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年の瀬に今年を振り返るには、1年に世界二周して9カ国で暮らした日々を1記事に収めなければならない

1ヶ月で10の職種を体験する海外ワークショップ ノマドニアを運営し、自身は毎月違う国で暮らすライフスタイルを送っている。

そんなぼくのビッグイベントは、今年で30歳になったことだ。年齢どうこうというよりかは、もう二度と20代というカテゴリに所属することはないという不可逆性のインパクトが強い。

健康寿命の文脈から、ぼくの寿命は40歳の設定。「もうすぐ人生終わるな〜」というこの段階で、

  • なんのために生まれて

  • どのように生きて

  • どのように生涯を終えるか

これらついて、より思考の解像度が高まったと思う。

あとは、気がつけば地球を2周くらいしていた。毎月違う国で暮らし、風にさらわれるように東周りに流れていたら、そうなっていた。

ということで三十路の人生観はさておき、今年の1年を月別に振り返ろうと思う。自分も他の人の1年の振り返りを見ていて、同じ時の流れの中で多様な世界線があることを覗けて楽しい。

自分はおそらくマイノリティな世界線なので、楽しい気持ちで覗いてもらえたらと思う。

1月|寿司と出会いのマルタ

前泊地のポルトガルから航空券が安く、マルタ英語留学市場の空気感も覗いてみたかったので、来てみた。

マルタでスタートアップを経営する友人に連絡したものの、その友人とは入れ違い。本人は不在ながら、友人を繋いでいただいた。

本人を物理的に仲介せず友達の友達とどうやって交流するのか、それはホームパーティーだ。

パーティーができる大きさの家を借りて、

魚屋に行き、

魚を捌き、

寿司を握り、

ワイン屋で白身魚に合うワインを選んだ。

そしたら、めっちゃ友達ができた。

正直、寿司より海鮮丼の方が手間がかからなくて、美味い。

「マルタ 留学」「マルタ 在住」でTwitter検索 にかかるようにしておいたら、そっちからもDMで連絡いただいて、ドイツでソフトウェア会社を経営する方と新たな出会いなんかもあった。

他にもミートアップに参加して、多様な生き方を知ったり、

道端にいた暇そうなチュニジア人と街を散策してみたり、

記憶がない夜も多々ありながら、なかなか出会いの多い日々だった。

現地で働いている日本人コミュニティの皆さんには、夏のベストシーズンにまた来ると約束。こういうのは社交辞令ではなくガチで来るところが、自分でも自分が恐ろしいところである。

2月|白銀のジョージア

毎年冬はジョージアでスノボー&サウナと決まっている。

趣味でやっていると面倒なことが過去3年の経験で明らかになったので、やる気と質の向上を目指してツアーにした。

日本だったら旅行業法でアウトだが、ジョージア国内のマーケットでジョージア法人としてやっているのでOK。

やりたいことを謎の利権に阻止されないところが、ジョージアのビジネス環境の利点だと感じている。とは言っても旅行会社経験があるわけでもないズブの素人なので、算数を間違えて赤字だった。素人でも算数は間違えないだろ。

