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【連載第3回】フィットネス疲労理論とACWR概論(後編)

3.ACWRの活用:トレーニング負荷のモニタリングとけがのリスク予測

ーー ようやくACWR(Acute Chronic Workload Ratio=急性:慢性負荷率)の話しに入っていきますが、実際にACWRがどういった使い方をされているのか教えてください。

>(前編)はこちら

臼井コーチ:RPE以外に負荷をデータ化するための数値としてACWRが存在します。例えばフィールドスポーツですと、GPSで測定したランニング量や、ダッシュしたスプリント量などをACWRでモニタリングしたりします。

何を見ていくかというと、Acuteワークロード といわれる急性負荷とChronicワークロードといわれる慢性負荷です。これも少し概念的になりますが、コンディショニングには二種類の負荷が関わっているのではないかという話から、Acuteワークロードはフィットネス疲労理論で言う「疲労」にあたる部分、Chronicワークロードは「フィットネス」にあたる部分、というように考える方たちもいます。

ーー 計算方法を教えてください。

臼井コーチ:計算方法にもさまざまな方法がありますが、一般的には直近3日から7日前後の負荷の平均値がAcuteワークロード、直近21日から28日の負荷の平均値がChronicワークロードと呼ばれています。

AcuteワークロードをChronicワークロードで割った割合がAcute Chronic Workload Ratio(ACWR)になります。つまり、直近ともう少し長い期間での負荷割合をみるために使われています。

■従来の目安と現在の考え方

ーー以前インタビューした際に、「ACWRが0.8~1.3の範囲内だとケガのリスクが少ない」という研究結果に賛否あり、その後も議論されているというお話でした。ACWRに関する過去の研究と、現在の研究の見解の違いについて、現状はどのようになっていますか?

約10年前の研究によると、ACWRが0.8~1.3の範囲である場合にけがの発生リスクが低いとされていました。しかしここ数年の研究では、0.8~1.3の範囲を最適と呼べるのか、けがのリスクが最小限に押さえられる明確な証拠は限られている、といった意見も出てきています。この点を考慮したスポーツ科学者たちの研究により、けがの発生リスクに関する目安が設定されたと考えるのが適切かと思います。

Chronicワークロードに対してAcuteワークロードが高まると、数字は1.4とか1.5になるのですが、そうするとけがが増えやすくなります。これは当然といえば当然の話です。

よくある例は、1カ月あまり練習していなかった選手が、急に1週間の合宿をしてハードな練習負荷をかければけがをしやすくなります。これは極端な例ですが、Acuteワークロードが急に上がるというのはそういうイメージです。あまり練習していなくてChronicがなかったところに負荷がかかるとけがをしやすい。つまりリスクが上がりますよ、ということです。

一方で、前編で説明したテーパリングの概念にも類似していますが、Chronicワークロードでしっかり負荷をかけたところで、Acuteワークロードで直近の負荷を減らしていけば、けがのリスクは減少します。現場ではこの考え方のほうが理解しやすいのではないでしょうか。

急性と慢性の負荷の割合を理解することで、けがのリスクを軽減できる

■ACWRの活用における実際のアプローチ

ーー ACWRが0.8から1.3の範囲内であればけがのリスクが低いとされているのは、あくまでも一つの目安として覚えておくべきですね。

臼井コーチ:はい、あくまでも目安として残っていますが、そこに収まらないケースもたくさん出ています。

現場での運用になると、学生スポーツでもどんなスポーツでも、練習や試合のスケジュール上、どうしても1.5くらいのACWRに負荷を上げなければいけないタイミングが年に何回かあります。予想が1.5だから練習しないのかと言うと当然そんなことはありません。1.5になる危ない時期ですということをコーチとトレーナーがきちんと理解した上で、選手に今まで以上のリカバリーを促したりするなど、アプローチ方法を変えていくことができるでしょう。

