骨盤の前後傾の理解と判断

整体やカイロプラクティックなどの徒手療法、トレーニングにおける身体の評価でよく耳にする骨盤の前後傾。

初学者にとって、この理解はいくつもの知識が織り交ざることから、素人向けに発信される単なる“骨盤のゆがみ”という大雑把な話に留めておくことができない。

どのような観点から理解を深めていけばいいのか?

今回はその方法と考え方について書いてみたいと思う。

骨盤の評価に必要な3つの視点

骨盤の評価において3つの視点が必要になってくる。
①骨盤のアライメントと体幹の安定
②仙腸関節の機能と役割についての理解
③下肢筋と股関節による骨盤への影響

クライアントに対し、骨盤の前後左右の評価を伝える場合、多くは位置や形状、高さなどを目視または触察した評価者の主観的見解を伝える場合が多いように思われる。

しかしその場合、何をどの視点で評価したのか?ということが言えないとおかしい。

私の場合は主に上記した3つの視点から伝えるようにしている。

基本的な考えとして①の評価がよく言われる骨盤の前後傾についてだと思われる。

骨盤アライメントを体表的に評価して判断していると思われるが、情報量としては足りない印象がある。

Kendallの姿勢分析にあるスウェイバックやロードシスにおける骨盤のマルアライメントの根底には筋のインバランスが内在している。

骨盤自体が単体で立位を保つわけではなく、姿勢維持のために筋が介在していることは明白であり、その前後、左右差によって骨盤のマルアライメントが表在化しているわけだ。

よって、骨盤の位置情報が前傾だ後傾だということが問題ではなく、クライアントの筋バランスが引き起こす、姿勢全体のマルアライメントというマクロな視点が前提として必要になる。


Kendallの姿勢分析における筋のインバランス

正常な姿勢アライメントが求められるのは、筋のインバランスを極力少なくし、姿勢良く、運動パフォーマンスを高める意味でよく伝えられる。

その中でも骨盤の中間位での安定は体幹のインナーマッスルを活性化する理由になるため、指導の柱になることが多い。

しかし、実際のところ骨盤の前後傾に対し、どの筋のはたらきが大きくなるかを理解して指導にあたる場合は少ないのではないだろうか?

骨盤の自動前後傾に対するローカル筋の活動についての研究では、骨盤の前傾時に両側の多裂筋で23.9%、右の脊柱起立筋で19%、左の脊柱起立筋で13.6%と有意に増加した。
骨盤後傾運動では腹直筋が働くとよく言われていたが、実際の計測では腹直筋はさほど増加せず、後傾可動域と左腹横筋に正の相関は認められたがばらつきもあり個人差や左右差があった。

https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001205567688448

また別の研究では

多裂筋は姿勢維持に主効果は認められたが、骨盤の前後傾運動に主効果は認められなかった。但し、バランスボール座位に関して多裂筋の活動は増加した。
外腹斜筋は姿勢の主効果は認められなかったが,骨盤の前後傾運動に主効果が認められ骨盤の後傾運動で有意に高い筋活動を認めた.
腰部脊柱起立筋は姿勢の主効果はなかったが,骨盤の前後傾運動の主効果が認められ骨盤の前傾運動で有意に高い筋活動を認めた.
腹直筋,内腹斜筋,胸部脊柱起立筋,大腿四頭筋では姿勢と骨盤の前後傾運動ともに主効果は認められなかった。
よって多裂筋に関しては座面および支持基底面が不安定である場合に姿勢維持筋として働き、骨盤の前後傾を支える機能の一部となる。

https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001205576249088

このふたつの研究から多裂筋は骨盤の前後傾に関与すると考えられがちであるが、姿勢の安定装置としての役割が強く、この筋が直接的に作用して骨盤の前後傾を促しているようではないことがわかる。

これにより骨盤前傾と多裂筋の関係は骨盤前傾が生じることによる多裂筋の不随意収縮だと考えられる。

骨盤前後傾に直接的に関与する筋は前傾時には腰部脊柱起立筋であり、後傾時には外腹斜筋が活発化するとされる。

骨盤の前後傾には脊柱(腰椎)、体幹部の筋が過剰な収縮により生じ、これらの筋のインバランスは骨盤の不安定性を招く可能性が高い。

虚脱姿勢(スランプ姿勢)と骨盤

そこでいわゆる不良姿勢=骨盤の前後傾という公式が定着してしまっていることが不可解なことに気が付くのではないだろうか?

