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IBN寮物語—口上(こうじょう)1—

 入寮して数日が経過し、4月1日のエイプリルフールを迎えた。仙台は朝から雪が降っており、(半地下室にある)一階談話室から見上げる道路にも雪が積もっていた。室内に目を転じると、猪俣はすやすやと眠っており、北王子も眠っているが、なぜか奴の右手の隣には木刀が置いてある。嘉門も眠っているが、彼の足元にはロックピックハンマーがやはり置かれている。そして、鹿本はアレルギーのために夜中にくしゃみを多くしたのであろう。枕元には白いティッシュが敷き詰められており、遠目から見ると鹿本は棺桶の中で白い菊に埋もれた死人のようでもある。これらの室内の景色のいくつかは嘘であってほしいと願う内容であったが、残念ながら、紛れもない現実であった。
 朝食をIBN寮内で食べた後に、3年生(2学年上)の東(ひがし)先輩が一階談話室に入ってきた。彼はテニスを高校の頃からしており、日に焼けた爽やかなスポーツマンという印象である。スポーツマンらしく、はきはきとIBN寮内のことを説明していく。そこで今日は新入寮生の歓迎会が午後9時からIBN寮内の4階談話室であるので、必ず出席し、そこでみんなに向けて自己紹介するようにと伝えられた。新入寮生がこれからお世話になる先輩たちなので、自己紹介は大事だと伝えられ、新入寮生は一同肯いている。
 東先輩はIBN寮の自己紹介には「口上(こうじょう)」と呼ばれる独特の言い回しがあるので、それを覚えるように、と言う。まず、「口上(こうじょう)」では、出身高校、入寮年度所属学部・学科、及び名前を元気よく言う。例えば、北王子の場合は、「鹿児島県立〇〇高等学校出身」、「13P(13は平成13年度入寮、PはPedagogyのイニシャルで教育学部を意味する)」、「北王子金時」となる。そして、この句読点には必ず一拍の間を置くように言われる。というのも、聴衆らがその一拍の合間に合いの手を入れるためである。なるほど、「口上(こうじょう)」というのは少し古風だが自己紹介としては筋が通っているので、全員自分の「口上(こうじょう)」の言い方を理解する。
 東先輩は続けて、この後はみんな共通だから以下の文言を一言一句暗記するように、と言う:「酒の一滴は血の一滴」「謹んで一気いかせて頂きます」。そして、これを言ってから、そのときに注がれている飲み物を必ず飲み干すようにと言う。新入寮生全員が何を言っているのかわからないとぽかんとしているが、この説明をした後、東先輩はさっとその場を去っていった。
 最後の説明だけ何やら一部が意図的にぼかされているような気もしたが、「注がれている飲み物」はお酒であって、それを一気飲みする、ということを意図しているようであった。当時は20歳未満が未成年という定義であったので、新入寮生全員が未成年であった。つまり、「口上(こうじょう)」というのは、建前上は自己紹介だが、その意味するところは新入寮生への飲酒の強要であった。
 朝から雲行きが怪しかったが、一階談話室は嵐の前の静けさで、シーンとなっている。

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