日本の新型コロナウイルス対策の問題点と提言

1. 新型コロナウイルス感染者は、指数関数的に急激に増加します。

他の大多数の国では地域や気候によらず、約3日で倍増する速度で陽性者が増えます。つまり一定期間で1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, 128, 256, 512, 1024と、後になればなるほど急速に増えます。このように指数関数的に増減する事象は、基本的に増加と減少の2択しかなく、対策の有無にかかわらず、どの国でも陽性者数は増加の傾向です。日本でも複数地域で医療が逼迫していることからもわかる通り、日本でも陽性者数は指数関数的に増加していると見なければなりません。また指数関数的増加は、ある日突然始まるものではなく、検査数が十分で対策が不十分である限り見られ続ける現象であり、そう見えていないならば検査の見直しが必要です。

コメント 2020-03-26 104835

Max Roser, Hannah Ritchie and Esteban Ortiz-Ospina (2020) - "Coronavirus Disease (COVID-19) – Statistics and Research". Published online at OurWorldInData.org. Retrieved from: 'https://ourworldindata.org/coronavirus' [Online Resource]

陽性者の倍加時間は、十分な検査数があれば正確に計算できますが、そうでない場合は他国同様の3日を想定するべきです。

陽性者が3日で2倍になるなら、30日で2^10=1024倍になる驚異的な速度です。一方で回復には12日程掛かります。つまり回復するより早く新規の患者が急増するため医療崩壊が起きるのです。たとえ医療資源が豊富であっても、この速度には間に合わないのが問題です。実際に、他の感染症で複数国で医療崩壊が起きる現象を見たことがある人はいないと思います。つまり、新型コロナウイルスは感染拡大の速さが最大の脅威です。

このような世界的な感染症の拡大は、1918年のスペイン風邪以来です。つまり新型コロナウイルス肺炎の流行は100年に1度の緊急事態であることをまず認識しなければなりません。また、対策を検討する場合は、感染速度をどの程度下げられるかを最優先に検討しなければなりません。

医療関係者や政治家やマスメディアや国民と対話する時には、指数関数的な感染増加の速さが第一の問題であることを最初に共有しなければ、危機感も優先事項も理解できないため、効果的なリスクコミュニケーションができません。したがって、指数関数的な感染者の急増が問題であることをまず優先して伝えるべきです。

2. 日本のPCR検査枠は早期から飽和しているため、陽性者数が低く見えています。

日本の疑似症サーベイランスのPCR検査数は先進国最低レベルで少なく、1日数百から2000件弱しか実施されません。

コメント 2020-03-26 174555

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html
「国内における新型コロナウイルスに係るPCR検査の実施状況」のリンク先を参照

陽性者数の倍加時間が他国同様の3日であったとすると、1か月少々で疑似症の方が多くなり飽和します。仮に他国の2倍ゆっくりであったとしても、3月中旬には飽和します。飽和すると検査枠と陽性率の積しか陽性者が検出されないため、陽性者の推移が見かけ上少なくなります。仮に疑似症が指数関数的に急増していても枠は一定なので、指数関数というより一次関数に近いゆっくりとした増加に見えるようになります。言い換えると、仮に実際の疑似症患者が急増したとしても、枠が2000件弱で一定である限り、急増には見えず、ゆるやかに増加が続くように見えるということです。これが今の日本の状況です。諸外国のようなオーバーシュート(爆発的患者急増)は、疑似症数が検査枠内で推移する場合か、検査枠を指数関数的に増やしていける場合にのみ継続的に観測できます。疑似症数が検査枠を超えた後は、陽性率が急増し続けない限り継続して観測することができず、一過性の現象に見えることになります。もしPCR検査数がどうしても増やせない場合は、中国武漢でなされたように、PCR検査なしで新規陽性者を計上する対応が必要となります。

