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あなただけが食べている

 チェーン店も多く持つ特定の飲食店の名を槍玉に挙げたツイートがまた炎上していた。

正直、何に満足してどこに価値の主軸を持つかは己一人で食べるのかはたまた相手がいるのか、その日のお財布やダイエット(筋トレ?)事情にも依るだろう。

どこかの店名を槍玉に挙げるより、己だけが胸に秘める宝石箱のような、特別な料理を謳っている、語っている方がずっと好いと己は思う。

この本「京都人だけが食べている」はそんな珠玉の一品。

いやぁ喫茶「マリヤ」のハンバーグ焼きそばが出て来たのには拍手喝采した。幼い頃の心からの「贅沢」や「楽しみ」の詰まったお店である。
千本通の書店や喫茶店は知る人ぞ知る名店揃いだ。マリヤのすぐ近く、今はなき「西陣飯店」のあんかけ焼きそばは、祖母が愛した味だ。指先を糸染めの染料に真っ青や茜色に染めた祖母の、大好物。自分は今でもあの千本中立売(なかだちゅーり)あたりの話を聞くだけで嬉しくなってしまう。

そもそも著者の入江敦彦氏とは同区出身だ。彼は織機の音が絶えない京都市上京区の西陣の人間である。「主婦は家事よりも家業に重きを置く」「分業の職人の街」そうそう、近所のおさかな屋さんには、鱧や鰻の蒲焼きだけでなくだし巻きやおひたしなんかのおばんざいが並ぶ。料理に書ける手間ひまや時間があれば、誰かの髪を結い、綴れ織りを織り帯を仕立て、呉服や帯の絵羽に頭を悩ませていなければならないのが京女であり京都人である。何せ分業の徹底した職人の「ミヤコ」なので。そう言った世界の前提や符牒を同じくしているので、入江敦彦氏の話はよく解る、がよく解る故に、通り数本を隔てた文化圏の違いに「あぁ、そっちのお店か・・・」となったりする。

千本通、を目抜き通りだと思っている。真実、平安京が出来たばかりの頃は朱雀大路という平安京の中心を縦に貫く一番の大通りであった。まぁ西陣の華やかなりし頃は銀座に例えて、銀ブラならぬ千ブラという言葉も死語ではなかった。彼の紹介する「きぬごし」のお豆腐は今出川通寺町東入ルの「丁子屋」さんのものである。自分にとって、というか千本通りの西側に済む人間としては「とようけ茶屋」さんか「藤野」さんのお豆腐こそ至高だと思っている。これは西陣の人間でも生まれが千本通りの東か西かで別れる話だろう。まぁこの通りを歴史的にも挟んだ西側を西ノ京、東を東ノ京と呼んだのでマジな話である。

そうそう、この本で紹介されているクリケットの「フルーツゼリー」志津やの「カツサンド」は京都人なら誰しもがお気に入りのまさに「京都人だけが食べている」ものだろう。

そうして、こってりとした濃厚な「すき焼き」。これはどのお店が「推し」であるかは人による。ここも今はなき、だが西陣京極の「さかた」は美味であった。年の瀬の、文字通り底冷えの日。ころころと笑う京飴のように可憐でやさしい、かつては上七軒の売れっ妓のおねえさんであったという方とご相伴した、本当に煮詰まったかつての西陣の味である。

そうして本書の「鱧の蒲焼き」の中で登場する入江氏の「鰻」のエピソード、わかる。と一文を咀嚼する度に言いたくなる。

「うちの御用達は京都でも指折りの「江戸川」であった(中略)の血に他の店で食べて自分が(鰻については)とんでもなくスタンダードが高かったのだときづいた。ま、京都人にはアリガチである。」

我が家の場合は千本通中立売東入ルの「千中松島屋」さんである。ここのにらみ鯛でお正月を迎え、鱧の落としを食べないと夏は来ない。己にとっての「お造り」のスタンダードがここで、スーパーのものは血腥くて食べられたものではなかったクソガキであったのである。

スタンダードが本人の意図せず高いのは生まれ育った地域の板前さんや職人さん達のお陰であろう。

入江氏の著書には千本通五辻に立って物見遊山をしたくなる魔力がある。己の文化圏の中心の一條通や千本中立売りからは、なんやたった数百メートル、なのだが、この距離は碁盤の目に密着して育った頭でっかちにはかなりの距離がある。多分。知らんけど。

 ご本の中でご紹介なさっている平野神社の出しておられる桜の塩漬け「開運桜」これは無論自分も大好きで嬉しくなってしまう。ここの桜はわざわざ己が書くまでもなく見事だが、桜の塩漬け熨斗桶と花のかおりは背徳感も相まって「薔薇食い姫」と洒落込む事も出来る。

 いかにも馥郁と香る桜花、今はどうなってしまったのやら、かつてはお正月に参拝すると巫女さんたちがお神酒を振る舞ってくださった。神苑には無論寒桜系の品種もあるのでお正月にも桜は咲いているのだが、彼女らに勝る美しい花もなかろう。素焼きに桜の社紋の入ったお盃は持ち帰る事も出来た。あのお神酒もきっと立派な「開運桜」である。

この本に書かれていないところで、ヤオイソのフルーツパフェ、丸善カフェの檸檬ケーキ。錦市場の「むらさき」の可愛い京飴、紫陽花のように梱包されはの飾りがついた可愛らしい金平糖、今日び流行の「たこたまご」やら、京都の碁盤の目には美味が潜んでいる。

見出し写真は北野商店街の仕出し割烹の糸源さんの、味な酒処「ぎんなん」のまる鍋である。お手頃価格で一人前のすっぽんが食べられるので大好きだ。

シーシーズのバタークリームケーキ、上七軒GRACE SAISONのケーキセット、色とりどりの宝石や幾つもの色の花々の咲く薔薇園のうに、まだまだスイーツは沢山ある。

どこかの飲食店について槍玉に挙げて嘆くより、あなただけの思い出を伴った飾りのついた宝石箱に入れて鉤をかけて守っておきたいような一品をミヤコで見つける方が、よっぽど上等で豊かな食の体験である筈だ。

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