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ステラおばさんじゃねーよっ‼️84.海洋散骨旅〜少年と人魚の夢

👆ステラおばさんじゃねーよっ‼️84.海洋散骨旅〜鳥海島 は、こちら。



🍪 超・救急車


ようやく頭(こうべ)を上げた小柄な老男は、無言でその場から立ち去ろうとした。

「あの」

とカイワレは夏男に話しかけた。

夏男は立ち止まり、ぎょろりとした丸い目の玉を大きく見開き振り返った。

「何でございますか?」

「ひとつ質問なのですが、あなたのお姉様のお名前は何とおっしゃるのでしょうか」

カイワレはたわいない会話から、夏男との心の距離を縮めようとした。

夏男は震えた小声で答えた。

「姉の名は、春憙(はるき)と申します。私は腹違いの弟ですが、姉には可愛いがられてきました。他には何かありますでしょうか」

「ひかりさんから伺ってらっしゃるかと思いますが、私たち、この島の海に元夫の遺骨の一部を還しにまいりました。またとないご縁ですから是非、この鳥海島の歴史や文化について詳しく教えていただけないでしょうか?」

そう知波が夏男に伝えると、夏男は目玉をくるりと回転させながら、

「では、皆様の就寝前で良ければ囲炉裏のある広間で、お話しさせていただきます」

と応えた。

ふたりは夏男の申し出に深々と頭を下げて、

「よろしくお願いいたします」

と声を重ね言った。

⭐︎

情報通り、この時期の宿泊者は少なかった。

季節の連休に当たれば、【波乗りの聖域】と呼ばれるこの島は、大勢の若者や家族連れの面々が、島唯一の民宿【人魚の岬】へこぞって集まってくる。

しんと静まりかえる古屋敷には、カイワレ、知波、夏男そして数名の民宿従業員しか見当たらなかった。

普段目まぐるしく働き(うごき)廻る思考も、この静寂に呑み込まれてしまったようだ。

ふたりの瞼は自然と重く閉じられ、いつしか身体もひんやりする床板へと吸いつけられるように重たくなっていた。

⭐︎

カイワレはいつもの異空管を潜り抜け、月夜の海辺にリープしていた。

「あわわわわぁ…。おっ母、人魚みてえだ!」

幼き少年の瞳は、月光が海面(うみづら)に乱反射するのと同じようにてらてらと輝いていた。

「そう、あたしぁ人魚…。おまえさんのおっ母なんかじゃぁないんよ。ずっと隠してて、すまなぁね。さようなら」

哀しみをたたえた目で少年を一瞥し、座っていた岩場から大きな尾鰭(おびれ)を高々と振り上げ、水しぶきとともに静寂の夜海へと消えた。

「おっ母!おらを置いてかねぇで!!独りにせんでぇよ!!!」

少年は泣きながら海に向かって叫んだが、人魚の姿をした母は二度と少年の前に現れなかった。

⭐︎

「……………」

涙の重みで、カイワレは目を開けた。

ふと横を見ると知波は眠っていて、いまだ夢の中にいるようだ。

カイワレはこの夢を書き留めようと、旅行鞄からノートを取り出すと、気づけば一心不乱にさっき見たばかりの《少年と人魚の夢》を書き殴っていた。

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