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「休みたいときは休んでいい」日々小1の登校しぶりに対応する、児童支援専任教諭のアドバイス

秋が一段と深まる11月。保育園・幼稚園の年長児がいる家庭では、小学校の入学準備が本格化する時期です。子どもの成長を嬉しく思う反面、これまでと大きく環境が変わることに不安を覚える保護者も多いのではないでしょうか。

また、小学校は保育園・幼稚園と比べて、一人の子どもに対して関わる先生の人数が少なくなるもの。子どもの様子を知る機会が減ってしまうことを、心配する声も耳にします。もしも、子どもが小学校生活に馴染めずに困るようなことになったら……。巷では1年生がそのような状態に陥ることを、「小1プロブレム(※1)と呼ぶようです。

※1 第1学年の学級において、入学後の落ち着かない状態がいつまでも解消されず、教師の話を聞かない、指示通りに行動しない、勝手に授業中に教室の中を立ち歩いたり教室から出て行ったりするなど、授業規律が成立しない状態へと拡大し、こうした状態が数か月にわたって継続する状態をいう。

引用:東京都教育委員会「小1問題・中1ギャップの予防・解決のための「教員加配に関わる効果検証」に関する調査の結果について」(「第1学年児童の不適応状況」の定義

「小1プロブレム」と一言に言っても、具体的にどんなケースがあるのか。また、学校・家庭ではどう対応したらよいのでしょうか。

今回は公立小学校の児童支援専任教諭(※2)として、学校生活に不安を抱える子どもたちと日々向き合っているS先生に、「小1プロブレム」への対応法を伺いました。

※2 児童支援専任教諭とは、横浜市が2014年に全ての市立小学校(341校)に配置した専門職員。クラスの担任は持たず、いじめや不登校・言葉の壁によるトラブルなど、学校生活において子どもたちが抱える不安の解消をサポートしている。


【S先生のプロフィール】
横浜市の某公立小学校にて勤務。教員歴13年。全学年を担任したことがあり、過去2回1年生の担任を務める。3年前から児童支援専任教諭に従事。普段は校内巡回や教育相談を中心に、児童と家庭の双方のサポートを行なっている。


(注)当記事は某公立小学校の対応を一例としてご紹介するものです。他の横浜市立小学校や、他自治体の公立小学校では同様の取り組みがなされていない場合があります。

毎年一番多い「保護者と離れるのが怖い」子どもたち

ーーS先生の学校では、どんな「小1プロブレム」の様子がよく見られるのでしょうか。

毎年必ず見られるのは、「母子分離不安」の状態になっている子どもたちですね。保護者と離れることがすごく心配なあまり、一人で登校できず、学校が近づくにつれて涙がポロポロと出てきてしまう子がいます。そもそも登校自体ができなくなってしまうこともあるんです。

不安の理由を本人や保護者の方に聞くと、「先生に叱られるのが怖い」「勉強が嫌い」「給食が嫌い」「忘れ物をしてしまうから」などさまざまです。ある保護者の方からは「これまでの園には女性の先生しかいなかったので、男性の先生が怖いみたい」という声をいただいたこともあります。学校生活に対して何かしら不安なことがあると、「母子分離不安」の状態に陥りやすいように思います。

ーーS先生は「母子分離不安」の子どもに対してどのように対応しているのですか?

私の場合は、子どもの様子に合わせて対応方法を変えています。毎朝正門に立って、登校する子どもたちに「おはよう」と挨拶するのを日課にしているのですが、そのときに気になる子には声をかけています。

たとえば、登校したけどなんだか不安そうな顔をしている子がいた場合は、声をかけてそこから雑談を始めます。話をする中で、今にも泣きそうなくらい不安な気持ちを抱えてるなと感じたら、教室まで一緒に行くこともあります。

教室に着いたら「どうする?授業受けられそう?」と声かけをし、大丈夫そうだったらその場を離れます。その後少し時間が経ってから様子を見に行き、その子の状況を担任と情報共有するようにしています。自ずと担任もその子と信頼関係を作るよう働きかけていくので、少しずつ学校生活に慣れていく子が多いんです。

また、教室に入れない子の場合は、まず教室以外の部屋で気持ちを落ち着ける時間を作っています。休憩時間を設けることで、途中から授業に出られるようになる子もいるんですよ。