ツアーにした結果、むしろマイナスではあったが、例年よりやる気と質は向上したので、まあ良しとした。

リフトの乗り口からすでに標高2,200m。最高地点約3,000m。

コーカサス山脈の絶景を望むスノボー、最高。
ゲレンデ飯はカツカレーでもなくラーメンでもない。もちろんジョージア料理。

これがどれだけ美味しいか、そこに行った人にしかわからない。これは全人類に体験してほしい。

1泊2日のスノボーツアーはまるで大人の修学旅行。
修学旅行に年齢制限はないから、体力の続く限り毎年やっていきたい。

ちなみにこれだけの高地でも、首都トビリシから日帰りも可能。

ジョージアは猫いっぱい

冬の寒さのせいか、1ヶ月間ずっと飲酒していた気がする。

「本当に、良くないですね」と、反省しない男が反省するレベルの勢いだったから、かなり限界まで攻めていた。飲み始めて20時間経っていた時はびっくらこいたなあ。

3月|進撃の韓国

ぼくは世界のいろんな国でローカルパートナーと提携して1ヶ月に10の職種を体験する海外ワークショップ「ノマドニア」を主催している。

どこの開催地も、過去の旅の中で出会った繋がりからローカルパートナーと提携できている。

次なる開催地を韓国にしようとしたその時、僕は気づいた。

この屋台のママ(自称ヨシコ)以外に、韓国に誰一人として知り合いがいない。ぼく韓国人なんだけどなあ。なんも気にしないで生きていたら、灯台下暗しだった。

ということで、9日間でローカルパートナーを見つけるミッションが始まった。

とりあえずグローバルなノマドコミュニティにミートアップが掲載されていたので、参加。

シラフだと陰キャが炸裂するので、なるべく酒を飲む。

キマる。

友達できる。

ローカルパートナーできた。

4月|コテコテの日本

バイブスの近いWebデザインスクールのDeLifeとノマドニアで、コテコテのお花見をした。パリでエッフェル塔見たりタイでパッタイ食べるよりも、自分はコテコテのお花見の方が体験としてレア度が高いので、ほんとに良かった。

実行委員してくれたみなさんに感謝。

ここからのネットワーキングで、後のノマドニアのワークショップ講師や各々のタイアップなどが実現していて、このような計画的偶発性を生みなす機会を創出する手は止めてはいけないなと。

コテコテシリーズはキャンプ編へ。

バレルサウナの大きさに対してストーブが大きくて、めちゃくちゃ暑くて最高。血流MAXの状態で昼から飲んでいて、すごく楽しかった。

年間1000以上人にご飯を作る25歳の女将りこぴんが、有り合わせの食材でサッと作るものがカジュアルなキャンプとは思えないクオリティで感動。

プロがスキルを使って遊ぶ瞬間が、すごく好き。

ほったらかし温泉に入って都内に戻るコテコテな感じも最高で、コテコテなことを何もせずに10代20代を過ごしてきたので、置き去りにしてきた機会を少しづつ回収していきたい。

5月|アミーゴなメキシコ

舞台は太平洋を渡ってメキシコへ。
もうすでに全然コテコテなことしてない。

世界遺産の街グアナファトで1ヶ月生活。

ピピラの丘からの望む夜景はまるで宝石箱。

こうして写真を見返すと、メキシコは圧倒的に異世界感がある。

当たり前のように暮らしていた家も、俯瞰してみたらめっちゃメキシコだ。

ベランダからの夕暮れの景色。

いつもの八百屋のオジは、パクチーを無料でサービスしてくれる。

クラマトとビールで作るカクテル、ミチェラーダを毎日作って飲んでいた。

ほぼ毎日タコスも作って、1食あたりのコストは100円代。

いつもフルリモートのチームで一緒に仕事しているあつみさんも合流。
うちのキッチンでコワークすることが日課に。

遠足では季節外れの死者の日メイクに挑戦。

そのままワイナリー見学へ。

試飲がメイン。

あつみさん?

ノマドニアの初となるメキシコ開催も、超絶楽しく終了。グアナファトの街の色のように、みんなキャラがカラフルでとても楽しい日々だった。

グアテマラとの国境近く、サン・クリストバル・デ・ラス・カサスでは友人と飲んでしっかり二日酔いに。標高が高いと二日酔いがなかなか治らない。サンクリでの二日酔いはいつも心臓がドクドクするから、すでに1ヶ月メキシコにいても高度順応まではさらに期間が必要そう。

毎日通ったコワーキングスペースはスターリンクが導入されていて、時代の流れを感じる。
日本もジョージアも対応国になって、航空機にも導入が開始されている。これからのネットインフラはスターリンクによって急速に進化していき、今までのネットインフラが一掃されていくんだろうな、と。