虚脱姿勢時に骨盤の後傾と脊柱の後弯を指摘されるが、これは主体的に骨盤を前後傾させたわけではない。

この骨盤後傾は外腹斜筋の働きによる“動き”ではなく、腹斜筋群の筋力が低下、または不活性化しているために起こる虚脱的な後傾だと考えられる。

直立座位を保つために必要なのは

腸腰筋による骨盤中間位維持と胸腰椎伸展筋による胸腰部の伸展作用が必要になる。

長時間の座位などによる腸腰筋の短縮、殿筋の弛緩により股関節の引き込む動きができずに骨盤が後傾する。

虚脱姿勢による骨盤後傾と自発的な骨盤後傾は意味合いが違う。

虚脱姿勢による骨盤後傾は下位交差性症候群を招き、腰椎の後弯を過剰にする。

骨盤安定に欠かせない腸腰筋

虚脱姿勢となる一因に腸腰筋による骨盤の中間位保持作用の低下があることがわかった。

これを理由に

デスクワークなどの長時間座位などによる腸腰筋の短縮が生じ、腸腰筋機能低下がおこるためストレッチを行うことがある。

しかし、ストレッチを繰り返しても改善しにくい場合が多く、その理由としてはストレッチの種類による効果が理解されていないというのもあるのではないだろうか?

スタティックストレッチ(SS)、ダイナミックストレッチ(DS)、Hold-Relax PNF(HR PNF)の3種類のストレッチでは、HR PNFのみに骨盤の前後傾に変化があった。

これは時間経過を追ってもHR PNFに効果が持続されたとあり、抵抗と弛緩の繰り返しによるストレッチングが腸腰筋の短縮にはポジティブな影響を及ぼすと考える事ができる。

腸腰筋は最深部にある筋のため、意識的に鍛えることが難しい筋である。

だが、この筋ほど股関節の屈曲に対して安定的な力を発揮する筋はない。

下肢の伸展肢位での股関節屈曲では10°までは大腿四頭筋により、それ以上では大腰筋が作用する。

これは骨盤中間位であるがこその数値であり、骨盤の受動的前後傾によって起こるハムストリングスのスティフネスや脊柱起立筋のスティフネスによって生じた股関節屈曲に対する抵抗は大腰筋のはたらきを妨げる要因になるのではないだろうか。

骨盤アライメントに対する評価の視点は
①股関節屈曲の安定性
②大腰筋の機能
③自発的姿勢維持
など、これらをチェックした上でその骨盤アライメントがネガティブな影響を及ぼす因子になりうるか?を考察した方がいいと考える。

仙腸関節と骨盤の前後傾

仙腸関節は骨盤にあるとても重要な関節である。

前方の関節面は滑膜性でありながら、後方の関節面は靭帯による線維性結合であり、さらにこの関節を主体的に動かす筋が存在しないため、自発的な動作はできない。

この特殊性は"動き"というより、ゆとりのようなものであり、動きをサポートしたり、力を分散したりと支持や緩衝機能としてのはたらきといえる。

仙腸関節の基本運動は受動的であり、うなずきと起き上がりを腸骨に対して行う。

うなずき運動をニューテーションと呼び、起き上がり運動をカウンターニューテーションと呼ぶ。

ニューテーション時には両腸骨はインフレア即ち、内方に動き、骨盤が安定しやすくなり、カウンターニューテーションでは両腸骨がアウトフレア即ち、外方に動くことでゆとりが生まれる。

ニューテーションは仙骨の前方傾斜であり、腸骨は後下方へ動くがこれは骨盤後傾とは違う。むしろ、骨盤は全体で前傾気味になるといえる。

仙骨の前傾による後仙腸靭帯は弛緩し、腸骨のインフレアによって骨性支持機能を高める。

これは立位や座位などの縦軸の重力に対する理想的な構造であり、股関節への質量と足圧中心との調和に必要なメカニズムであることがわかる。

カウンターニューテーションによる仙骨後傾と腸骨の前下方運動では腸骨のアウトフレアが起こり、後仙腸靭帯のテンションが高まり、腸腰筋膜の緊張も増加する。

軟部組織に依拠した支持に頼りすぎることは、過剰な神経伝達を招き、ストレスレベルが高まりやすい。

このような理由から筋の剛性は増加することにもなり得る。

仙腸関節の評価に必要な視点

仙腸関節の安定性は骨盤の前後傾と関連するとは言い難く、片脚立脚による足圧中心と股関節の安定、脊柱の起き上がりといったことを包括的に精査する必要があり、そもそも可動性が低く、自動運動出来ない関節を機能低下を理由に判断するという考えはナンセンスではないだろうか?

カイロプラクティックや整体などでは、仙腸関節の可動性低下が全身の"ゆがみ"アライメントに影響を与えると信じられている。

これは一部正しく、全体的にはかなり簡略化された理屈といえる。

仙腸関節後方にある固有受容器、胸腰筋膜にある固有受容器による知覚の変化は姿勢制御に影響がないとは言えない。

しかしこれは仙腸関節の可動性によるものなのか?股関節を含む骨盤全体としての動きによるものか?は正直、分けて判断できない。

そのため、徒手による評価の場合はいくつかの視点を持ち、複数の評価から推察することになる。

骨盤偏位については
①PSIS
②ASIS
③恥骨結合
④股関節
⑤腰椎
⑥脊柱側弯
⑦頭部
触察ベースでいくとこれくらいのポイントを観る必要がある。

よく症状から骨盤偏位を評価し、症状と結びつけた文脈をつくる事を臨床の中で見かけるがマルアライメントや偏位というのはなんらかの機能的なミスマッチがその誘因となっているため、短絡的な結びつけや、それをターゲットにした矯正により一時的に改善したから"正しい"とするのはむしろ違うといえるし、改善しなかった場合に混乱が起こる。