ーー学校に行きたいと思ってはいても、不安で登校することができない子もいると思います。その場合はどんな対応をしているのでしょうか。

私は不安の原因を探ることから始めます。保護者面談で話を聞いたり、子ども本人に困っていることはないか聞くこともあります。原因がわかったら、まずは解決する方法を一緒に考える。解決しないことには不安な気持ちはなくなりませんからね。

その上でもう一押し必要だなと感じたときは、私が自宅まで迎えに行きます。保護者の方の都合がつくようなら、正門まで送り届けていただいたり、子どもが安心して教室に入れるように授業参観をお願いしたりすることもありますね。

こういった対応を繰り返し続けていくことで、登校することが難しかった子が少しずつ学校に通えるようになっていくことが多いです。保護者と離れたくなくて毎日泣いていた子が、2日に1回は泣かずに登校できるようになったり。登校したときは泣いていても、その後短時間で気持ちを切り替えられるようになったり。

ーー本当に子どもひとり一人に合わせて対応が違うんですね。

「母子分離不安」は、不安の原因を取り除いてあげないと解決することはできません。そのためにも一人ひとりと時間をかけて信頼関係を作り、その子に合わせた解決策を探っていくことが大切だと感じています。

さまざまな「プロブレム」の形

ーー「母子分離不安」から登校しぶりになってしまう1年生がいることはわかりました。でも、登校しぶりで悩むのは1年生だけではありませんよね?

もちろん1年生に限った話ではありません。進級しても登校しぶりが続いてしまう子もいます。また学年に関係なく、急に登校しぶりになってしまう子も。コロナ禍になって学校を休むことが特別ではなくなったせいか、私の学校では以前よりもその人数が増えている傾向にありますね。

ーー子どもが「登校しぶり」になったとき、家庭ではどのように対応したらよいのでしょうか。

大前提として「休みたいときは休んでいい」と私は思っています。「お子さんが行きたくないと言ったときは、無理に連れてこなくても大丈夫ですよ」と保護者の方にも伝えています。その代わり、子どもと「約束」をしてもらうようお願いしているんです。

ーー「約束」とは?

「今日お休みするなら明日は学校に行こう」「3日に1回は学校に行こう」など、ご家庭で休む日と頑張る日を決めていただくんです。保護者の方には頑張る日に子どもの背中を押して、学校に送り出していただくようにしています。登校当日に不安なときは、僕のような専任の教師や担任に連絡してもらっても構いません。

私は「子どもと学校との関わりが無い状態を普通にしない」ことが大切だと思っています。日中に登校が難しいのであれば、放課後に学校に来てもいい。どうしても登校できないときは、担任と電話で話したり、直接家に伺ってお喋りしたりするだけでもいいと考えています。

学校との関わり方は、単に「授業を受ける」だけじゃなくていいんです。保護者の方には子どもと話し合って、学校と繋がる時間を確保していただけると嬉しいですね。

ーー確かに子どもの気持ちは尊重したいです。でも、共働き家庭だと「学校を休ませてばかりもいられない」と悩む保護者もいるかと思います。そのような場合にはどういったアドバイスをしていますか?

私は家で子どもが一人で過ごすことがないよう、「朝でも昼でもいいので、学校まで連れて来てください」とお願いすることが多いです。引き渡しの際は「本人が帰りたいと言ったときには連絡します」とお伝えし、保護者の方とは常に連絡が取れる状態にしています。そうすると子どもも安心して過ごすことができますから。最後まで学校で過ごせたときも、帰りは迎えに来ていただけるようにお願いすることもあります。

ーー小学校に上がった途端、「友達とのトラブルで頻繁に学校から連絡がくるようになった」という声を聞いたことがあります。

1年生はまだ人付き合いのレパートリーが少ないので、知らないうちに相手が嫌だと感じる対応をしてしまうことがあるんです。その結果友達とぶつかったり、人間関係の悩みが増える。トラブルが起きてしまうのは、ごく自然なことだと思います。

ただ、ご家庭に連絡すると「どうしてうちの子だけ」「今までそんなことなかったのに」とネガティブに捉える方が多いですね。そんなときは「この年齢ではよくあることですから、様子を見てみましょう」とお伝えしています。その後は私や担任で子どもの様子を見守り、保護者の方に定期的に連絡するようにしています。

