来た人 #ドリーム怪談


私の住む群雲(むらくも)村は30戸ばかりの小さな集落で、みな顔見知りばかりです。
それどころか数代さかのぼればおおよそ全戸、親戚関係になります。
近隣の集落とも付き合いはあったので、極端に「血が濃くなる」といった事はありませんでした。
昔から新しい物好きで陽気な人が多い、と近隣の村からは見られていたようです。
その理由の一つに、自分達が「都から来た人たちの末裔」といった思いがありました。
山陰にあるこの村は、隠岐の島への配流を科された貴人たちが立ち寄った村だと言い伝えられています。
その際、貴人に見初められた娘が村で子を産んだ、そこで従者が数名、娘と赤子を守るために村に残ったというのです。
代わりに流罪に付きしたがって隠岐へ渡った村人がいた、とも伝わっています。
中には貴人が残り、村人が自ら身代わりとなって村を出て行った、というような話も聞きます。
勿論発覚すれば大問題になった事でしょうから、村人一丸となって秘密は守られてきました。

そんな村だったので、村の外から来た人は歓待されました。
古くは、高天原を追われた素戔嗚尊が訪れた、などと言う人もいます。
それ以前に、国生みの女神・イザナミが葬られた山がある、などという言い伝えまでありました。

その山は高比良(たかひら)山と言いました。
村を内包する形で存在する山で、村に鎮座する稲穂神社には稲穂叢雲命(いなほのむらくものみこと) という、よそでは目にしたことのない神をお祭りしていました。
この神社に祈ると子供を授かると近隣では評判でした。
神社に奉られる神は、多くの場合、祀られる前に苦しんだ事を御利益として与えてくれるそうです。
火に焼かれた神は火災除けの神に、悲恋に苦しんだ神は縁結びの神に、目が見えなくなった神は眼病を癒す神に。
つまり、稲穂叢雲命は子供を失った神だったのでしょう。

村を訪れる人、とりわけ神社を訪れる人の多くは、子供を欲しがっていました。
場合によっては幾ばくかの金銭と村の子供が交換された、そんな噂を聞いたことがあります。
噂は噂です。
少なくとも、私が物心ついてから、そのような形で村を出て行った子供はいません。
逆に村に住み着く人はいました。
跡取りがいなくなった家があると、そこに迎えられるのです。
子供が欲しくてやって来たのですから、当然夫婦連れが多く、「子供が授かるまでここにいればえぃ」と言っては引き留めるのです。
「御利益があった」という話を散々聞かせ、山の幸で歓待します。
心打ちひしがれてやって来た人の多くは、村人の温かさに癒され村を離れがたくなるのだと言います。

ずっとその様に聞いて育ってきました。
しかし、中学生になった頃、それだけではないと耳にしました。

「稲穂神社の御利益で授かった子供は村を離れると、いぬる 」

そんな話でした。
いぬる とは何だろう、と疑問に思いましたが、その話をしてくれた友人も分からない様でした。
出雲弁でいえば「いぬる」といえば「帰る」とか「戻る」という意味ですが、進学や就職で村を離れた人が必ずしもUターンで帰ってくるわけではありません。
そもそも「御利益で授かった」のかどうかも定かではないので、「いぬる」状態になったかどうかは誰にもわかりません。

高校3年の時でした。
私も進学を考え、一人暮らしを視野に入れながらテストの点数を気にしていました。
個人面談でその旨、先生と母親にも伝えていました。
群雲村から高校までは自転車で1時間の距離。
先生は村の伝承など知りようもありません。
母も隣の市から嫁いできたので、進学に関しては賛成してくれていました。

父は家から近隣市に車で通勤していましたが、朝は早く夜も遅くに帰ってくるので進路の話などほとんどしませんでした。
その父から、ある日声をかけられました。

「家から通えるところではダメなのか?」

聞けば父は、バイクの免許を取り毎日一時間の道のりを大学まで通っていたとの事でした。
バイトもしてみたかった私は、その通勤時間が勿体なく感じたのです。
また、村では友人と遊ぶことも稀でした。
友人たちの多くは村外にいます。
今まで我慢し続け、ようやく町で楽しい時間を過ごせる。そう期待していました。
そう伝えると、父は少し複雑な顔をし、ついてくるように言いました。

連れていかれたのは神社でした。
神社の裏手は山へと続いており、父はずんずん山道を上がっていきます。
遅れないようについて行きましたが、いつしか父の背中がずいぶん遠くに見えました。
最近はタヌキやイノシシ、時期によってはクマやシカも出ます。
こんなところで野生の生き物と遭遇したくないので、私は早足になりました。
それでも一向に父に追いつけません。
一度山道が大きくカーブし、父の姿が見えなくなりました。
慌てて駆けだすと、カーブの先でたたずむ影が見えました。
父かと思いましたが、よく見ると古めかしい格好しています。
神楽や、映画で見た陰陽師の様な格好でした。
逆光で顔は良く見えませんが、長い髪が腰よりも下まで風に揺れていました。

「ほんそごじゃ」

その影が言いました。
一瞬で背筋に冷たいものが走りました。
ひざから崩れ落ちそうになり、思わず伸ばした手が柔らかいものを掴みました。
父の服の袖でした。
いつの間にか父が横に立っており、心配そうに私の顔を覗き込んで来ます。
「……………………なんて言われた?」
そう聞かれてもう一度目を先ほどの和服の人物に向けてみましたが、もう何もいません。
「……ほんそごじゃ、て」
「…………そげか」
そういってそのまま二人、無言で帰宅しました。

その夜から夢を見るようになりました。
村の外から人影が近づいてきます。
あの和服の人物でした。
真っ黒な顔に、たった一つの大きな目が顔の真ん中に。
髪の毛が火の様に真っ赤に揺らめいており、その身体を焼き始めました。
やがて服が燃えつき、そこから八本の手足が伸びてきます。
そして言うのです。

「ほんそごじゃ」

私は一人暮らしを諦めました。

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