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【随筆】王頭の虎

   虎というけだものは、極佳いものになると、額のところに王の字の縞がる──

   と、いうのは、落語『ねずみ』で、虎について名人左甚五郎が語る台詞で、それを『王頭の虎』と呼ぶのだそうだ。

   2023年のレギュラーシーズンの阪神タイガースは、本塁打や投手の勝ち数など数字的な凄味より、落とせない試合を確実に獲っていった。12球団最年長となる岡田彰布を指揮官に迎え、確実に仕留めていくその虎の額には、まさに『王』の字の縞が浮かびあがっていたに違いない。それは、わたしたちファンが、日本国国歌と言って憚らない球団歌『阪神タイガースの歌〜六甲おろし』でも「獣王の意気高らかに」と謳われている、その姿そのものであった。

   だが、スタンドのファンはどうであろう。

   わたしは『六甲おろし』で奏でられる序奏イントロは、世界で最も美しい序奏のひとつだと思っているが、その序奏に歌詞のような掛け声を当てているのが、耳につく。あれは本当に美しいのだろうか。

   突撃四発ヨンパツの、くたばれ讀賣それいけいけ!時として、一時的に歌詞をつけられる、自発的に、それは仕方がないことだし、「くたばれ〇〇」「〇〇倒せ」も勝負事だから許容される範囲だと思うが、讀賣戦でもない試合で「くたばれ讀賣」と叫ぶ必要があるのだろうか。

   なかでも、讀賣の応援歌『闘魂込めて』の『商魂込めて』。あれ、仲間内で考えたときには「面白ぇ」となったんだろうなぁ、だけど本当に面白いのかな。「死ね死ね死ねくたばれ」のくだりに関して言えば、もう、野球でもなんでもない。打倒讀賣はグランドで果たされればいいはなしだ。

   この点に関して言えば、応援団は認可制ではあるものの「私設」なので、スタンドでほかのお客さんに強制することは出来ず、注意喚起がせいぜいといったところ。

   だけども、逆の立場ならどうだろう。あの美しい『六甲おろし』を替え歌で汚されると、想像しただけでも戦慄と怒りを覚える。そこに、相手を想う想像力はないのだろうか。

   わたしも心に『打倒讀賣』の四文字を刻んできた、なんなら背中に彫物を入れたいぐらい。落語家になってからも、『打倒讀賣』だけを胸に真打にもなった…って、それは洒落です。

  143試合を終え、2位以下に11.5ゲーム差までつけた、わが阪神タイガース。その虎の額に再び王の字の縞が浮かぶかどうかは、わたしたちの立ち居振る舞いにもかかっている。

   額にその縞が現れたとき、自ずとさらに高みに阪神タイガースがいるときで、その可能性が充分にあるのが、この秋だ。

書くことは、落語を演るのと同じように好きです。 高座ではおなししないようなおはなしを、したいとおもいます。もし、よろしければ、よろしくお願いします。 2000円以上サポートいただいた方には、ささやかながら、手ぬぐいをお礼にお送りいたします。ご住所を教えていただければと思います。