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【二人のアルバム~逢瀬㉒~蟄居~】(フィクション>短編)

春の始めの薄ら寒さと夜露と朝露に冷たさを感じる朝、瑠衣の葬儀が静かにしめやかに執り行われた。

幸子が倒れてしまった夜、時機を見ていた様に、突然、誰が見送る暇もなく、瑠衣は一人、寂しく静かに散って逝った。

瑠衣を発見した後の幸子の悲しみは激しかったが、その分、涙が幸子を強くし、元の暮しに立ち直るのが、早かった。微笑などは無かったが、彼女の目から見ると、幸子を気遣い、自分の悲しみに時間を割けなかった彼の父の悲しみの方が、依然と深かった。

彼の父は、静寂の中にぽっかり空いた様な穴が美倭子の死んだ日から埋まっていなかった事に呆然とし、どうしたら良いか分からない様子だった。

瑠衣の具合が悪化してから、鬱が父の髪を白く染めた。

葬儀の際に、美倭子の着た喪服を、彼の父が
「何かと葬儀がある毎に、着てやってください」
と、綺麗に取ってあったものを棚から出して、譲ってくれた。
「まぁ、お父様。戴いて宜しいんですか」
「ウチの愚息が、あなたの為に取って置いたものだ。着てやってください」
「有難うございます」
有難く戴き、着物を以て部屋に向かうと、彼が廊下で一服いていた。
「あなた、お父様がくださったわ」
と、彼に言うと、喪服を見て、にっこり頷き、嬉しそうに
「着てみて」
と一言、言った。
「明子さんに手伝って貰って」
「あ、はい」

明子は、喜んで着付けしてくれた。明子は彼女がいよいよ美倭子様にそっくりに見える、と言った。

彼女は美倭子が自分に似ている事実は既に受け容れていたが、皆から聴く、心や気遣いの美しさが、自分にもあるか、いつも考えていた。

彼はとても嬉しそうに「似合う」と謂った。傍に誰もいなければ、抱き付きそうな感じで彼女を自分の横に座らせて、にこにこしていた。彼の父もいつしか寂しそうではあるが、微笑みだした。美倭子を思い出したのだろう。幸子は、夫が少し元気になった様子で嬉しい、と彼女にお礼を言った。

午後から村の住職が来てくれて、弔いの儀を済ませた。
瑠衣の戒名を作り、幸子に手渡し、幸子が泣きながら受け入れた。総本館で料金支払いをし、お土産品をお渡しして、彼と彼女は、車で住職を寺へお送りした。

弔いの後、屋敷に居る全員に彼の父が手をついて礼をし、夕食を近くの旅館から取り寄せて、振舞った。大塚は

幸子は、彼の父の横に座り、しきりと話しかけていたが、彼の父は応えようとしなかった。彼の父は、暫くゆっくりしたいから、先に行く、と総本館の上階へ行った。彼は、彼の父の後姿を見て、
「だいぶ響いてるな」
と、小声で独り言を言った。
彼女も心配していたので、彼を見上げて、
「大丈夫かしら…」
と言ったが、彼は右手を振り、
「気にしなくていいよ。俺が後で話をして置くから。若し本人が来たいと言ったら、俺等と一緒にアパートハウスに来てもいい?」
「勿論だわ。私のお父様でもあるのよ」
彼が嬉しそうに笑った。
「ホントにそう思う?」
「思うわ」
彼が熱く微笑み、何度も頷いた。
「嬉しいよ」
彼は二階に向かって行きながら、涙声で呟き捨てて上がって行った。

台所で明子と食べたものの後片付けや皿ふきなどをしていた所に幸子が来た。

「奥様、今日は本当にお疲れ様でした」
明子がすぐに頭を下げて挨拶した。
頷いて、有難う、と幸子が言い、
「旦那様は何処へ行かれましたか」
と明子に訊いた。
彼女が、
「二階の寝室で彼と話していますわ」
と言うと、
「あら」
と幸子が言い、二階を見上げた。
「話したかったのだけど…。後にしようかしら」
「そうですね」
彼女と明子が揃えて二人で応えた。
幸子が、着物を触って、飽き飽きした様子で、
「もう着替えて、寝たいわぁ」
と言うと、まだ大広間で飲食いしていた本館のお手伝いが幸子を見た。

「お義母様、上に行きましょ、お手伝いいたしますわ」
彼女が立ち上がった。
「私も着替えたいし」
とほほ笑むと、幸子が嬉しそうに笑った。
彼女が幸子の手を引いた。

上から彼がひとりで降りて来た。二人を見て、
「あれ…、俺?」
と自分を指さすと、彼女は首を横に振り、幸子を見た。
「着替えてきますね」
「うん。そろそろ帰るよ」
「じゃ、用意しますわ」
明子さんが、彼の発言を聴いて、彼女の代わりに幸子を手伝う、と言ってくれて、彼女はお礼を言った。
彼の部屋へ行く彼女に
「おやすみぃ」
と幸子が手を振った。彼女はニコッとしたが、何やら幸子は、少し腑抜けた様な態度で、おかしい、と思った。子供の様に明子にべとべとしながら、寝室へ行った。

いつもの洋服に着替えて、トランクやバッグを整えて、さぁ、下へ行くか、と荷物を持ったところで彼が入ってきた。
「用意出来た?、持つよ、荷物」
「すみません」
鞄を全て渡すと、彼は軽く担いだ。
「玄関前に車を止めたよ。下に忘れ物無いか、見て置いて」
「はい」
彼女は居間に入り、置いてあった彼の携帯と彼女のセカンドバッグを大塚の妻に頼んでこちらに寄こして貰った。ついでに帰宅の途に就く挨拶をして、本館を出た。

着て来た上着を肩にかけ、彼の上着を左手にかけて、荷物を右手に、玄関前に駐車していた彼の車に乗り込んだ。運転席で彼が彼女の持つ、彼の荷物を受け取って、礼を言い、後ろの席に於いた。

「帰るご挨拶、なさったの?」
「あぁ」
「一応、明子さんと大塚さんには挨拶して置いたわ」
「うん。分かった。有難うね」
彼は彼女の手を握り、小さな口づけをした。

(つづく)








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