サンクリからひとっ飛びしてユカタン半島。カンクンでは束の間のバケーション。
すごく当たり前だけど、オールインクルーシブってお会計が楽。飲み放題最高。

せっかくなので、珍しく観光をしてみる。トゥルムの青の洞窟へ。
異常な美しさなので、旅行や観光に興味ない人も感動できると思う。

6月|美食のポルトガル

半年ぶりのポルトガル。前回はリスボンとポルトの両方に滞在した。
リスボンとポルトは、きのこの山とたけのこの里のようなものだ。

アジアでポルトガル人に出会うと、最初の会話は大体リスボンとポルトのどっち派かという会話になる。

ポルトの方が大人しい印象で、個人的にはドウロ川があるのがドウロワインの都合上、良い。

と言うことで、ポルトガルワインとポルトガルの美食を楽しむ日々だ。
食事と仕事以外は、何もしていないと思う。

全然ポルトガル料理ではないけど、ここのイカ墨パスタは毎回必ず食べにいく。ワインは店員さんにおすすめを持ってきてもらった。

Pregar

衣類の買い物はポルトガルか韓国ですることが多い。
今回、ポルトのセレクトショップでは衝撃的なブランドに出会った。まるで自分の息子のように父性すら感じる。

ほら、変な空気になるじゃん。

タコの足でも見て気を取り直して、続きへ。

ある日駅で待ち合わせして、やってきたのは

メキシコぶりの、あつみさん。

スペインの巡礼コースを歩いていて「ポルトガルいこっかなー」と前夜に言っていたが、朝起きたらもう向かっていた。

長年ガチガチの大企業に勤めていたのに、何が彼女をこんなにも軽快にさせたのか。なんか怪しい錠剤持ってるし。

ハイチオールCは飲み会の必須アイテムらしい

そんなあつみさんがやってきた日、なんか街中からピコピコ音がすると思ったら、ピコピコハンマー祭りが始まった。

その名は「聖ジョアン祭り」。
聖人を讃え夏至を祝う祭りで、道行く人の頭叩き放題。伝統的にはにんにくで叩くそう。
60年前にプラ会社の戦略でピコピコ化。
夜空に沢山のランタンが上がり、本祭0時にはしこたま花火が上がるのも見どころ。

これだけのためにポルトガルに行くが全然アリなくらい盛大な祭だった。

ナチュラルワインのテイスティング会にも参加し、美食を堪能した日々だった。

7月|マルタそしてブルガリア

まずはマルタに立ち寄り。
夏にまた来ます!をガチでまたくるタイプ。

貸切船で、みんなでコミノ島に遊びにいった。スッケスケの海!

持つべきものは料理スキルの高い友人。すき焼き最高だったなあ〜。

マルタまで来るとノマドニアの拠点のジョージアが近いので、ジョージア組をワーケーションに誘ってみた。

コミュニティSlackに投稿して1時間もしないうちにマルタ行きを決めたフッ軽なひとたちと、作業したり寿司作ったり酒飲んだり(背景が実績)した日々を送った。

自称マルタ名物「じゃんけんに買ったら飲めるお酒」もちゃんとクリア。

この頃、ブルガリアのバンスコではデジタルノマド界の大きめなイベントが開催されていた。

と言うことで、ブルガリア首都ソフィアに着いた瞬間から、そのイベントに参加していた友人がいた。

ブルガリアのコワーキングスペースカルチャーでは、ビールが飲み放題。

しかもここは24時間営業。1日利用料3,000円くらいだが、あまりにもビールを飲んだのでコスパが良すぎると我々の中で話題に。

ソフィアの生活は公園の存在が大きい。
週末を中心に、ほぼ毎日何かしらのイベントが行われている。この日はジャズフェスティバル。

出店のフードは少し値が張るので、家からワインやハムを持って公園へ。

ジョージアで近所だった友人夫婦のお宅にお邪魔して、ベランダでサムギョプサルパーティーをしたり。

3年前、当時大学生だった彼は、就職と退職を経て夢だった世界一周の旅に出た。メインはバックパッキングの傍で、少し動画編集の仕事もしているそう。

当時、ぼくはプログラミングスクールのメンターを担当しながらも、一緒にコーディングを履修していたので同期みたいなもの。メンターを担当したことだけあって、年月が経って旅しながら仕事している姿は嬉しいものがある。