また、負荷を上げる際には無計画に危険な練習を行わないように注意するなど、負荷がかかるタイミングを計画時に予想することも大事です。

■現場での運用、3つのポイント

こういったACWRの考えをもとに、けがのリスクを最小限に抑えるためのポイントは、次の3つです。

1.練習の負荷を急激に上げない
2.練習の負荷は徐々に上げる
3.練習負荷が上がった後には、落とすタイミングをきちんと作る

データを基にすることで、コーチに対してもしっかりした提言ができるようになると思います。

Sunbearsのシステムにおいては、RPEを中長期に渡って記録することで、その週の負荷がどうなっているかということだけでなく、ACWRの割合というところも見ることができます。そのデータに基づき、負荷をあげるべきタイミングや、どこで減らすべきかという練習計画の議論が、コーチやその他のトレーナーとの間で容易になるはずです。

ポジション別のACWR(線グラフ)とsRPE(棒グラフ)の例(Sunbearsより)

ーー 臼井さんみたいなS&Cコーチがいないと数字は読めないですか?

臼井コーチ:RPEをしっかり取っていればできるはずです。実はそれほど大変ではないのですが、やっていない方が多いかもしれないですね。

国内のトップレベルのチームでは結構すでに実施していて、例えばラグビーの現場だとGPSの数字をモニタリングしたり、バスケットのトップレベルでも室内のジャンプ量などでRPEやACWRを活用しているチームは出てきています。

でも学生レベルではなかなか聞かないですね。実は学生の数字は結構大事です。高校生でも大学生でも、例えば、期末試験の準備期間などは、どうしても練習量が落ちてしまうケースが多いと思います。その後にどのように練習を再開していくべきなのかということを、本来は真剣に考えないといけないと思います。現状では、考えているチームは少ないのではないでしょうか。

ーー そこで急激に負荷を上げたら危険ということですね。

臼井コーチ:そうですね、どうしてもリスクは高まっていきます。ただし、学校の試験が終わった後にすぐ大会があるなど、必要に迫られての練習増加は避けられない現実もあります。その場合でも、RPEやACWRなどの数字をきちんと取ってあげることで、負荷の上げ方はどの程度になるのかとか、この週のリスクは少し高いかもしれないな、などと予想したりチェックしたうえで、準備することが可能になります。そういう点でもこういうシステムは欠かせないものだなと思います。

ーー連載第3回では、科学的アプローチに基づく練習計画のプランニングや負荷のバランス調整について、フィットネス疲労理論やACWR概論をもとに実用的な側面についても具体例を挙げて解説いただきました。ありがとうございました。

4.まとめ

今回の連載で共通するテーマは「データの活用」です。高校や大学生レベルでは、一番簡単に始められるRPEやACWRを用いることが推奨されます。試合に向けた負荷の計画立案をコーチやトレーナーなどが連携して行うことで、チームのコンディションの調整やコミュニケーションの改善、けがの軽減、選手個人の自己管理能力のアップなどが図れるメリットがあります。

これを機会に、ぜひ現場で指導される方たちがデータ導入の意義を再認識し、練習の質の向上に役立ててくれれば何よりです。

【フィットネス疲労理論とACWR概論(前編・後編)のまとめ】
ポイントは下記の通りです。

大前提はトータルコンディショニング」と「連携プランニング」の理解:
①指導者は、RPEやACWRなどのデータを可視化し、選手の状態をしっかり把握する
②コーチやトレーナー、選手のチーム連携による練習計画策定で、アスリートの包括的サポートを考える

ピリオタイゼーション:年間>月間>週間といった期間別のトレーニング計画のこと。データに基づく計画で効果的に!

フィットネス疲労理論:フィットネスと疲労のバランスを理解し、プリペアドネス(準備度合い)を最大化することで、最高のパフォーマンスを発揮するタイミングを見極める

テーパリング戦略: 大会直前に負荷を適切に調整し、疲労を減らしつつトレーニング効果を維持する。強度を維持しながら練習量を適切に減らすことが重要

ACWRの活用:急性負荷と慢性負荷の比率をモニタリングし、トレーニング負荷の最適化とけがのリスクの予測を図る。ポイントは、急激な上昇を避けるために負荷は徐々に上げ、適切なタイミングで落とすこと

▼これまでの連載は下記からどうぞ。

文・久保田久美
編集・翻訳者/サポートスペシャリスト
Sunbears マーケティングチーム


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