を抜け、未知なる食材と料理を求めて歩き続けた。
彼女は世界の真実にさしたる興味がなかった。
毎日美味しいものを食べ陽の光を浴びたくさん眠れたらそれが幸せなのだった。
しかし、その自由奔放で動物的な生き方は、科学に一歩踏み入れつつあったとある錬金術師にいくらかの影響を与え、「自然に生きるっていいなあ」とその足を踏みとどまらせたとか、なんとか。





アサギは…修行と、記憶を辿る旅へ出た。
もとより迷宮に挑んだのは自らの記憶の手がかりを見つけるためであった。失われた武技は迷宮での研鑽により取り戻され、あるいは以前よりも磨かれていたが、自身が何者なのか、その記憶はついぞ戻ることはなかった。
更なる剣の高みを目指す為、己の記憶を取り戻す為、
アサギはあてのない旅へ出た。
なお、エトリアを出てすぐに盛大に転んで頭を強く打ち、再び記憶喪失に陥った。
しかし、今回の冒険で得たかけがえのない仲間たちのことだけはいつまでも忘れることはなかったと言う。








そして・・・。






「…はぁ」

ここに、新たなる冒険者の姿があった。

大陸の遥か北方に広がる高地を目指し、街道を往く一人の少女。
両耳の後ろで結ばれた金髪の三つ編みが歩くごとにぴょこぴょこと揺れており、あどけなさの残る顔立ちが余計に幼さを感じさせる。
簡素な毛織物《ツイード》を纏うだけの身軽な格好。
どこにでもいる素朴な村娘のような佇まい。
その中で、腰に携えた無骨な剣だけが確かな存在感を告げており、いたいけな少女を辛うじて冒険者たらしめていた。

「シトラさんも人が悪いよなぁ」

ため息を吐いてひとりごちる。その表情は少しばかり物憂げだ。
装備は少なく、背中に担ぐ背嚢には中身がほとんど入っていないと見受けられるほど厚みが無い。
にもかかわらず、まるで大きな荷物を背負っているかのようにその足取りは重かった。

「ううん、でも頑張らないと。これから私の冒険が始まるんだから!」

うつむき加減だった自らの頬を叩き、気合いを入れる。
強い風が吹き、外套をばたばたとたなびかせる。

ふと、鳥の鳴き声が聞こえた。

笛のような軽やかで美しい高音が少女の耳朶に響く。
小さな影が目の前を横切り、空へと羽ばたいていく。
自然と目を追いかけて見上げると、
そこは既に街の―――ハイ・ラガード公国の入口だった。

目の前には、重厚で厳めしい石造りの城門と、
遥か天空まで聳え立つ巨大な樹。
山よりも大きく、力強く、瑞々しく、碧く、
太古の昔より大地に根を張った偉大なる神木。
すなわち、世界樹。

頭上を仰ぐ。
不安でいっぱいだった心は、視界いっぱいに広がる壮大な景色を見て一転、高揚し、胸が高鳴った。
その瞳は希望に満ち、陽の如き力強い輝きをたたえていた。

かつてエトリアの迷宮を踏破したギルド、Cygnet。
その由来は、白鳥の雛。
みにくいアヒルの子を意味する古いことば。
その名を引き継いだ少女は、いつか美しく成長し、
大空に羽ばたくことを信じ、今、最初の一歩を踏み出した―――










    ―――世界樹リプレイ日記Ⅱに続く


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