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私のバイブル、大豆田とわ子

私がこの世で1番好きなドラマ「大豆田とわ子と3人の元夫」

見てるととっても落ち着くし、コメディ要素もあって面白いんだけど、脚本家坂本裕二の言葉選びだったり生きていくことについてしっかり言語化してくれているところが特に好き。
キャスティングもサントラも全てがカンペキ✨


みんなに勧めると題名が題名だから見るの嫌がられるんだけど一回見てみなって!!

その大きな一歩を踏み出してくれた友達はみんな最高って言ってくれてます。最高。


このドラマの中で私が特に好きなところについて今回は書きたいと思います。

主人公とわ子の親友が亡くなってしまって、そのとわ子に声をかけるオダギリジョーが言ったせりふ

うん…あの…過去とか未来とか現在とかそういうのそういうのって、どっかの誰かが勝手に決めた事だと思うんです。時間って別に過ぎていくものじゃ無くて、場所っていうか別の所にあるものだと思うんです。
5歳10歳20歳、30、40、その時その時を人は懸命に生きてて、それは別に過ぎ去ってしまった物なんかじゃ無くて。だから、あなたが笑った彼女を見た事あるなら、彼女は今も笑ってるし、5歳のあなたと5歳の彼女は今も手を繋いでいて…今からだっていつだって気持ちを伝える事が出来る。
(略)
だから人生には二つルールがある。亡くなった人を不幸だと思ってはならない。生きてる人は幸せを目指さなければならない。



このシーンが大好きで何回も見た。

なんかとってもすごいことに気づいちゃった感じがして感動する。
誰かの生き方すら変えてしまうんじゃないかってくらいの脚本とオダギリジョーの演技だった。


時間って生きていく上で必ず隣にあって、時間という概念がない世界は想像できない。
でもたしかにそれは誰かが考えたに過ぎない‘時間’という概念なんだよな。



また別の日に、宮本輝の「錦繍」を読んでいた中で、主人公がモーツァルトの曲をこう表現してたの。

生きていることと、死んでいることは、もしかしたら同じことかもしれへん。


この文章を読んだとき、やっぱり思い出したのは大豆田とわ子だった。

今、過去、未来は誰かが勝手に考えたもので、

生きていることと死んでいることは同じ。

大切な人との思い出も、過ぎ去ってしまったとかじゃない。いつでも、どこかにいる。


宮本輝はそういうつもりで書いたんじゃないかもしれないけど、私の主観ではそう捉えられた。

正直「生きること=死ぬこと」っていまだに意味はわからないけど、繋がって、少しだけ理解できた気になれたんだよね。


大豆田とわ子を見るたびにその脚本を噛み締めて、仕事も恋愛も生きること自体も色々教えてもらってるんだな。

私のバイブルです。
よし、また大豆田見返すかな〜

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