朝から晩まで、時には晩から朝まで仕事していたのはここ。

ソフィアのVitoshaという地下鉄終点駅が今の都市開発(円形状に街を広げている)の最先端で、Office Xというデジタルパークのような区域がスタートアップを爆裂誘致していてイケイケ。

主要駅では旧ソ資本のよくあるホームとEU資本の近代的なホームが並列していたり、時代の節目を感じられるのが希少。

ツーリズムトラベルとしては刺激が足りないかもしれないソフィアだけど、タイムトラベルとしては旅行先にも推せる。

2年前に来たときはトマトが美味しかったけど、今年は雨が多かったようで当時の衝撃的な甘みはなく、その代わり玉ねぎが美味しかった。東欧は本当に野菜が美味い。

ソフィアはHaikara Ramenがめちゃくちゃ上手くて、この店があることによってソフィアの地価が500%上昇してもおかしくないほど。

食べ終わって退店しようとしたら大雨が降ってきて、たまたま店内で食事していたオーナーさんが誘ってくれて酒盛り開始。現地の大学に通う子とかもどんどんジョインしていって、予期せぬ楽しい夜となった。

8月|酒のジョージア

ギリシャのテッサロニキで食と街の美しさに感激し、イスタンブールでネッ友のカドさんと初対面。どう考えてもトラベラーとして経験値高めな我々でありながら、インスタライブ中に「わ〜アイスだ〜」とか言ってたらトルコアイス屋にぼったくられてウケた。難易度レベル1のトラップに引っかかる希少映像となった。

そしてジョージアへ。この時点で世界2周したことになる。
感想としては「地球、意外とちっちゃい」

ぼくはただ暮らしているだけだから、しっかり貯金してバックパック背負ってすり減る貯金に不安を抱えながら安宿を巡ってスマホ盗まれてロストバゲージする世界一周の方がロマンがある。

ということで俗にいう世界一周の定義とは異なり、ただの移動距離の説明であることを念頭に。ロマンを抱いた人がこっち側を真似するとめっちゃ可哀想なのでね。

ジョージアの首都トビリシではコワーキングスペースを2軒経営している。
不定期でワイン会という名のネットワーキングイベントをやっていて、この時が最終回。1店舗目を2店舗目に統合した。

1店舗目はクラウドファンディングで多くの支援を受けて立ち上げたものの、テナントを借りた5日後にロックダウン。国境が閉まるなんて誰が想像できるのか。日本の歴史の授業で鎖国を習ったくらいしか前例がないのに。

そんな中、ストロングマインドで継続してきた店舗も見納め。

あとは前から気になっていた高級スパにようやくいけた。
高級と言ってもジョージアなので1万円ちょいくらいだけど、普通のマッサージと普通のサウナがおしゃれな環境下にあって、相応の満足感だった。

システムは若干理解しきれなかったけど、かなり長い時間ダラダラしていられる。オプションもたくさんあるし、長時間滞在におすすめ。

そういえばプロ奢ラレヤーが来た。

彼が10代の頃から仲間内で面白いこと(抽象)をしていて、なんかジョージアに日本人コミュニティができた。だから主因とされている。

プロ奢ラレヤーオフ会と名打って、この日はプロ奢ラレヤーが全員に奢ってくれる。でもなんか黒字に終わったらしい。
飛んでくる投げ銭に、僕たちの飲酒量が勝てなかった。こんな悔しいことがあるか?

