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「小説 雨と水玉(仮題)(22)」/美智子さんの近代 ”速達の返信”

(22)速達の返信

美智子は素直な気持ちを書こうと思った。
あのときのこと、この二年半のこと、
手紙を読んで嬉しかったこと、会いたいこと、
二年半前のようではなくゆっくりと時間をかけて十分にお話ししたいこと、
そして小さいことだけどストーカーなんて夢にも思わないこと、
仕切り直しのデートの連絡を待っていること。

あまり詳しく懇切に書くより、早く返事を出す方が良いと思った。全体の流れと言葉遣いを校正して、翌日、たか子に見せると、
「うん、もうちょっとお姉ちゃんの気持ちを書けるなら書いた方がええと思うけど、
ちょっと彼氏の手紙見せてもらってもいい?」
机から取り出してよく見てもらった。
「うーん、なるほど。
早く出すことが優先やな。
でもお姉ちゃん、さすが文学部やな、言葉遣いや全体の流れはほんまうまいわ、いいと思う。
でも、彼氏の手紙、これはもっとうまいなあ、この手紙。」
「わたしもそう思う。」
「でも不思議やなあ、
なんで、デートでお互いに上手く行かへんかったんやろ、
書くのと話すのはテクニック違うんやなあ、
二人ともちょっとおかしな人たちかもしれへんわ。
そういう意味ではいいカップルちゃうかなあ」

いいとなったら、清書して早く出すのみ。
夜中までかかって綺麗に書いた。何度も確認して封印し、宛名も確認した。
明日昼休みに梅田の郵便局で速達で出そうと寝床に着いたのは午前三時だった。
水曜日の昼に梅田の郵便局で速達を出したので、金曜日には啓一のところに着くはずだった。

その週は先週の学会出張のあおりで仕事が溜まっていて啓一は忙しかった。
週末に美智子に手紙を出して、返事があるとすれば来週くらいには来るかもしれない。
あるいは今月いっぱい返事が来なければまあこれはやむを得ない。すっぱり諦めて仕事に専念しようと決めていた。

金曜日残業してなんとか仕事を片付けて帰ったのは深夜だった。
ポストを確かめると、綺麗な封筒に美智子からの手紙がきていた。速達だった。
寮の部屋へ急いで駆け上がり、取るものもとりあえず、机に座って封書に向かった。
ふうーと一息ついて、どんな返事でも受け入れようと心に呟いて、ハサミで封書の先をきって中身の便せんを取り出した。
繰り返し読んだ。丁寧な便りだった。
彼女らしい優しい便りだった。
可能性はありそうだった。
嬉しかった。
二年前からのわだかまりは当然あった。それは覚悟していた。
でも前に進めそうならどんなことをしても時間を懸けてでも気持ちをわかり合えるまで話をするのみ。
週末の疲れが風呂の中で癒されるのを感じながら、繰り返し分かり合えるように、分かり合えるようにと念じていた。


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