難しいかもしれませんが、保護者の方には「友達とのトラブルも成長の証」と思って、長い目で見守っていただけると嬉しいですね。

ーー授業中に離席してしまう子どももいるようですが、その場合はどのように対応しているのでしょうか。

授業中に教室の中を歩き回るような離席はたまに見られますね。ただ、授業中にお尻が椅子から浮いてしまっている子どもは毎年一定数います。どちらの場合も45分間集中できていないから起こることです。

子どもの集中力が続く時間は約15分と言われています。私が担当するときは、15分毎に活動内容が切り替わるように授業を組み立てているんですよ。

たとえば、国語の授業でひらがなの練習をするとします。最初の15分間はいろいろな線をなぞる練習をする。次の15分間はひらがなの「く」を書く練習をする。最後の15分間はひらがなで遊ぶ、といったスケジュールです。

ーー子どもの性質を活かして授業を組み立てる方法があるとは知りませんでした。ほかの先生も同じように工夫して授業しているのでしょうか。

そうですね、先生たちはそれぞれ工夫して授業を進めています。私は担当の授業がない時間は校内巡回をしているのですが、そのときに子どもたちが集中できていない様子が見られたときは先生にアドバイスすることもありますよ。

子どもたちにただ「集中しろ」と言うのではなく、集中するための工夫を取り入れた授業が広まっていくと嬉しいですね。

解決の鍵は学校と保護者の連携

ーー「小1プロブレム」の状態に陥ったとき、子ども本人だけでなく保護者も同じように不安な気持ちになっていると思います。

そうですね。保護者の方の心配を和らげるために、子どもの状況によっては学校での様子をこまめに連絡することもあります。また、私が自宅まで子どもを迎えに行くときには、その日の活動予定を具体的にお伝えするようにしていますね。

あとは、私が伝えた様子をご家庭でもお話していただくようお願いしています。

ーーそれはどうして?

子どもの頑張りを認める会話をしてほしいんです。学校で一生懸命頑張っても、「親は褒めてくれない」「心配してくれない」と子どもが感じてしまうと、子どもは学校で頑張る意味を見いだせなくなってしまいます。「小1プロブレム」は学校と保護者が協力して解決していく必要があるんです。

小学校の悩みは誰に相談したらいい?

ーー正直なところ、小学校でこんなにきめ細やかな対応をしているとは思っていませんでした。

そうおっしゃる保護者の方は多いですね。小学校は保育園や幼稚園に比べて、保護者が先生と直接関わる機会が減ります。そうすると、どうしても距離を感じやすくなってしまいますから。

「1クラスに30人もいるから、相談するのはやめておこう」「大したことないだろうから、わざわざ先生の手を煩わせちゃいけない」と、心配事があっても先生に相談するのを遠慮してしまう保護者の方もいらっしゃるようです。

でも、1年生は小学校生活と園生活とのギャップを埋めるためにも、保護者の方と連携を強めることがとても大事だと思っています。私はその微妙な隙間を埋める、相談しやすい先生でありたいですね。横浜市内の小学校には、私のような児童支援専任教諭が必ず配置されているので、ぜひ躊躇わずに気軽に相談してみてください。

ーー横浜市以外の小学校で専任の先生がいない場合は、誰に相談すればよいでしょうか。

まずは担任ですね。ただ、担任に相談しづらい場合もあると思います。そんなときは、スクールカウンセラーを配置している自治体も多いので、その担当職員に相談してみるのもいいかもしれません。そういった職員もいない場合は、副校長先生や養護教諭が学校に関する相談窓口になっていることが多いので、そちらに連絡するのも一つの手です。

小学校生活で子どもが悩んでいる様子に気づいたら、ご家庭で対処するだけでなく、まず「学校に相談する」という選択肢をぜひ検討していただきたいです。

ーーS先生、貴重なお話をどうもありがとうございました!

編集後記

今回S先生のお話を伺ったことで、小学校や担当職員がさまざまな対応策を準備していること、保護者と密接な連携を取って一緒に解決を図る姿勢であることがわかりました。

子どもが通う小学校によって対応方法や担当職員は異なると思いますが、困ったらまずは相談する。そして家庭だけで解決しようとするのではなく、先生方と連携を強めていくのが「小1プロブレム」解決の近道となりそうです。

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