限界女子大生ノマドのユメノちゃんは大好物の タダ酒に大喜び。

最終的に、こう。

ネットで有名なひろゆきさんがトビリシにはいたけど、諸事情で参加できなかったのは惜しかった。

9月|出会いのタイ

跳んでバンコク。

タクシーでランチに向かっている時、謎の第六感が発動した。
窓を開けて本能的に大声で外の人に話しかける。

音声SNSのClubhouseで話したことがあるしょへもも夫妻だ。
もちろんこれまでに会ったことはない。タイにいることも知らなかった。
なんで気づいたのか自分でもわからないから、謎の第六感が発動したとしか言いようがない。

もし人間がルフィのようにただ一つだけ特殊能力を手に入れられるとしたら、ぼくに備わっていたのは「しょへもも夫妻を発見する能力」のようだ。

正直、もっと他の能力の方が良かったなと思う。自動販売機の下の小銭を見つける能力とか。

30歳にもなったことだし、結婚式の参列も増えるということもあって、バンコクではオーダーメイドスーツを作った。

バンコクでビジネスをしている人なら誰でも知っているようなメジャーなお店で、口コミもかなりいい。

オーナーはインド人で、かれこれ20年営業しているそう。

日本語対応していなくても日本人顧客がほとんどで、ドイツにも店舗を持つ。

普段スーツを着ないから、細かい物の良し悪しは全然わからないのだけど、とても良くしていただいた。

お値段は8万円くらいで1着どころかシャツ3枚とパンツ2本も付いてくる。相場がわからないけど、多分安い。

ある日、わざわざ猫のTシャツを買って着ていく気合いの入りっぷりで猫カフェに行った。

この頃、初めてコーチングをモニターで受けて、自分の人生で重要なことは「猫とサウナ」という結論に至った。

そしてこの日、猫アレルギーを発症した。


      終
    制作・著作
    ━━━━━
     ⓃⒽⓀ

気を取り直してノマドニアでワークショップ講師を担当。

一緒に飲み会もしたりカラオケしたり、エネルギッシュでとても楽しかった。

ノマドニアの2周年祭も、今年はバンコクで開催。(昨年は東京)

なんか迷子になって1時間半遅刻したけど、到着した頃にはすでにめっちゃ盛り上がっていた。

いろんな国から駆けつけたり、なんかマレーシア見つけた謎の若者を連れてきたり、ノマドニアらしい自由度の宴会だったなーと。

なんか間違えてセンターを取ってしまい、自分のライブみたいな集合写真になってしまったTABIPPOのイベント。ゲストで呼んでいただき、迷子の末に出番の30秒前に滑り込みセーフで到着、一説によるとアウトだとか。

ある日は料理教室に参加してみた。料理の構造がわかると、食事がもっと楽しくなる。教養があると京都旅行が楽しくなるみたいなロジックだ。

でも地元タイ人からすると、「料理教室?タイ料理なんてただ混ぜるだけじゃん」という認識らしい。たしかに、ただ混ぜるだけだった。

きっとそれなりに奥は深いのだろうけど、ただ混ぜるだけということが体験を持って理解できたことは大きな収穫だ。

ちなみにタイ料理は少ない食材で多くの品目を作れることから、フードロスが少なくて経営として合理性が高い。と、都内の人気タイ料理店の経営者が言っていた。

友達の紹介でYouTuberのDr.ヒロさんに会ったり、

FIRE系YouTuberのGenki Nishidaさんが主宰するコミュニティのオフ会に参加したり、

まとめると、ずっとコムヤーンを食べていた日々だった。

ここのコムヤーンの焼き加減が最高。

10月|進拠点の韓国・日本

9日間でローカルパートナーを見つけるミッションから半年。
ついにノマドニアin韓国の開催となった。

ノマドニアの開始日に全力でプレオープンを間に合わせてもらった、会場のhoppin。

ここは韓国のデジタルノマドのコミュニティのコミュニティハブだ。ここ以上に、ノマドニアに適正な会場は他にはないだろう。Weworkとかには無いものが、ここにある。

ノマドニアは作業合宿や研修では無いので、会場選定は基本的に作業環境や効率性を重要視しない。その場からSomething Newが発生する可能性がどれだけあるか、その期待値で判断する。

韓国の滞在は、長いことネッ友なみさちゃすと初対面の機会ともなった。

行きつけのワインバーもできて、顔馴染みの常連仲間もできて、半年前まで屋台のおばちゃん(自称ヨシコ)しか知り合いがいないかった頃からしたら、だいぶホーム感が出てきた。