重症者数や死亡者数が低いという反論もありますが、それらは軽症者よりも数週間遅れて推移します。また、検査枠が都道府県で100件程度に限られる状況では、重症者や死亡者に関する検査であっても新型コロナウイルス感染が強く疑われる場合に限らざるを得ず、検査数が少ない限りこれも全て拾えていると言いきることはできません。CT等を併用することもできますが、CTに明確な所見が出ないこともありますし、結局は限られたPCR検査枠に入れることができなければ、陽性者としてカウントすることはできません。

つまり疑似症についてのPCR検査数が少ないことは、新型コロナウイルス対策に重大な影響を及ぼします。具体的には下記の問題が起きます。

・検査枠が疑似症者で飽和すると陽性者数の推移が過少に見えるため、陽性率が急上昇するまで対策が打てなくなり、対策が不十分となります

・PCR検査の事前確率を上げるために症状の重い者を優先する圧力が働き、感染から検査結果が得られるまでの期間が延びます

・軽症や無症状の者の検査が後回しにされ、医療者の感染も早期検出できず、院内感染の危険性が増します。

・検査に出す検体を厳選せざるを得なくなり、選択バイアスの影響が大きくなります。たとえば帰国者・接触者が優先されるため、輸入症例や濃厚接触者にばかり新規症例が偏っているように見えることが起きやすくなります。

・少ない検査数の中で見える範囲だけで基本再生産数や倍加時間を評価すると、いずれの推測も実態より楽観的な予測となります

つまり、PCR検査は新型コロナウイルス感染者を最終的に識別するための重要なツールで、多いに越したことはないのです。確かに偽陽性や偽陰性の問題はありますが、検査できずに感染を見逃す方が、はるかに医療崩壊の危険性を高めます。検査をしなかったとしても、検査されなかった人が感染を広げる速度自体には影響がないため、重症者や死亡者も時間をおいて感染者全体と同様の増加比率で増え、いずれ重症者や死亡者で病院が溢れるという、感染速度の大きさという根本的な問題自体が解決しないからです。

軽症者でベッドが埋まる問題は、宿泊施設の活用や簡易病院の新設や独身者の自宅隔離で対応すべきです。

3. 相談センターの電話がつながらず、繋がっても95%が医療機関に紹介されません。

下記の表で人口比で相談者数が少ない都道府県は、電話の輻輳のため繋がらない場合が多い上に、その人数はカウントできていません。つまり、相談件数が増えていないことは、感染者が増えていない証拠になりません。

たとえ相談件数にカウントされても、95%は医療機関に紹介されません
当初から疑問視されていた、発熱4日や、帰国者・濃厚接触者に限る検査方針も変わっていません。現状では、保健所または外部委託先に設置される帰国者・接触者相談センターで、都道府県のPCR検査実施可能件数を元に、外来受診患者数を少数に抑えることで、キャパシティ溢れを回避している状況です。つまり外来受診患者数が増えていないことはPCR検査実施可能件数が増えていないことを意味しますが、受診が必要な患者数が増えていない証拠になりません。

コメント 2020-03-26 144927

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html
帰国者・接触者相談センターの相談件数等(都道府県別)
のデータを元に作成(2020/3/26)

一方で、医療機関に紹介されることなく増え続ける感染者については、陽性者にカウントされることはなく、感染症対策の原則である早期発見・早期隔離の対応もされません。患者として病院に紹介されることもないため、病院の危機感も大きくなりません。それらの人の多くは、仕方なく仕事に行き続けて感染を拡大させているケースが多いと思われます。厚労省基準や電話や紹介の問題でコロナ患者と見なされないためです。つまり、現状では医療機関に紹介されていない大部分の人については、感染拡大状況の把握とコントロールができていないことになります。これは電話という仕組みを介した医療放棄であり、一種の医療崩壊です。

