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秋篠寺の伎芸天

もう10年近く前の話になりますが、
初めて「秋篠寺」へ行った時のことを思い出したくなり、当時のメモを探してきました。

私は最愛の祖母を亡くしたことから、
仕事の合間を縫ってお寺巡りを始めました。
「信仰心」というものではなく、
ただ心に平穏が欲しかったからだと思います。
お寺は、誰も話しかけて来たりしませんし、
人も少ないですし、
長くぼんやりしていても大丈夫な公園のような場所なので好きです。

奈良に仏像がたくさんあることはなんとなく知っていましたが、
観光ガイドブックを買ってみて、有名な仏像が多すぎる!と思いました。
中でも私は西大寺に興味を持ちました。
このお寺を創建したのは孝謙天皇(後に重祚して称徳天皇)です。
私は坂口安吾の「道鏡」を読んで、歴史的に無惨な解釈をされてきたこの女性天皇を好きになりました。
安吾は、孝謙天皇を、彼なりの愛情を持って生き生きと描き直しています。
私は安吾の書く孝謙天皇が好きなのです。

ですので、まずは西大寺に行きました。
西大寺については、また別で書けたらと思います。長くなるので。東大寺ほど参拝者もいませんが、仏像を間近で拝観できてすてきなお寺です。

西大寺から秋篠寺へは、私の足で20分弱歩いていったでしょうか。苔がとても美しいお寺です。
(もちろん、バスで行くこともできます。この時は私が歩きたかっただけで)

ここには、天女がいます。
この伎芸天(ぎげいてん)は、昔からファンの多い仏像で、
たとえば、私の持っているガイドブックには、堀辰雄の言葉が載っています。

「こんな何気ない御堂のなかに、ずっと昔から、こういう匂いの高い天女の像が身をひそませてくだすったのかとおもうと、ほんとうにありがたい」(堀辰雄『大和路・信濃路』)

歌にも詠まれています。

贅肉なき肉置の婀娜にみ面もみ腰もただうつつなし  吉野秀雄
(あまりじしなき ししおきの たをやかに みももみこしも ただうつつなし)

むだな肉づきのないやわらかなお顔も腰つきも、現実のものとは思えない!

絶賛です。

また、こんな方も。

諸々のみ佛の中の伎芸天何のえにしぞわれを見たまふ  川田順
(もろもろの みほとけのなかの ぎげいてん なんのえにしぞ われをみたもう)

数えきれないほどの仏様の中で、
どういったご縁で、この美しい伎芸天が私を見つめているのだろうか。

自分が見つめているから目が合っているのだ
という(当たり前の)ことを完全に忘れて、恍惚の中にいる、歌人川田順……。

大御所の名歌にも、思わずツッコミを入れたくなってしまいます。ただ一人選ばれたと思い込んでしまいたくなるほどの天女ということなのでしょうか。
もちろん、芸能の守護神ではあるのですけれど。

とにかく、私も一度会ってみたいと思っていました。

私は、たくさんの仏像に会うなかで、
仏像には圧倒的なパワーがあるのを知りました。
それまでは、正直に言うと、そのようなものは感じたことがなかったです。

仏像のパワーは強力で、
人から感じたことのないようなものでした。

でも、全ての仏像からパワーを受け取るということは、私にはできないようです。
なんでなのでしょうかね。

以下、当時のメモより。
また秋篠寺へ行きたいです。

・・・

この秋篠寺の本堂は、本当に素晴らしかったです。
堂の中に入りますと、何の囲いもない舞台のような須弥壇に、
たくさんの仏像が並んでいて、距離も非常に近かったです。
その上、この仏像の前にはベンチが置いてあって、
そこに座って眺め続けることもできるのでした。

本尊は薬師如来(重要文化財)で、坐像です。
薬師如来の両脇侍として、日光菩薩、月光菩薩(重要文化財)。
薬師如来を守る、十二神将。
その他たくさんの仏像が静かに並んで、
波紋のない空間を作り出していました。
その手前(入口に近い所)、左端に伎芸天(重要文化財)が立っていました。

おそらく、ここは伎芸天一人が寂しく立っていてもだめで、
薬師如来の圧倒的な存在感に堂内が満たされているので、
あのようなうっとりした気持ちになるのだろうと思いました。

伎芸天は、大きな仏像で、
下から見上げるのですが、どこから見ても美しいです。
威圧感のようなものも全くありません。
あまりに感動して、自然に涙が出ました。
(補記)感動した時に「涙が止まらない」などと表現しますが、この時の私は、じわ〜、つーって感じです。その後、何度か仏像を見て泣いていますが、泣いたのはこの時が初めてでした。

堀辰雄さん、吉野秀雄さん、川田順さんはじめ、ファンの皆さんの気持ちがよくわかりました。
伎芸天の足元には、お供えもたくさん置かれています。
お線香をお供えして、もう一度ベンチに座ってぼんやりしてから、本堂を出ました。

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