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eBASEBALL てぃーの選手引退の真相――主人公が生まれなかったeスポーツ

インタビュー時にオフレコとした「引退」

2021年10月、eBASEBALL 読売ジャイアンツ代表のてぃーの選手が引退を表明した。

だが、彼が引退を決めたのは昨日今日の話でない。去年の今頃には、すでにその意志を固めていたのだ。

彼はどんな思いで、2020シーズンをプレイをしていたのか。

今さら掘り返すのも野暮かもしれないが、インタビュー時にオフレコとせざる得なかった部分を公開したいと思う。
※ご本人も了承済み

昨年12月以降のインタビューや雑談から再構成したものであり、時系列がやや入り乱れているのをご了承いただきたい。


砂拭 最初に引退の話を聞いたのが2020年の12月初旬でしたが、ゲーマーが冗談でよく言う「引退する」くらいの温度感だと思っていました。

てぃーの 実は『パワプロ2020』を発売前にプレイさせてもらう機会があったんですけど、そこでスタッフの人に「継続契約は撤回できないか」と聞いてるんです。

砂拭 シーズン開始前のテストプレイの段階にですか! ……あえて言葉を選びませんが、2020シーズンは「仕事」としてプレイしていた感覚ですか?

てぃーの それでしかないですね。仕様や対戦相手の配球などから、ゲームとして楽しめなくなったので。シーズンが始まる前は「この仕様になってもある程度はいけるかな」と思っていましたが……。強振だけではいくら練習しても「しっかり捉えても打球が浮かない、ヒットにならない」ということが多いんです。この仕様を自分の力では乗り越えられませんでした。

砂拭 実際、2020シーズンは素人目だと「ミート打ちの連打で誰でも勝てそう」という印象を受けます。以前の記事にも書かせてもらいましたが、最適解を追求したプレイは個性が消えるんですよね。その点でも、てぃーのさんのプレイスタイルはファンを引きつけていたと思います。
話を戻しますが、マエピーさんのような引退撤回はないですよね。

てぃーの 一回決めたことは基本的に曲げないので。実は、プロリーグ終了後のeBASEBALL関係のお仕事も断っていて。

砂拭 僕もてぃーのさんとライフスタイルが共通しているので、「辞めないほうがいいよ」と止める気にならないんですよね(笑)。

てぃーの そう言ってもらえると僕も気楽です(笑)。「辞めないほうがいいよ」と止められても「ならモチベーションをください」と思ってしまいますし。

砂拭 今後はどうするか決められているんですか?

てぃーの とくに考えてないですね。2019シーズンの報酬もありますし、まだまるまる一年くらいは生活できるので。これからはジャイアンツとユヴェントスの試合のときにTwitterで騒ぐ、ゲーム好きのただのおじさんに戻ります。今はそれしか考えてないですね。まあ大丈夫っしょって。


5月に発表した座談会記事も、4人での最後の記事になることを踏まえて質問を考えて構成を立てた。てぃーのさんの引退を前提として記事を読み返していただくと、また違った趣きがあると思う。

とくに、来シーズンの去就を質問しているのにてぃーのさんだけ質問に答えていなかったり、他のメンバーがリーダーとなる想定で話が弾んでいたりするのに疑問を持った人もいるだろう。

全ては、てぃーの選手の引退を伏せる必要があったからだ。

主人公が生まれなかったeスポーツ

さて、ここからは雑文。

てぃーの選手をスターにできなかったことは、「eBASEBALL パワプロ・プロリーグ」が開催中止に至った理由のひとつだと考えている。

「たかが選手」と思うだろうか。しかし、大谷翔平の活躍でメジャーリーグに大きな関心が寄せられたように、競技への注目はスターの存在に依るところが大きい。

eBASEBALLではどうだったか。

業界関係者のなかでは何年も公然と語られている事実なので、はっきりと言ってしまおう。eBASEBALLは「黒船」であるはずのたいじ選手(スプラトゥーン世界王者・読売ジャイアンツ代表選手)のスター性に依存し、自前でスター選手を擁立できなかった。

その点でてぃーの選手は、たいじ選手のチームメイトというドーピングを活かし、「eBASEBALLの顔」になれる逸材だった。

実際、フォロワー8.1万人の公式アカウントが発表した「2021シーズン開催中止」のツイートと、てぃーの選手の引退ツイートを比較してみると、影響力に大差がないことがわかる。

キャラクター、プレイスタイル、哲学……。これまで十数名の選手にインタビューをさせてもらったが、てぃーの選手はパワプロ界で唯一無二のスター性を持っていた。

けれど、eBASEBALLは選手に重きを置く運営を取らなかった。

そのツケは、2020シーズンに顕在化した。仕様の変更や選手レベルの向上からプレイスタイルが画一的となり、選手たちの没個性化が進んだ。プレイの差別化が図りにくいという、興業として致命的な状況に陥ったのだ。

見る人が見れば、各々プレイスタイルは違うのだろう。しかし、観客にそんなリテラシーを求められるほど、eBASEBALLは成熟した競技ではない。

だからこそ選手自身に個性が必要となり、プロレスのような対戦に至るまでの「物語」が重要になるはずなのだ。

公式がスター選手を生み出すような一貫性のあるプロモーションを行い、選手それぞれをフィーチャーするコンテンツを出していれば、各試合にも「物語」を付与できたはずだ。

手前味噌ながら、僕は選手の内面を掘り下げるインタビューを行い続け、eBASEBALLだけで本を一冊出せるほどの文量を書いている。

対して、公式から選手の内面を掘り下げるコンテンツがどれほど出ただろうか……。

もし「eBASEBALL パワプロ・プロリーグ」が再開されるときが来るのならば、今度こそスター選手が生まれる興業になることを願ってやまない。

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