『The PrEP Project』上映会トークを終えて(挟み込みたかった話をまとめてみた)

▼『The PrEP Project』上映会への参加

昨日開催された「カラフル@はーと」主催の短編映画『The PrEP Project』上映会で、トークの進行役を務めた。

『The PrEP Project』(監督:Chris Tipton-King)は、2017年にサンフランシスコで制作された、HIVの予防薬PrEPに関する映像作品。性的にアクティブなゲイ/バイセクシュアル男性を主な対象として作られており、性的なシーンも多く出てくる。

20分弱のこの作品の上映後に、ラビアナ・ジョローさん(性教育パフォーマー/セックス活動家)、Yoshi Kawasakiさん(ゲイポルノ男優)のトークがあり、その進行役を仰せつかっていたのだった。

その役目をいただいたのは、私自身、早くからPrEPに興味を持ち、PrEPの普及の動きに関わってきたことがある。2017年に「カラフル@はーと」が、やはりPrEPに関する動画の上映会を開催したとき、資金集めのクラウドファンディングの宣伝におおいに協力し、翻訳作業にも参加した。その上映会は、それがおそらく日本で初めての市民団体によるPrEPの啓発イベントだった。

また、ラビアナさん、Yoshiさんも寄稿している「カラフル@はーと」が発行した『わたしとPrEP PrEP薬服用者による経験談』にコメントを書く機会も頂いたり(『多様なセクシュアリティとPrEP』)。ほか、厚労省疫学研究班のあるグループが作成した、PrEPユーザーズガイドの製作にもかかわったりも…ということで、PrEPに関して積極的に推す立場で動いてきたのだった。

▼ちょい落ち込みモードに

そんな背景もあり、今回の進行役の打診があったとき喜んで引き受けた。また、これまでの経験から、シンポジウムやトークの進行、対談の聞き手といった役割を得意と感じていたことも背中を押した。私は、基本自己評価は低いのだが、これらは私が自信のある数少ないものの一つなのだ。

なので、今回も、打ち合わせで「トークの進行、得意です」とかなんとか言ったり(自分でハードルを上げてしまうパターン)

実際、そこそこ良い進行をできたと思うのだが、話に厚みを持たるために事前に準備したデータやエピソードにほとんど触れることなく終わってしまった。もともと、事前に調べた内容は「話すかもしれない」というものではあったが、あまりにもその点は何もできなかった。

終了後は高揚感もあり、よかった、よかったと思ったのだが、冷静になってくると「もっと良い内容にできたはず」と落ち込んでしまったり。そこで、やり果たせなかった思いの供養のため、その情報を織り込んんで文章にして書き残しておくことにしてみた。

▼『The PrEP Project』について

まず、『The PrEP Project』について。この動画について、元のYouTubeの説明を読むと、「楽しく、ぶっちゃけながら、HIVへの恐怖を取り除いていく21世紀の性教育」と書かれている。

まさにその目的にかなった動画となっている。「HIVへの恐怖を取り除いていく」というのが重要だ。感染予防効果を高めることが、「HIVへの恐怖」を減少させていく(しかし気を付ける対象ではあり続ける)という考えが基盤にある。

そして、「楽しく、ぶっちゃけながら」のために、この動画の中で中心的な役割を果たしているのが、Eric Paul Leue氏(以下、英語での慣習に合わせEric)は、2014年にミスター・LA・レザーに選ばれており、アダルトビジネスのヘルス&アウトリーチディレクターをしていた人物だ。

現在、Free Speach Coalitionというグループのエグゼクティブ・ディレクターを務めているという。このグループは活動の目標として、体の主権が認められること、性表現が脱スティグマ化されること、セックスワークが非犯罪化されることを掲げている。

これらの目標は、ラビアナさんやYoshiさんがふだんインタビューなどで語っていることと重なっていて、この上映会のトークに二人を招いたのはすばらしい人選だと思った。もちろん、私の目指したい方向と重なってもいる。