韓国のノマドコミュニティのみんなと料理してパーティーしたり、韓国エンタメにあまり興味のない自分でも、韓国での暮らしは十分に楽しめた。

100%女子のノマドニア韓国のみんなは、明るくて聡明で心の内は野心的で、今後が心配になるような人は一人もいなくて、未来に希望しかなかった。なんなら自分の方が心配になるくらいだ。

週末にサクッと東京の結婚式に行けるのも韓国ノマドのグッドポイント。
このときは友達大好きすぎてガン泣きした。
そこから自律神経が狂って、睡眠中の大汗とかが治るまで3日を要した。友達嫌いになりそう。

韓国で現地サポートをしてくれたみんなにも感謝。

また会える日が楽しみだな〜

と、思ったその日の夜には福岡で飲んでいるので、韓国の近さは本当に気持ちがいい。特に福岡は近い。

韓国に滞在していたこの頃、福岡ではColive Fukuokaというイベントが1ヶ月を通して開催されていた。

海外のデジタルノマドを誘致し、すんごい様々なコンテンツを実施。韓国のノマドコミュニティからも、何人か参加しに行っていた。

Colive Fukuokaの月間において後半に当たる頃に、福岡の能古島でフェスが開催。このイベントを手がけるのはランサーズ株式会社の運営する全国フリーランス共創コミュニティ「新しい働き方LAB」。

オンラインイベントに呼んでいただいたりもしていて、ノマドニアのコミュニティにも呼びかけて10人くらい?で遊びに行ってきた。

何よりもテントサウナから海に飛び込むのが最高。

以前、初めてコーチングをモニターで受けて、自分の人生で重要なことは「猫とサウナ」という結論に至った。そしてタイの猫カフェで猫アレルギーに。

残されたぼくの人生は、もうサウナしかない。

この日、ぼくは蕁麻疹が出た。寒冷性蕁麻疹。実質サウナアレルギーのようなものだ。

      終
    制作・著作
    ━━━━━
     ⓃⒽⓀ


福岡は日本の都道府県の中でも個人的に住みたい街ランキング1位。
すぐには移住できないけど、お気持ちだけは福岡に移住済み。

住んだとしても年の半分もそこにいないのだろうけど、どんなカタチで多拠点生活を叶えていくか、しっかりデザインしていきたい。

11月|せかせかと韓国・ベトナム・インドネシア

あちこち経由して、バリ島へ。

バリ島は、実は遠い。
メルカトル図法の魔力により、沖縄の少し先くらい、またはマニラあたりと認知されているが、実際はほぼオセアニアだ。

スリランカとバリ島の直行便フライト時間はそんなに変わらない。直行便は値が張るので若い人は経由便がほとんどだが、価格優先だと20時間や30時間かかる。ということで個人的な感覚で言えばジョージアより遠い。

ということで、福岡→ソウル(滞在)→ホーチミン(滞在)→バリ島 という、体力温存コースでバリ島へ。10日くらいかけた。

東南アジアの最初の1週間は極寒冷房への耐性の無さから80%の確率で発熱するので、予想通りホーチミンで発熱。しっかり治してバリ島入りをした。

バリ島でもノマドニアは元気ハツラツで開催中。同期に寄せ書きする機会なんて、大人になったら無くなってしまう機会だが、ノマドニアにはそれがある。

青春に年齢は不問なのだ。

たまたまバリ島でノマドワークしていたこちらの女性。
8年くらい前に、タイの南の島で友達とはぐれて泣きながら砂浜を歩いていたところ、ぼくが助けたらしい。(うろ覚え)

「あっ現金ない!」となったこの時に「あの時の鶴です」と、実写版 鶴の恩返しが発動された。30万もいただいたぞ。30万インドネシアルピア。

困っている人がいたら、反射で助けよう。

バリ島の滞在はノマドニアの卒業生がColivingをしているところにお邪魔した。

試職を経て選択したキャリアの延長線上で、それぞれのスキルをコラボっていて、なんて素敵なんだと感動。

せっかくなので何か役に立てればと、その場でゲリラ的にマーケティング講義もさせてもらった。

みんなで夜ご飯をデリバリーするって時には、主食を8品注文して合計料金が1,300円で二度見。

何回計算しても合計料金は1,300円だ。バリ島に来るのは10回目くらいだけど、毎度バリ島の物価には驚く。


バリ島では英語留学が2024年1月から始まる。完全にアツい。どれだけこれがアツいことか、細かいことはさておき、バリ島で留学生活って最高なのでは?