下肢の筋と骨盤

最後に股関節の安定が骨盤の中間位に必要なことは述べたが、下肢とくに臀部や大腿部の筋は骨盤偏位にどのような影響を与えるのかについて話してみたい。

ハムストリングスの硬さが骨盤後傾を助長するといった説や、大腿直筋の硬さが骨盤前傾を助長するといった説はよく見聞きする説ではある。

しかし、前述した研究などでは大腿部の筋の骨盤前後傾への影響は少なかった。

大腿部の筋は股関節と膝関節を跨ぐ二関節筋である。そして人体最大の長さと太さを持つこれらの筋は下肢の安定に大きな貢献をしている。

特に膝関節に対する大腿骨と脛骨の安定性はこれらの筋によるもので、この筋長をコントロールするのが骨盤の前後傾だと考えることができる。

スクワットによる骨盤肢位と大腿直筋の筋長の変化は骨盤前傾時に短縮するが中間位においては変化に乏しい。

骨盤を前傾させれば大腿直筋は求心性収縮となり、より負荷がかかるということになる。

これが立位や座位で

骨盤前傾ぎみだと大腿直筋が硬い
ことや
骨盤前傾を引き起こすのは大腿直筋の過剰収縮
ということになるだろうか?

立位時の腰仙椎矢状面アライメントに対する研究では、やはり
大腿直筋およびハムストリングスの伸張性はよほどの筋短縮がない限りこのアライメントに影響しないとある。

となると、骨盤前後傾に下肢筋力はそれほど大きく影響するものではないように思える。

それは
骨盤が常に固定化されていないものである
膝関節や股関節が介在し筋長をコントロールしている

などの前提となる理由があり、静止した状態だけで解釈しようとしていると大腿の筋が単純に骨盤を引っ張って前後傾に作用するといった表現になってしまうのはイメージできる。

股関節の内外旋と骨盤前後傾

大腿部の筋による骨盤への影響は大きな筋であるが故に問題とされてきたが、事実はむしろ逆であり、大きな筋であるが故にうまく骨盤の動きを下肢の運動に還元すべく機能していた。

では股関節の内外旋などは骨盤の前後傾に関係しているだろうか?

股関節の形状は立位の骨盤中間位では、やや内旋ぎみである。これは中間位がやや前傾ぎみであることで起こる股関節のニュートラルな肢位といえる。

股関節の過剰な内旋は恥骨筋などの内旋筋の過剰収縮や、股関節外転筋の筋力低下によると考えられる。

また、骨盤前傾が前述した理由などによって過剰に生じると股関節の内旋が助長されるという仮説が多い。

しかし、ある研究では

骨盤を意図的に前後傾して動かした際に股関節内外旋角に大きな変化がなかった場合もあり、骨盤の前後傾運動にどの筋を使用しているか?によってその角度の変化に違いがあるのではないか?

というものもあり、ここから推測すると股関節の内旋にはたらく筋を骨盤前傾時には使いやすく、外旋にはたらく筋を骨盤後傾時に使いやすいため一般的な前傾=内旋というものが出てきていると考えられる。

椅子からの立ち上がり動作では骨盤を前傾させ、内転筋から股関節伸筋である殿筋へ運動連鎖が起こると言われている。

しかし、虚脱姿勢によるスランプ座位では骨盤が後傾し、腸腰筋の短縮により、内転筋から股関節伸筋への連鎖がうまくできないため、大腿直筋などによる膝の伸展でのパワーが必要になってきます。

このようなことからも股関節の内外旋が骨盤を傾けるというのではなく、骨盤の安定した動きと下肢の筋のはたらきが協調することが大事であり、そのために股関節の可動域がある程度ないとこの協調した連動性が担保できなくなるとも言える。

まとめ

骨盤の前後傾を問題視する傾向があるが、それはスポーツにおいては大腰筋のはたらきを高めることで体幹の安定性などを高めることにつながるからと考えられる。

一般生活者にとってはトレーニングする場合にフォームを安定させ、ケガなく効率よくトレーニングするために骨盤中間位や意図的な前後傾は必要だと考えられる。

また、これを腰痛の原因などと指摘される場合も少なくないが、骨盤の前後傾自体は腰痛にとって直接的な原因になっているというよりは、骨盤のコントロールを失った場合、腰痛の改善にとって不利益だと思われる。

姿勢というのは見た目だけでなく、美しく動けるからこそ維持できるものだとも思われる。

この部分ばかりに負のイメージを持つよりも、股関節の機能性を高め、腸腰筋を活性化させ、バランス感覚や重心を神経学的に学習することも並行して行うべきだと理解できる。








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