ちなみに、Ericは、ミスター・LA・レザーという立場を活かしたPrEPに関するアドボカシー活動で、この映画が作られる前の2015年に「Love Superhero Hall of Gratitude」の殿堂入りを果たしている(このLove Superhero Hall of Gratitudeというのがどういうのかはいまいちわからないけど)

▼「コンドーム嫌い」の視点から

この動画では、Ericはいかにコンドームが嫌いかという話をしつつ、コンドーム一辺倒のよびかけではダメであることが強調されている。コンドームの嫌なところを具体的にいくつも挙げるところから動画が始まるのは、もっとも感染予防が必要な同じような人たちを主に意識してのことだ(それにしても、こんなチャレンジングな動画を取り上げる「カラフル@はーと」はすごい!)

途中、コンドームの常用率も示される。米国で7000人を対象とした調査で、「常に使う」と回答した人は16.9%という。実は、日本のMSM(男性とセックスする男性)の2021年の調査でも、「毎回必ず使っていた」という人は17.6%という似た数字が出ているのて、ほぼ同じなのが興味深い。

もちろん、この人たちの中にはすでにPrEPを始めている人たちも含まれているだろうが、こうした状況がある中、コンドームを使用するという予防方法だけを伝えてHIV感染拡大を防ごうとするのは、奇妙なことだ。そして、ずっと様々な背景、動機からコンドームを使わない/使えない人たちが存在していることを意識する必要がある。

よって、こうした「コンドーム嫌い」な人の気持ちに沿って描き、その人たちの
仲間としてメッセージを発信するのがとても大事だ。

しかし、これはこれとして、別の流れとしてコンドーム使用をロマンティックな流れで、あるいは興奮するムードの中で使う様子が描かれる動画を作り広めていく別のプロジェクトも必要だよな、とも思った…一昔前は、動画でなくとも、そういうコンセプトの素材がよくあったような<私が関わったゲイ/バイセクシュアル男性向けの『Safer Sex Guidebook』(ぷれいす東京 Gay Friends for AIDS製作)もそうだった。

あと、これは当日も話したのだが、「35年間、コンドームを使えと言われてきた」と、HIVの歴史におけるコンドームの役割をこうして単純にくくるのには大きな疑問を持った。

HIVは、1996年に多剤併用療法が出るまでは、発症するとほぼ必ず死に至ると言われた病気だったし、とても深刻な感染症だった。そして、予防するにはコンドームしかなかったのだ。コンドーム使用が強く呼びかけられたのは当然だったのだから。

▼HIV感染報告数の減少〜UK(イギリス)では〜

しかし、HIVを取り巻く状況は大きく変わった。

(とはいえ、もちろん、コンドームの使用に大きな意義があることは変わらない<当たり前のことだしと思って省くと、誤解を招くので明記)

HIVに感染しても服薬でウイルスをコントロールできるようになり、治療がうまく進めば、自身の発症予防だけでなく他の人への感染も防げるようになった。

そして、抗HIV薬を予防使うというPrEPの登場。PrEPが導入されてから、各国のHIV感染数が減少しているのは有名な話だ。

2015年、UKでPrEPの普及に大きな役割を果たしたPrEPsterは2015年に設立されている。それ以前にすでにPrEPについてはだんだん知られ、治験も含め、利用する人たちが増えていた(Yoshiさんが手記で、2015年にヨーロッパにに住ん始めてかPrEPについて知ったと書いているが、まさにそうした時代だったのだ)。

そして、2016年、UKにおけるHIV感染報告は前年に比べ18%減少し、ゲイ/バイセクシュアル男性では21%減少している(もちろん、それはPrEPだけが理由ではない)。

しかし…UKで、PrEP使用者にも感染する人が増え始めているという報告(参考:aids map)あることにも気になるところ。これは、PrEPをする人が大幅に増えたことから、母数が大きっていることが一つあるだろう。また、全体からするとかなり少なく、その感染の多くはPrEPをちゃんと飲んでいないことによるとも言われる。ただし、PrEPが<完全には>HIVを防げるわけではないことは頭においておいたほうがいいかな、とは思う(でも、やはりすごい予防方法だ)。

