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「小説 雨と水玉(仮題)(35)」/美智子さんの近代 ”美智子の仕事 その2”

(35)美智子の仕事その2

土曜日の十二時半、いつものように阪急梅田駅紀伊国屋前で二人は落ち合った。
美智子は今日はOGとして大学へ行くということもあり、またきちっとしていくという意識のせいだったのか、紺系の上下のスーツ姿で来ていた。
いつもはスカートはふわっとしたロングスカートなのだが今日は比較的タイトなスカートで臀部の豊饒なボリュームが顕れていた。そしていつもは見えない少し豊かなふくらはぎが五年前に知り合った頃と比べて女性らしくしっとりとしたものを湛えていた。
「今日は落ち着いた大人の雰囲気ですね、いいです」
「ありがとうございます。いつも褒めてもらえるんで張り合いがあります。」
「もう、僕は前科があるんで本当に気を付けようと思ってるんです。」
「ふ、ふ、ふ(笑)、啓一さん、そういうとこ、可愛いですね、ふ、ふ、ふ(笑)」
啓一さんと呼ばれるのが面映ゆいような感じがしたけれど、また一つ美智子に近付くことができた気がした。

その日は十四時に梅田を出て阪急今津線の門戸厄神駅に向かうため、美智子がいつもたか子を連れていく洋食屋さんで昼食をとることにしてあった。
啓一はシーフードフライ、美智子はグラタンを注文した。美智子が、
「今日は先生に今後やっていけそうな仕事の世界のことを聞きたいのと、東京で仕事が見つかるものかといういうことを聞いてみたいと思ってるんです。」
「うん、僕もそういう情報を訊いてみるのがいいと思う。
あと、もしできれば今の書店で東京へ転勤できるものなのかという点も訊いてみる方がいいと思う。期待できないかもしれんけど、正直に事情を話してみると思わぬ助言が出てくる場合もあるから」
「はい、そうですね、そうしてみます」
「それで、ちょっと僕の方の事情を話しておくと、
もし美智子さんが仕事をしなくて例えばしばらく東京で職探しを続けるとか直接職に就かずにボランティアとか趣味で文学をやっていくんでも、生活自身は贅沢をしなければ二人でやっていけると思うので、
それは頭に入れておいてほしい。いいですか?」
「はい、ありがとうございます、わかりました。」
美智子には啓一が自分を信頼して言ってくれているのが嬉しかった。
そういった話をしながら食事をしながら話した。
食後のコーヒーで一息ついてから、阪急梅田駅神戸線ホームに向かった。
美智子は学生時代は曽根駅から宝塚線を十三駅で神戸線に乗り換え西宮北口まで行き、そこで今津線に乗り換え門戸厄神駅で降りて、という経路を使っていた。

門戸厄神駅について歩くと関西でも歴史ある女子大の最寄り駅にしてはさほど小洒落た店がたくさんあるという風でなく意外に普通の住宅街だった。美智子が、
「あの、このお店はコーヒーが美味しいのでここで待っていてもらっていいですか?」
「うん、いいよ、でも大学が少し見えるとこまで一緒に行っていいかな。大学を見ておきたいっていう気がして。
あ、そういうの、あかんかったら言ってくださいね。」
「そしたら、わたしがここまでっていうところまで一緒に行って、そこからこのお店に戻ってきてもらえますか?」
「わかった。そうする」
いつものデートでは手をつないでいたが、ここの駅から大学までの道のりでは啓一は遠慮した。そういうのも悪くなかった。しばらくいくとすぐ大学の建物らしきものが見えてきた。
重厚な西洋建築で伝統ある女子大に相応しく、啓一は自分の行った国立大学が機能一辺倒なのと対照的だなと感心した。
「あの、啓一さん、ここでいいですか?」
「了解、このくらい見れたら十分。そしたらあのお店で待ってるから、十分お話しして来てください。」
「はい、ありがとうございます。
そしたらまた後で」

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