一方で、現在主にPCR検査を担う中心となっている保健所の負担が既に過大となっており、それを考慮すると容易に検査数を増加できない事情もあります。ただしそれは、民間委託の活用や、後に触れるクラスター検査の枠を活用することで対応せざるを得ないと思われます。

4. クラスターでなく疑似症の検査を優先する方が、PCR検査を有効に使える可能性があります。

現在、新型コロナウイルス専門家会議ではクラスターの早期発見・早期対応を基本戦略の一つとしています。しかし、この感染症の拡大の速さを考慮すると、調査対象が指数関数的に急速に増加していきます。人手やPCR件数のリソースの制約のため一定量の調査量になっているとしたら、それは感染拡大の大部分を追えていないことを示唆します。そして、現在の方針ではクラスター班の強化が提言されていますが、これは、投入するリソースを指数関数的に増やさなければならないことを意味します。これは、限られた日本の医療資源では大変に難しいことだと言わざるを得ません。

更に、これまでの濃厚接触者に対する積極的疫学調査で、陽性者の8割の人が他人に感染させず、残りの1-2割が他人に感染させ、さらにまれにスーパースプレッダーが出現することがわかっています。しかし、調査対象の母数が指数関数的に増える状況では、スーパースプレッダーを引き当てるためにかかるコストも時間も指数関数的に増えていきます

一方で、疑似症サーベイランスの検査対象には、一定割合で実際の陽性者が含まれ、陽性者には個室から大部屋への移動などの感染防護上必要な対応をすることができ、クラスター調査のような大当たりはないものの、実務上役立つ検査結果を定常的に出すことができます。また陽性者の行動を逆向きに辿って共通点を探す方向でクラスターを探せることもあり得ます。

また、相談センターの医療機関の紹介時には帰国者・接触者が優先されるため、疑似症サーベイランスでも、既知のクラスターに関連のあるサンプルが選ばれるバイアスがあります。つまり、現状の検査体制では未知のクラスターが発生していないことを積極的に観測することは難しく、クラスターに注力する作戦の十分性が証明できないことになります。

したがって、感染拡大局面では、クラスターではなく疑似症に対するPCR検査に注力する方が、リソースが有用に使える可能性があります。ただしこれは、大規模なクラスターが既に発生したことが強く懸念される所での追跡調査や、これまで得られた様々な知見を否定するものではありません。

5. 現状のコロナウイルス対策では感染速度の問題が解決しない可能性があります。

先ほど述べた通り、新型コロナウイルスの最大の課題は、指数関数的な感染拡大の速さを遅くすることです。

現在、厚労省から国民への告知として、咳エチケットや手洗いや、密閉空間・密閉場所・密接場面を避けるなどの市民の行動変容が呼びかけられています。また、30日の都知事の会見では、ライブハウスやナイトクラブやバーを避けるよう呼びかけがありました。これらは感染拡大を抑える効果はある対策ではあると思われますが、新型コロナウイルスの感染速度を十分下げることができるエビデンスがありません。また、これらの対策をしてその結果を確認する方法ですと、結果が出るまで早くて2週間、検査数が少ないと3-4週間掛かります。つまり対策が不十分だったとわかった時点で感染が激増している可能性が否定できない上に、少ない検査数である限りその結果を明確に判定できるか不明なのです。つまり、正確な感染状況が確認できない検査体制のままで、指数関数的に反応する上に長期間の時間遅れのある系を制御しようとすることは、極めて困難なのです。不十分で合った場合が危険で、不十分であったことを観測できるかどうかも不明だと言えます。これは、多数の国民の感染を引き換えにした危険な賭けだと言わざるを得ません。このような試みは、少なくとも疑似症の患者が迅速かつ確実に発見でき、医療のケアを受けられる体制ができた後にするべきで、既存の疑似症の検査が十分にできない段階で続けるべき作戦ではないと考えられます。