▼HIV感染報告数の減少〜日本では〜

日本でもここのところHIV感染報告数が減少している(参考:エイズ動向委員会)。

男性同性間での感染は、2017年から2022年にかけて29%減少。ただし、この期間コロナ禍での検査数減少も大いに関係していると思われるので、2021年から2022年だけをとりあげてみると4.5%。

一方で、異性間では、2021年から2022年にかけて増加に転じている。自主検査数に大きく影響を受けない、エイズ患者の報告数も男性同性間では減っていて、異性間では増加している。

男性同性間での感染数の減少が、どれだけPrEPの普及と関係しているわからないが、少なくとも、ゲイ/バイセクシュアル男性への調査でのPrEP使用経験率が、2016年に0.1%だったものが2021年に17.2%へ、認知率は10.6%から57.1%と大幅に増加していることは指摘できる(参考:2016 2021)。しかし、おそらく異性愛者の間ではPrEPはほとんど認識されていないだろう。

事前の打ち合わせで、ラビアナさんがゲイやバイセクシュアル男性だけでなく、もっと広い話として取り上げていきたいという話をされていたのだが(その話を引き出せなくて申し訳なかった)、まさにそうしたラビアナさんがされているような活動が必要とされているのだなと思った。(参考:気軽に学べる場を

▼HIV陽性者との関係の変化

また、PrEPには、HIV陽性者との関係を変えていく側面もある。PrEP使用者へのインタビュー調査をおこなっている首藤真由美さん(早稲田大学大学院人間科学科)の研究では、PrEPを明示しながら出会いを求めることにより、HIV陽性であることを開示する人との出会いが増えた経験を語る利用者の語りが登場する。

Yoshiさんが『わたしとPrEP PrEP薬服用者による経験談』に書いた手記からは、欧米ではPrEPの広がりにより、HIV陽性のポルノ男優に対するネガティブな見方が過去のものとなりつつあることがうかがえる。

昔から言われていることがだが、こうして、HIV陽性者への偏見等が減ることで、より心配なときにより検査を受けやすくなり、その後治療が進めば、他の人に感染させない状態(U=U)になる。そうした循環もHIV感染拡大を防いでいくことにつながるだろう。

▼アクセスビリティ格差という課題

しかし、こうしてPrEPのメリットを強調すればするほど、入手をめぐる格差の問題が浮かびあがる。

ラビアナさんは手記の中で、ご自身がPrEPを開始できた立場を「特権」と呼ぶ。東京に住んでいること、PrEPを買える経済力があること。

これから、PrEPがさらに普及する中で、その人の置かれている社会状況によって(知識にアクセスできるかも含め)、HIV感染リスクが大きく変わっていくことになる。

もちろん、感染リスクのある行動がある人の話だし、そうであっても、コンドームをしっかり使えるなら、その方が安価で体への負担は少ないし、他の性感染症も防げるので、そちらのメリットは大きい。

しかし、PrEPをしたいと思った人がアクセスしやすい環境をつくっていく必要があるだろう。


当日は、ラビアナさんには、産後うつをテーマにつくられたというご自身のパフォーマンスの話や、ドラァグクィーンを始めた頃に疑問をもったという体毛に関する話(参考:Moxy Club Vol.1「「世界のどこを探しても自分みたいな人絶対いないから」TimeOut「ドラァグクイーンとして体毛を生やす理由『男・女」』らしさで遊んで」)をうかがいたかったし、Yoshiさんにポルノ業界のあれこれをうかがうつもりだったのだけど(参考:mew TOKYO「画家・田亀源五郎をリスペクト。ハード系ポルノ俳優Yoshi Kawasakiの生き方とその世界観。」)、それもできなくて、反省しきり。ちなみに、私がラビアナさんと最初に会話をしたのは、ある場所での体毛をめぐる話がきっかけだった(参考:twitter @H_Sunagawa 2021.07.21)。でも、素敵なお二人とお話できて幸せでした。


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