鶴

あげまん


私はよく「あげまん」と言われる。

みんな出世しているから、そういうことなのだろう。

そもそもこの言葉。

【あげまんの語源・由来】 「まん」は漢字で「間」と書き、巡り合わせや運という意味で、その運を上げることから「あげまん」になったとする説が多い。 これは不運を幸運に転ずることや縁起直しを「間直し(まんなおし)」と言い、同じ「まん」で意味的にも近いことから、このような俗説が一般的な説となった。

間直し、ということでは、確かに私はそういう出会いをしてきたということだろう。

だが、残念ながら私は「偽あげまん」だった。

それにみんなは気付かなかった。
運ではなく、鶴の恩返し状態であるということを。

自らの羽を抜いて、反物を仕上げていったらどうなるか。

やがて底をつく。

主人公の鶴はそれがわかっていたから、おじいさんとおばあさんが覗いたら終わりとしていたのだろう。
自分にできるのはそこまでと。
役割として担うと。

だが、物語のように最初からそうして予防線を張れる場合はそれでいいが、現実ではズルズルと流されてしまうものだ。
その結果、羽を抜き続け、最後の羽を抜くかどうするか、というところまで追い詰められる。
羽を抜いているという事実を隠し続ければ、いずれにしても破綻しかない。
その結果に成り立っていたものは、二度と手に取ることができぬものだと後から知ることとなる。
入手不可になったことを逆恨みするケースに発展したら泥沼である。

本物のあげまんだったら、ともに運気をあげていくのだから、そもそも疲弊するようなことにはならない。
つまり、鶴の恩返しというのはそんな切ない話なのだ。

「もう羽は必要ない」

相方はそう言う。

「もうこれ以上羽を抜かなくていい。もっと大事にして、つやつやにしてください。俺はそれが見たいです」

そうか。

もしかしたら、私は「偽あげまん」から卒業できるのかもしれない。

羽は、自分が飛ぶために使えるのかもしれない。

「当り前じゃない! 私は大好きなゴルフができて、毎日楽しく美味しくお酒が呑めればそれでいいわ!」

これぞ「超絶本物あげまん」の四人目の孫が生まれた元政治家の妻の同僚が笑い声とともにそう言った。





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