見出し画像

「ベランダの猫」第3話

指輪の行方

ベランダの室外機の上で温まっていると、彼と彼女が大きな声で言い合うのが聞こえてきた。
すると次の瞬間、彼女が窓から何かを投げた。
私は猫の俊敏さで驚き跳び跳ねて身を隠したけど、キラッと光った感じで、飛んでいったものが何か分かった。
あれは、二人の大切なものだ。室内の言い合う声が更に大きくなった。
私は前からあれが欲しかったから「要らないならちょうだい!」と心の中で叫び、走って探しにいった。
猫の目は人間よりも良くないが、いろんなところに潜りこんで暗闇に目を光らせ、それを見つけることができた。
あの高さから投げたのに壊れもせず、きらきらの宝石も付いて綺麗なままだ。
 
盗んだんじゃないぞ、これは拾ったんだ。だから私のものだ!

そうして、雨の日まで公園の茂みに埋めて隠していた。

雨の日、いつものように人間になった私はそれを取りに行った。
よく見ると、とても美しくキラキラした宝石がついた銀色の指環だ。
人の目でみるとこんなに美しく見えるのか。
指輪を大切な人に贈るという人間の習慣に私は憧れていた。
これを選んだ彼のセンスに感服しながら、彼がもしこの指輪を私にはめてくれたら、と目を瞑って想像した。そのままゆっくりと自分の指を通してみる。
しかし、どの指からもするすると抜けてしまった。

どうして?
私はすぐに気がついた。
あ、そうか。これが私のために作られたものではないからだ。
付けられないその指輪を眺めていると、綺麗だけど、少し悲しかった。


そういえば…
ここ数日、彼はベランダをよく掃除していたな。
スマホを何度も見てため息をついたり、自分の指輪を見て悲しそうにしたりしていたな。
そんなことの意味を、人の姿になると分かってしまう。
 
「おい、人間のくせに茂みでこそこそするな」
知り合いの黒猫が近づいてきた。
「ほっといてくれよ」
「首のところかいてくれ」
「お前はそればっかりだな」
「自分じゃ届かないんだよ」
 
黒猫は自分の足を首に伸ばすが、猫の手足で届くはずもなく、なんだか気の毒になった。
私は落ち込んでいてそんな気分じゃなかったけれど、仕方なく付き合ってあげることにした。
 
「このへん?」
「いいぞ、そのへんだ」
黒猫は気持ちよさそうに目を瞑っている。ごろごろ喉を鳴らすのが聞こえてきた。
呑気でいいなぁと思いつつ、私以外の猫も恋をするのかな?と気になった。
「なあ、お前って恋人いる?」
「いないよ。いや、いたかも。いても忘れちゃうんだよな」
「そんな節操もない…」「動物だからな」
「私も動物だけどさ」
 
「お前の片思いはどうなったんだ?」
「それが…、最近相手に恋人ができちゃって。諦めたほうが良いかな?」
「すぐ別れるだろ。猫は忘れっぽいからな」
「好きな相手は猫じゃなくて、人間なんだよ。すぐ別れるかな?」
「えぇ、やっぱりお前人間じゃん」黒猫は目を丸くして驚いた。
「私がちゃんとした人間になったら、彼の恋人になれるかな?」
「さぁ、人間の恋は分からんけど。でもなんか、大変そうじゃない?人間って」


……


空も晴れて猫の姿に戻った私は、指輪を彼の家まで持ち帰ったけれど
なんだか、どうしても返す気が起きない。
私は意地悪な猫だ。

でも、彼女がマンションの下でガサガサと探しものをしている姿を見つけてしまったから…。
猫でもないのにそんなに屈んで、いろんなところに潜りこんで、とても見ていられなかった。
だから口で咥えていた指輪を彼女の近くに置いて、柱に身を隠した。
彼女はその指環に気が付いて、手に取り、指につけると泣き出した。
指輪は彼女の指にぴったりだった。
「…ごめんね、しばらく私が隠してたんだ」
私は心の中で謝った。
羨ましかったんだ。ゆるしてね。


その夜からもうしばらくベランダには行かないと決めた。
行ったら彼に褒めてほしくなってしまう。
「よく見付けたな。えらいぞ」って。
何も知らない彼は、突然寄ってきた猫でも撫でてくれるだろうか。
もし撫でてくれるなら、あの指環をつけた手でも
私はごろごろと喉をならして喜んでしまうだろうな…。




数日後のある日、いつものようにベランダでくつろいでいると、飼い猫が久々に話しかけてきた。
「おい、毛繕いしてやろうか」
「え...なんで?」
「嫌ならいいけど」
飼い猫が自分の得以外のために何かを提案してくるなんておかしい。
私は不審に思って引き止めた。
「待って、何かあったの」
「…いいことさ」
「なるほど、お前がそう言うってことは悪いことだな」
「別れたんだよ、昨日」
飼い猫は、にたぁっと悪い顔で笑った。

「えっ。彼女と!?」
「そう、しかも電話で」
猫は吹き出して嗤う。とにかく性格が悪い猫だな…。
彼にこの猫の本性が見えないことを気の毒に思った。彼もこんな猫より私を飼えばいいのに。

「気付かなかったな、昨日の夜?寝てた」
「昨日、泣きながら愚痴られたんだよ。私も眠かったしよく聞いてなかったんだけどさ。本当に彼は女を見る目がないよ」
飼い猫は上機嫌で、ベッドの上を飛び跳ねている。
「泣いてたんだ、かわいそうに...。どうして別れたの?」
「向こうに、好きな人ができたらしいわ」
「え!あの子、そんなタイプに見えなかったけど。まさか浮気?」
「うーん、眠かったからちゃんと覚えてない」
「おい、大事なことだぞ」
「もしかしたら単純に飽きられたとかだったかも」
飼い猫はどうでもよさそうに顎をポリポリとかいた。
「どのみち最悪じゃん!どっちなの?」
「わからん。でも別れたのは確実。その証拠にほら見ろ、これを」
飼い猫が彼が肌身放さずしていた指輪を見せてきた。
「なんと...」
「今日はしてないんだよ」
置いて出かけたってことは…。
「やったなー!」
「だろー!」

わーいわーい、と私たちは不謹慎にも飛び跳ねて大喜びした。

「これでいっぱい遊んでもらえるぞ!しかも引っ越さずに済む!」
「やったなー!」
よく考えたら彼は別れてもまた彼女ができるのだけど、今は能天気に喜んでいた。

「毛繕い要らないなぁ。お前、野良なのに毛が整ってる」
「まぁね。逆に毛繕いしてやるよ、いいこと教えてくれたから」
「頼む」
飼い猫の背中を舐めたら、少し彼の味がした。
 

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?