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低学歴が認知症のリスク!?

認知症とは、高齢者を中心とした、脳機能の衰えが原因となって、記憶や判断力、言語能力などの障害が生じる症状群である(WHO、2021)。

この認知症に生活習慣が影響する、という話を聞いたことがある人は多いだろうが、実際どのようなものが影響するのか、どの程度影響するのかについては詳しくないのではないだろうか。2017年・2020年のLancetのレビューでは、計12個のリスクファクターが取り上げられているが、その一つに低教育歴、というものがあった。そこで今回は、認知症に関して現在までに分かっていることや、生活習慣との関連についてまとめていく。なお今回の内容は、中外医学社出版の『今回の内容はCLINICAL NEUROSCIENCE Vol.41 No.9(2023-9)ーAlzheimer病の新しい時代を迎えて』を参考にしている。

認知症は治るのか?

結論は、「治るものもある」だ。
「認知症」は、物忘れなどの軽度な症状から始まり、徐々に正常な判断ができなくなる病気を表す言葉だが、この症状を引き起こす原因は非常に多岐にわたる。一般的に認知症と言った場合、アルツハイマー病、Levy小体型認知症、前頭側頭型認知症などの、認知機能低下のはっきりとした原因が特定できない、「原発性認知症」と呼ぶべき疾患を指していることが多い。これらの病気は完全に治すことは難しいが、先天異常(奇形)、水頭症、外傷、腫瘍、血管障害、炎症(感染症、自己免疫疾患を含む)、代謝障害、中毒、変性疾患等によって認知機能低下が起きていることがあり、これらは治療によって認知症の症状が改善する可能性がある。
つまり、認知症と一言で言っても、治療可能な認知症がある、ということを知っておくことが重要だ。

アルツハイマー病

とはいっても、やはりアルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)は治らない。正確に言うと、治療によって完治させることが難しい病気だ。
理由としては、ある程度まで変性してしまった脳細胞を元に戻すことができないからだ。

では、なぜこのアルツハイマー病は起きるのか?何が原因なのか?
現時点で分かっているのは、「アミロイドβ」や「タウ」という異常なタンパク質が脳に蓄積することで起きる、ということだ。

異常なタンパク質が脳に蓄積する、と聞くと、狂牛病を思い浮かべる人もいるだろう。狂牛病(正確には牛海綿状脳症)は、プリオンと呼ばれる異常なタンパク質が脳に蓄積され、神経細胞が変性することで起きる急速進行性認知症だ。狂牛病が人で起きると、クロイツフェルト・ヤコブ病と呼ばれる。このように異常なタンパク質が脳に蓄積すると神経が壊れ、認知症を引き起こすことが分かっている。
※ちなみに狂犬病はウイルス感染であり、狂牛病とは関係がない。

狂牛病は、異常なプリオンを摂取することで発症するが、アルツハイマー病で見られるアミロイドβやタウは体内で作られるものだ。したがって、作られる量が多かったり、排出する量が少なかったりすると蓄積する、ということは分かるが、なぜ人によって作られる量や排出される量に違いが出るのかはまだ解明されていない。また、アミロイドβが神経細胞に対して、どのような障害メカニズムを介して、タウ蓄積を伴う神経細胞変性・細胞死を招くかについても解明されていない。

アルツハイマー病の治療

なぜアミロイドβが蓄積するのか、蓄積するとどうして認知症になるのかは解明されていないが、治療はできる。このアミロイドβを除去してやればよいのだ。

こういった観点から作られた薬が「レカネマブ」や「ドナネマブ」などの抗アミロイドβ抗体薬だ。この薬は蓄積したアミロイドβに対する除去能力が高く、早期アルツハイマー病の進行を抑える効果が示されている。

ただし、問題なのは『「早期」アルツハイマー病の「進行を抑える」』、という点である。ある程度病気が進行して神経細胞が変性してしまっている状態を改善させる効果は乏しく、また、進行を抑える効果であって完治させる薬ではない。

アミロイドβはいつから蓄積してくるのか?

アミロイドβは、認知症症状が出現する20~30年前から始まると報告されている。ということは、アミロイドβの蓄積が早期に分かれば、抗アミロイドβ抗体薬等で発症を遅らせることができるのではないだろうか。
そのために、血液検査などでその兆候が調べられれば、超早期発見につながるだろう。そのためのマーカー(=バイオマーカー)が求められており、現在は臨床実用化のフェーズに入りつつある。

生活習慣と認知症発症予防

2017年・2020年のLancetのレビューで取り上げられた12のリスクファクターは、①遺伝的素因、②若年期のリスクファクター、③中年期のリスクファクター、④高齢期のリスクファクターに分けられている。このうち、①の遺伝的素因に関しては生活習慣の介入によってどうこうできるものではないため、ここでは記載せず、下のおまけに追記している。

若年期のリスクファクター(~44歳)

ここで出てくるのが、初めに書いた「低教育歴」である。
一昔前までは、脳は子供時代にしか成長せず、大人になると衰える一方であると考えられていた。しかし最近、この考えは誤りであり、脳は生涯を通じて変化できる柔軟なものであると分かってきた。この変化できる脳の性質を「神経可塑性」と呼ぶ。教育はこの「神経可塑性」を促進し、脳の構造や機能の最適化にも影響を与えるのだ。
したがって、継続的な学習や知的活動を通じて、認知症のリスクを低減する。

中年期のリスクファクター(45~64歳)