ある日、仕事しようとパソコンを開いたら充電残り30%。
充電器の変換プラグを持ってくるのを忘れてしまった。

と、ノマドニアのコミュニティチャットに投稿して、1分経ったかどうかくらいの速さで海外ノマドコーチのゆりかさんが変換プラグを持ってきて貸してくれた。

プロ奢の主因でジョージアの首都トビリシに日本人の地域コミュニティが形成されたが、ノマドニアの主因でバリ島には変換プラグを1分で借りれる地域コミュニティが形成されていた。

人材会社のR社を退職し、ジョージアでノマドニアの初開催回に参加したゆりかさんは、卒業後2年間ノマドニアの運営スタッフとして大活躍していただき、2023年12月31日をもって個人事業推進のため離任となる。

2年間で1000人近くノマド相談を受けてきたゆりかさんは、もうだれも超えられないほどの境地に達している。

今や「ノマドになる」の分野において、日本一解像度が高いだろう。
変換プラグ貸してくれるスピードは完全に世界一。

この日は、バリ島や周辺離島の自然と文化を体験する現地ツアー会社、バリ倶楽部のYouTube撮影に、ノマドニアで講師を担当してもらっているいとまりちゃんと共に誘ってもらった。

飲み歩き企画は世界中で誘って欲しい。楽しすぎる。ぼくたち、ふだんこんな感じ。

バリ島からチェンマイへの移動は、たまたま格安航空券マニアのあっくんと全く同じフライト。

「シンガポールで乗り継ぎの1時間のハイリスクなチケットなんて誰が買うんだ」なんて思いながら買った航空券。あっくんが買っていたのは納得。

1時間で乗り継ぎができるかどうかの瀬戸際でありながら、40分遅延してウケた。しかし、なんだかんだで乗り継ぎは成功してしまった。

12月|転生のタイ・スリランカ

ここまで1年間酒を飲んでしかいない事がよくわかるが、健康極まりないチェンマイ暮らしでお酒を飲まなくなってきて、スリランカでは完全に飲まなくなった。禁酒する気は全くないが、無駄酒が一切なくなった。