一方で、現在の対策としては低い優先度となっている、家から出ない・人と会わない・会っても短時間にして距離を保つといった社会的距離確保戦略は、他国でも一般的かつ実績のある対策であるため、これをまず推奨するべきです。同様に、ロックダウンや休校などの比較的強力な社会的距離確保戦略の効果についても、社会の心理的な準備や受容のためにも積極的に情報発信することが重要であると考えられます。下図は基本再生産数をどの程度低減できるかを示した報告で、右にいくほど強力な感染拡大の抑制効果があり、ロックダウンが最強の施策となります。

コメント 2020-04-03 084906

https://spiral.imperial.ac.uk:8443/handle/10044/1/77731
Report 13: Estimating the number of infections and the impact of non-pharmaceutical interventions on COVID-19 in 11 European countries

また、日本医師会が医療危機的状況宣言を出した通り、一部地域では医療が相当ひっ迫しつつあります。これは医療現場による強力な警告であると考えられ、新型コロナウイルスの感染拡大速度を考慮すると、たとえ即座にロックダウンしても2-3週間は現状以上の増加傾向が続きます。つまり既に緊急事態宣言の至急検討が必要な段階に入っています。また、休校措置の解除は、上図より感染拡大につながることが示唆される上に、新型コロナウイルス感染症が収束して日常に戻れるという誤ったメッセージを国民に与えるので、相当慎重にするべきです。

なお、強力な感染力が予見される感染症の対策では、楽観的な見方は禁物です。なぜなら他国レベルの最悪の推移をする可能性は決して低くなく、仮にそうであった場合に社会的な損失が甚大となるためです。つまり、感染拡大の速度を減じるための必要性を示すだけではなく、十分性を、理論的にも検査結果的にも信じられる対策をすることが重要なのです。感染拡大していない証拠を、十分な検査数で確信することができていないのであれば、他国レベルの最悪の推移を辿っていることを前提として対策を進めなければなりません。

6. 今後あらゆる医療リソースが枯渇する可能性があります。

先に述べた通り、日本でも感染者の指数関数的な増加が続いていると見なければなりません。一方で、全ての医療リソースは指数関数的には増加しません。したがって、現状の維持を続ける限り、あらゆる医療リソースが枯渇する可能性があると言わざるを得ません。

現状でも既に、各医療機関でマスク・フェイスガード・消毒液・防護服の不足が見られています。また人工呼吸器や人工心肺も、他国状況を見る限り逼迫すると考えざるを得ません。

仮に幸いにも日本で需要が逼迫しなかったとしても、世界で数年は需要が高い状況が続くことが想定されます。

したがって、これらの医療資源を可能な限り速やかに増産するよう社会的な呼びかけをし、確保や流通を調整するべきです。

また買占めなどが起こらないよう、必要な医療機関に優先して流通される仕組みと、マスクを公平に国民に配布できる体制の整備も必要です。

提言

1. 新型コロナウイルスの最大の問題は、感染者の指数関数的な増大の速さであることを優先して共有するべきです。

2. 発熱外来やドライブスルー検査なども含めて、疑似症の検査体制は可能な限り速やかに拡充するべきです。

3. 発熱4日や帰国者・接触者に限るという相談基準の緩和と、電話窓口の輻輳の解決と、医療機関紹介率の向上と、保健所の検査業務の民間委託が急務です。またスマートフォンでアクセスできるアプリやWebサイトによる簡易診断を活用し、電話が繋がらなかったり相談センターで断られたり感染者が医療機関に紹介されないケースを可能な限り少なくするべきです。

4. クラスター調査は必要なものではありますが、可能であれば疑似症のPCR検査を優先するべきです。

5. 現状のコロナウイルス対策を感染速度抑制の観点で慎重に見直して、強力な感染症への対策で一般的かつ実績のある、ロックダウンや休校を含めた社会的距離確保戦略と比較して検討するべきです。医療が逼迫している地域では早急なロックダウンを検討するべきです。

6. 医療資源の増産と公平な流通を推進するべきです。

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