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ステラおばさんじゃねーよっ‼️⑱母子手帳

👆 ステラおばさんじゃねーよっ‼️⑰天国に近い丘〜タンポポの綿毛 は、こちら。




🍪 超・救急車




しばらく黙って星空を見上げていた聖が、ゆっくり立ち上がって言った。

「そろそろ冷えてきたし、戻ろっか」

「そうですね、帰りましょう」

「あそうそう、あらためて話があるんだけど、帰ってお風呂の後にでもいい?」

「大丈夫ですよ。まだ何かサプライズ?」

一瞬、聖は何か言葉を飲み込んだ後で、

「そうね、そうかもね」

とうつむきながら言った。

「今日は心臓に悪い日だな〜」

とカイワレは笑ったが、聖の表情は少しこわばっているような気がした。

上着のポケットに両手をつっこみ並んで歩くふたりは、似た者親子のようだった。

⭐︎

ふたりは誰もいない食堂に、向かい合って座った。

口ごもりながら、聖は話し始めた。

「さて…ずっと話さなきゃ…渡さなきゃと思いながら、タイミングがわからなくて。いや、渡さない方が良いと思ってたのが本音。でもふたりが帰ってくるって電話があった時に、渡すなら今でしょ、と思ったんだ。それに、たいちゃんには知る権利がある」

聖は古びた洋菓子の空箱を、カイワレの目の前にそっと差し出した。

「開けてみて」

さっきまでのおちゃらけた雰囲気はなく、真剣な眼差しを向ける聖に、カイワレは怖気づいた。

「これ、何ですか?」

「開ければわかる。中身を見て、受け取るのも拒否するのも、たいちゃんの自由だよ」

その言葉に、何か大事なものを丸投げされたような気持になった。

パンドラの匣(はこ)を開けるかのごとく、カイワレはひどく怯え、動悸が早まった。

そこに入っていたのは、母子健康手帳と「成長記」と記された3冊のノートだった。

⭐︎

その母子手帳の表紙には、保護者名が黒マジックで乱暴に塗りつぶされていて、苗字の【大根】の部分はかすれていたが、何とか読み取れた。

あまりに唐突過ぎて、母子手帳もノートも開く勇気は出なかった。

「これは…」

「たいちゃんのお母さんの置き土産だよ」

「なんで、今更?」

「うん…今もむかしもたいちゃんとポーちゃんは、ずーっと一緒に暮らしてきたでしょ」

「はい」

「ポーちゃんが結婚すると、たいちゃんはそのうち独りに…ポーちゃんと一緒に住めなくなるよね」

聖はどんな時も、優しい言葉を選んでくれる。

「だからこのタイミングで、実のお母さんを探してみたらどうかなって、わたしは思ったの」

「………………………」

それからふたりは目を合せられず、長い時間、沈黙に逃げ込むしかなかった。

⭐︎

柱時計の秒針の音が、静まり返った食堂に響く。

母を探す?

探せって事は、俺の母親は生きてるのか?

母親だけ?父親は?

肉親が生きているかもしれないなんて。

カイワレの頬には、一条の涙が流れた。

26年間貯めて、貯めて、貯めて、貯め続けたダムが一気に決壊し、次から次へと涙があふれ頬をつたった。

その涙がカイワレの握りしめた母子手帳へこぼれ落ちるたびに、聖の胸は強くしめつけられていた。

⭐︎

「俺の肉親は、この世に居ないと思って生きてきました」

カイワレは声を絞り出すように言った。

「でも、もしかしたら生きてて、会えるかもしれないんですよね?だけど…やっぱり半信半疑で。今日はもう、中身を見るのはキツイんで、ゆっくり時間かけて…自分がどうしたいのか決めたいと思います」

「それがいいと思う。たいちゃんがどう決断してもわたしは驚かないし、いつ何があってもたいちゃんの味方だから。それだけは忘れないで」

聖は意味深な言い方をしてしまった事に、ハッとした。

その表情を、カイワレは見逃さなかった。

「先生、今までこれを隠してたのは、他にも何か訳があるんですか?」

聖はしばし沈黙した後、思いの丈をはき出した。

「わたしにとってはね、たいちゃんは特別なんだ。職員がえこひいきするのはもってのほかだよね。頭では分かってる。でも仕方ない、本当に息子だったらなって、何度も思って」

「だから?だから本当の親に会わせたくなかったんですか!?」

「そうだよ!親を探して辛い思いをした子を何人も見てきたから…だから渡せなかった」

そういう話は、この園内でもよく耳にしていた。

本当の親に会わなければ良かった、という、残念な話を。

「もっと早く知りたかったけど…俺が心配だったから言えなかったんですね」

ずっと自分を大事にしてきてくれた人が、目の前に居る。

なんて幸せな事だ。

「俺も聖先生が大好きだし、お母さんみたいに思ってます。それから実の母の置き土産、大切に保管してくれてありがとうございます!」

明るい声が少し戻ったカイワレに、聖はホッとした。

「それね、絶対に誰にも触れられないように、裏山の丘のてっぺんに埋めてたから、掘り返すのが大変だった!」

さっきまで固い表情を崩さなかった聖は、いつもの柔和な顔に戻っていた。

「え!?何であそこに!?俺の産まれた記録が埋まってるとか、考えた事もなかった!そんな理由(こと)もあって、裏山に誰も近づかないようにしてたんですか?」

「そう!だってわたしは、あの丘の守り人だから!」

そう笑った聖は、少し寂しそうな表情(かお)に見えた。

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