見出し画像

世界樹リプレイ日記(閑話・クイーンアント再戦)

(↓前回の話)


一狩り、行こうぜ!

君たちが宿でのんびり朝食を摂っていると、ルゥが高らかに声を上げて現れた。何の話か尋ねると、ルゥは得意げに語り出した。曰く、迷宮に棲まう魔物は一定期間経つと復活する、それはF.O.E.や各階層のボスも同様であり、狙えば多くの経験や貴重な素材が手に入る、と。

君たちはそんなこと言われずとも知っていた。以前にもスノードリフトが復活しているのに気付き倒したこともあったのだが、どうやら華麗に忘れているらしい。そのあたりは優しくスルーしてトルテが尋ねた。それで、何を倒しに行くんですか?ルゥが答える。クイーンアント。アサギの眉がぴくりと動いた。

クイーンアントはアサギにとってトラウマの一つである。戦闘開始直後に一撃でやられ、その後戦闘終了まで他の4人で対処しているのを倒れながらただ見ていたという苦い記憶は、簡単に払拭出来るものではない。アサギがそう思っていることは他の皆も薄々感じており、ルゥもまた例外ではなかった。

それと、今回からアサギちゃんには前に出てもらおうと思います。ルゥが人差し指をぴっと立てて言った。狙いは明らかだった。つまるところ、ルゥはアサギに自信を取り戻して欲しいのだ。アサギは他の4人より経験が浅いことを気にしており、先の件も含め、いつしか自分を卑下する癖がついていた。

実際のところ、第三階層を踏破し第四階層に挑戦している今となっては、アサギと他の4人にそこまでの差は開いていなかった。装備の性能もあるが、アサギは前衛にいるルゥと同程度の守りの固さを既に備えていたし、出会った頃の君たちと同じくらいの経験を積んでいた。つまり、後は気持ちの問題だった。

アサギは目を閉じ脳裏に敵を思い浮かべた。クイーンアント。因縁の相手。無様を晒し、その間に仲間に倒され、汚名をそそぐ間もなかった。いや、あの時はすぐに再戦出来たとして敵わなかっただろう。なら、今はどうか。勝つ。勝ってみせる。雪辱を果たす機会。それが今だ。やるしかない。心は決まった。

第三階層、千年ノ蒼樹海。アサギはパーティの先頭に立っていた。前に立つのは随分と久しぶりのように思えた。視界の広さを感じた。後衛にいると、いつもルゥとトルテの後ろ姿が目に入っていたから。頼りにしていた。その二人と今は並んで歩いている。そう思うと、なんだか力が湧いてくる気がした。

君たちは巨大なアリの巣に足を踏み入れた。正面は女王アリが鎮座しており、周囲には無数の蟻たちがうごめいている。見たことのある光景だった。時間が遡ったのかと錯覚するほど、何もかもが記憶と合致していた。違うのは、かつての君たちが切磋琢磨して成長した、今そこにいる君たちだけだった。

君たちはクイーンアントに踊りかかった。強敵との戦いではいつも歌うルゥが今日は歌わない。配下のアリが集まる前に仕留め切る算段だった。アサギもそのつもりだった。後衛にいる間は小手討ちしか使わなかったが、覚えた技はそれだけではない。きっとこの日の為に磨いてきた技。アサギは上段に構えた。

アサギが刀を掲げた瞬間、クイーンアントが襲いかかってきた。かみくだき。かつてアサギを一撃で屠った攻撃。何度も夢に見た、あの。アサギの心臓が強く跳ねた。フラッシュバックする。あの時の絶望。恐怖。後悔。世界から音が消えた。身体が凍り付く。息が止まる。視界が、黒く塗り潰された。

『アサギ!!』

仲間の声で、はっと我に返る。目の前には、巨大で醜悪な顎(あぎと)が迫っていた。見える。まだ間に合う。アサギは丹田に力を込め、大きくひねり、跳躍した。以前には無かった反応速度。クイーンアントの顎はバネのように跳ねたアサギを捉えきれず、刃の先で肉を裂く程度に留まった。

躱した。完全にではないが、あの恐ろしい攻撃を防いだ。その事実に、アサギの体に火が入った。やれる。アサギは大きく息を吸い、再び上段に構えた。―――斬る。目を見開く。音を置き去りに、一歩で距離を詰める。最速のスピード、最短の軌道で、全身全霊で振り下ろす。刹那に三度の剣閃。ツバメがえし。

竜巻のような激しい斬撃は、クイーンアントの身体を斬り飛ばした。確かな手応え。目の前の巨体が傾ぐ。さっと距離を取り、大きく息を吐いた。おかしい、と思った。

…クイーンアントとはこれほど柔かっただろうか?

そう思う程に、アサギの剣は磨かれていた。自らの成長に、これまで気付くことのなかった自覚が、今芽生えた。

その時、天空より矢が飛来した。レンリのサジタリウスの矢。強くなったのはアサギだけではなかった。他の面々が繰り出す攻撃も以前より鋭く、威力を増していた。頼れる仲間の姿を見てアサギは小さく笑みをこぼした。今の自分がいるのは彼女等のおかげだ。此度の件が、自分への激励の意味が込められている事にも気付いていた。

ずぶの素人同然だった私をギルドに迎え入れてくれた。何度倒れてもその度に手当を施してくれた。私の成長を信じいつも共に戦ってくれた。―――私は、よい仲間を持った。その恩に報いたい。決意と共に、アサギは大きく一歩踏み込んだ。ツバメがえし。激しい斬撃を受け、クイーンアントの巨体は崩れ落ちた。

クイーンアントを討伐した君たちは"処刑者のアギト"を手に入れた。それはかつてアサギを一撃で死に追いやった女王蟻のアギトに他ならなかった。君たちはシリカ商店に持ち込むと、それを素材に新たな武器が造られた。八葉七福。ブシドーの武器。八葉を拵えた幸運を運ぶ刀。アサギは一目見て気に入った。

君たちは八葉七福を購入した。安くはなかったが、アサギの喜ぶ顔には代えられなかった。なお、後日。宿屋で休んでいると、夜中に一人刀を眺めては笑っているアサギが度々目撃された。正直な所不気味だったが、それがまあにこにこと、とびきり良い笑顔なものだから君たちは何も言えなかったという。

――了

→(閑話・樹海の戦士Ⅱ・Ⅲへ続く)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?