チェンマイにはこの時期ノマドが大集合することが空気感的にわかっていたので、飲み会を開いてみた。

数えていないのでよくわからないが、10~20人ほどで飲み会をした。ほとんど初めましての人で、この会がなかったらすれ違いの人生だったので、開催して良かったと思う。

その後も、ご近所コミュニティの掲示板としてしばらく残して「今日ご飯行くひと〜」くらいのノリで気軽に遊べたのも便利だった。最終的に29人になっていた。

プロがスキルを使って遊ぶ瞬間がすごく好きなので、自分もこうして日々培っているスキルを流用して遊んでいる。

チェンマイはとにかく食べ物が美味しい。
この牛ガパオはしばらく通う内に、あまりにもおかわり確定すぎて、2つずつ注文するようになった。

早ければ昼12時に売り切れるこのガイヤーンも半端じゃなかった。
大声ではしゃぐレベルで美味い。

そして、チェンマイのグルメはマイベストグルメシティに殿堂入り。

半年前からチケットを買っていたコムローイにも参戦。

感動的な美しさだった。まさに死ぬまでに行きたい世界の絶景。

チェンマイから北に3時間くらいのところにある秘境の街、パーイにも行ってみた。

この茶屋がカッコ良すぎて、お茶屋さんを営みたくなった。

森の中に湧く温泉の泉にも行ってみたり。

バリ島から同じフライトでチェンマイに来た格安航空券マニアのあっくんが、秘境パーイの何の変哲もない道路にいた。怖い。

そんな秘境から1泊2日で新宿京王プラザホテルの挙式に行ったり。

朝9時からチェンマイでノマドニアの講座担当なのに、朝7時着で東京から戻ってくるストロングスタイルをしてみたり。

全く知らないタイ人の誕生日パーティーに何故か誘われて何故か混ざったり、

ノマドニアを、ノマドの聖地チェンマイで開催できたのは、写真家の のちさんがチェンマイで暮らし始めたから。いつもみんなのことを気にかけてくれる、優しいお姉さん。

ノマドニアは本当はチェンマイでやりたいけど、世間がチェンマイをあまりにも知らないので、妥協してバンコクで開催している感はある。

そんな大人の都合で、まだしばらくタイ開催はバンコクがメインになりそう。バンコクにノマドなカルチャーはそんなにないから、バンコクのノマドニアに行った人はビザ延長してぜひチェンマイに試住しに行ってみてほしい。

もし人間がルフィのようにただ一つだけ特殊能力を手に入れられるとしたら、ぼくに備わっていたのは「しょへもも夫妻を発見する能力」。そう、しょへもも夫妻はチェンマイにいた。

チェンマイ滞在中は、待ち合わせしていてもしていなくても、感覚的にはほぼ毎日会っていたかのように感じる。行動圏が完全に同じなのだ。

チェンマイのニマンエリアはノマドがゴロゴロいるので、知り合いに1時間で4回会うなど、とにかく鼻ほじって歩いていられないような街だ。最高。

女忍者さやさんにもよく会った。

街中だけではなく、飛行機の前の席にもいた。女忍者さん、たくさんいる。

なんなら目的地となるパタヤまで同じで、一時的にふたり旅のゲリライベントが発生した。

そうしてパタヤに到着。

パタヤではWeb制作ノマドのShunさんが主宰するコミュニティNomad Placeのワーケーションに参加。2泊3日は本当にあっという間で、これくらいのちょっと足りない感じがまたみんなに会いたい気持ちを増幅させた。

「KOHさんのTwitterノマドになったんですよ」と言ってくれていたので、こうして波及して楽しい機会が広がるのは最高のムーブメントだな、と。

またShunさんのインフルエンスでノマドになる人も現れると思うので、この連鎖が絶えず続いていくといいなあ。

バンコクでは、人生で一度も女の子にシャンパンを開けたことが無いくせに、おじにはシャンパンを開けるという誕生日祝いを。

翌日は久しぶりに二日酔い。

通信会社大手Trueがディベロッパーとして入っているデジタルパークを視察。ノマド1年目の2019年にここのコンドミニアムに住んでいたけど、ようやくデジタルパーク全体が完成してきた。

日本のデジタル大臣の河野太郎さんも最近視察訪問していたそう。

錚々たる企業がこのデジタルパークに入居している。

翔んでスリランカ。

Colivingに暮らしながら、

激うまスリランカカレーに舌を唸らせ、

でも何がどう美味しいか教養不足でわからず、料理教室へ。

スリランカカレー完全に理解した。

ジャングルを眺めながら仕事して、

筋肉痛だろうとなんだろうと、毎日サーフィン。


お酒も全く飲まなくなって、煙草も吸わなくなって、

・サーフィン
・カレー
・仕事
・読書

という4要素で構成されるシンプルライフになった。

このなんとも健康的な生活を、2024年はまずジョージアに行って、台無しにしようと思う。
しばらく眠らせているワインセラーの封印を解くぞ〜。

最後に

ここまでが1年分の日記。2024年は毎月末に書くなどして、要領の良い備忘録にしたいと思う。

  • なんのために生まれて

  • どのように生きて

  • どのように生涯を終えるか

30歳を迎えて思慮深くなったが、結論としては「まあ、毎日楽しいし、このままでいいか」ということで2024年の抱負は、無し!

食卓のおかずが一品増えます