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漫画みたいな毎日。「花束をつくるなら。」

2023年。

今年の終わりにかけて、「花」に纏わることが、薄い膜を通るかのように静かに私の中へと入ってくるのを感じていた。

そんな中、koedananafusiさんの素敵な記事に出逢った。  

花束を贈られるということは、嬉しい。

私の誕生日や母の日、バレンタインデーなどになると夫や子どもたちが〈私をイメージした花束〉を贈ってくれることがある。

その花束を、しみじみと眺め、ふむふむ、夫や子どもたちから見て、私ってこんなイメージなのね、などと興味深く花々を観察したりする。

記事の中で、koedaさんは当時のアルバイト先の女の子が見せてくれた縁結びの御籤についてこう伝えている。

「いい?これはね、花束をもらえるってことではないのよ。一緒に花束になる花を作る人と出会いますよ、と書かれているわけ。だから、すぐに『わぁっ』となるような、そんなわかりやすいものではないのよ。花を集める努力を怠れば花束にはならないのよ」

koedaさんの言葉たちに強く共感した。

それが、恋愛関係でも、友人関係でも、夫婦でも、親子や家族でも、出逢うこと自体は、何かしらの「御縁」。

その時点では、「出逢った」という事実があるだけなのだと思う。

私が、夫と出逢ったときも、その時点では、「出逢った」という事実があっただけ。そこから、紆余曲折、喧嘩したり、私が一方的に怒ったり、泣いたりしつつ、お互いに・・・多分、お互いに歩み寄りつつ、ああでもないこうでもないと共に時間を過ごしてきた。と私の認識では思っている。夫はどう思っているのだろう・・・。今度聞いてみよう。


知らない者同士が、ひとつひとつ、〈花〉を集めて、〈束〉にする作業をしていく。

私が知らない花の名を、あなたが知っていて教えてくれる。
あなたが知らない花の名を、私が知っていることもある。
そうやって、少しずつ 少しずつ、花束は多種多彩になっていく。

それぞれの〈内なる花〉を持ち寄ったりもする。

咲いている花を探すのもいいけれど、今度は種も植えてみようよ。
どんな花が咲くかわからないけれど、一緒に育ててみようか。
土はどうするの?水はどれくらい?

そんなことも楽しくなってくる。

出逢った相手と、どれだけ、どのように、この作業を共有していけるのか。

それは恋愛だけでなく、全ての関係に通ずるのではないだろうか。

今までにも、出逢っただけで、そこから築けなかった関係性も多々あるし、それなりに時間を掛けて築いたつもりであったのに、瞬時に崩れていく関係性もあった。

出逢ったことだけで満足したとしたら、おそらくは、それ以上は続かないこともあるだろう。

私自身は結婚願望がまったくなく、結婚に輝かしい未来を思い描いていなかったので、「結婚したい」「結婚したら幸せになれる」という気持ちは皆無だったのだけれど、結婚してみて、結婚もひとつのスタート地点でしかないと感じたし、今もそう思っている。

出産に関しても、同じ様なことを思った。子どもが産まれたとき、生物的にも社会的にも「親子」として認識されるが、私と子どもとしては、まだ「出逢ったばかりの私たち」。〈出産したけど、ここはゴールじゃなかった!やっとスタート地点に到着しただけだった!〉と、ゴールなどまったく見えない人の人生に関わることになったことに、途方も無い感覚を抱いたことが昨日のことのようだ。

そこから夫と共に、子どもが生まれるたびに新しい花を加え、育て、花束を作っていく日々が今日まで続いてきたのだと思う。

出逢ったあなたと、どんな花束を作れるのだろう。
これから出逢うあなたと、どんな花束を作れるのだろう。

私は、花束の中のそれぞれの花の美しさへと思いを馳せる。

今年は、心がしんどい時、この曲に支えられ、救われました。言葉にするのが難しいですが、MVでは、自分の予想していた景色の遥か彼方の景色を見せていただいた気がしています。彼の指先から出る〈色〉にやられてます。なんと手の、指の、美しいこと。様々なものを内包している空気を感じます。

出逢ってくれた方の〈内なる花〉へ
これから出逢う方の〈内なる花〉へ

my flower's here


2023年。
私と出逢ってくださった方々。
私と花束を作り続けてくれている方々。

皆さんのnoteの記事を読ませていただいたり、コメント欄で交流させていただき、心を動かされたり、考えたり、笑ったり・・・・
豊かなnote時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます。

そして、間もなく2024年を迎えようとしています。
どんな出逢いがあり、どんな花束を作ることができるのか、楽しみです。

先日、四柱推命鑑定士の友人から、2024年は、2025年の新体制へ向けて、スタートの前の年、準備の年となることを伝えられました。草木が芽を出そうとする、寒さもあれば厳しさもある。それを超えて2025年へと向かう準備の年なのだそうです。

私の中では、来年は「伝える・伝わる」をテーマにしていきたいなと、ぼんやりと考えています。

皆さんの来年はどのような事柄と共に日々を過ごすことになるでしょうか?

今年も拙いnoteを読んでいただきありがとうございました。
来年も皆様にとって素敵な日々となりますように。
よいお年をお迎えください!


ヘッダーはみんなのフォトギャラリー・コノハ@写真と言葉さんのお写真をお借りしました♪ありがとうございます♪

学校に行かない選択をしたこどもたちのさらなる選択肢のため&サポートしてくれた方も私たちも、めぐりめぐって、お互いが幸せになる遣い方したいと思います!