中年期のリスクファクターとしては、①高血圧、②肥満、③難聴(聴力低下)、④過度のアルコール摂取、⑤外傷性脳損傷・頭部外傷が挙げられる。

<①高血圧>
高血圧が認知症の進行を促進する。
逆に高血圧を治療することで、認知機能保持に有用であることも報告されている。
<②肥満>
BMI≧30の人は、BMI:18.5~24.9の人と比較し、1.74倍認知症のリスクが高いと報告されている。BMI:25~29.9の人についての記載はなかった。
ちなみにBMI:25~29.9は日本だと肥満だが、海外ではBMI30以上を肥満としている。この報告は日本人を対象にしているわけではないこと、運動習慣に関しては特に考慮されていないことに注意が必要だ。BMIについては、以前記事にしたが、肥満は様々な病気のリスクとする報告もあれば、肥満でも健康な肥満と表現されるようなデータ的に異常を呈さない人もいる。
ただし、肥満の方が健康である、という報告はないことを考えると、少なくともBMI30以上は是正すべきだと思われる。
<③難聴(聴力障害)>
難聴と認知症についての本も出版されているように、聴力の低下と認知症には関連があるとの報告がある。これは聴覚刺激が認知機能の維持に役立っているという説や、聞こえにくさから人との交流が減り、社会的な孤立や認知刺激の減少などを引き起こす、といった説が考えられている。
<④過度のアルコール摂取>
以前は「酒は百薬の長」と言われるように、適度なアルコール摂取が心血管疾患の予防に役立ち、認知症のリスクを低減すると考えられていたが、最近の報告では少量のアルコール摂取でも認知症のリスクが増加することが示唆されている。少量の飲酒が健康に良いのか悪いのかについては一定の見解には至っていないが、少なくとも多量の飲酒は避けた方がよい。飲むのなら、エタノール換算で20g程度、缶ビールなら500ml1本程度に抑えておくのが良い。
<⑤外傷性脳損傷・頭部外傷>
頭をぶつけると認知症になりやすいのは、なんとなく想像に難くない。
頭を繰り返しぶつける牛に認知症が多いのも知られている。
ボクサーは認知症になりやすい?サッカーでヘディングを多用すると認知症になるのか?頭をたくさん叩かれて育った子供は認知症に?頭をたたく芸風の芸人はどうなのか?こういった疑問はまた別の機会に書くことにする。

高齢期のリスクファクター(65歳~)

①喫煙、②うつ、③身体的な不活発、④社会からの遠ざかり、⑤糖尿病、⑥大気汚染が挙げられている。大気汚染は意外だが、他は認知症につながると言われればそうだろうな、と納得するものばかりだろう。
<①喫煙>
禁煙したら認知症のリスクは減るのか?答えは「Yes」だ。
20年以上禁煙している人は、喫煙している人に比べるとリスクが減ると報告されている。認知症を避けるなら、1日でも早く禁煙に取り組むべきだろう。
<②うつ>
うつ症状があると、約1.5倍のリスクがあるだけでなく、うつの重症度もリスクと関係するようだ。ということは、薬物治療や認知行動療法などの治療によって、認知症の予防につながる可能性がある。
<③身体的な不活発>
認知機能を維持・向上させることができる運動の程度としては、1回45~60分の中等度の強度で、有酸素運動と抵抗型運動を組み合わせたトレーニングを毎日行うことが推奨されている、とあった。
正直、難しい。若く健康な時でもそんな運動を毎日やるのは大変なのに、高齢になってから行うのはもっと難しいだろう。週3回、50分程度の中等度の有酸素運動を6ヶ月続けることで認知機能の向上につながる、という報告もあるようだ。ちなみに、中等度の(運動)強度とは、楽に行える程度からややきついと感じる程度の、息が弾むくらいの運動のことを言う。1時間程度のウォーキングやジョギング、水泳などを行うとよいだろう。
<④社会からの遠ざかり>
家族や友人との交流、趣味やレクリエーション活動、社会奉仕活動などによって認知機能が維持されるとの報告がある。ただし、どの程度行うのがよいかについては、週1回としているものもあれば週5回以上としている報告もあるようだ。
<⑤糖尿病>
糖尿病が認知症のリスクになる、というのはなんとなくイメージでも分かるが、高齢者の場合は治療を厳格にしすぎるのも問題だ。薬が効きすぎて低血糖になると、それも認知症の原因になる。
<⑥大気汚染>
最も意外だが、個人ではどうしようもなくないか?と感じた項目だ。
PM2.5や窒素酸化物、オゾンなどが脳の神経細胞の機能障害を引き起こし、アミロイドβの蓄積にも関連すると報告されている。
・・・他の項目を頑張ることにしよう。

おまけ

専門的な内容のため、興味があれば。

そもそも、このアミロイドβ(略してAβ)とは何者なのか?

膜蛋白質であるアミロイド前駆体蛋白質から、βおよびγセクレターゼでそれぞれN末とC末を切り出されて産生される40個前後のアミノ酸からなるペプチド。代表的なものはアミノ酸42個のAβ1-42や、40個のAβ1-40などがある。特にAβ1-42は自己凝集能が強く、細胞外に沈着して老人斑を形成する主要成分となっている。脳内で産生されたAβ1-42が老人斑の生成に消費され、髄液や血液に移行する可溶性Aβ1-42の量が低下するため、この現象を定量的に捉えるものがバイオマーカーとなる。

アルツハイマー病の遺伝的素因

「アポリポプロテインEε4(ApoEε4)」、というものがアルツハイマー病の発症リスクに関わると報告されている。遺伝子検査によってApoEε4の負荷を調べることが可能である。ε4をホモ接合性に保有している場合は、ヘテロ接合性に保有している場合に比べて、アルツハイマー病の発症リスクが高くなる。

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