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「家庭の運営という概念 その33」/母の介護その後 と 亡くなった地元同級生のその後の情報

母の介護の状況

は、福祉事務所の方での介護認定が数週間はかかるとのことで、一応の落ち着きは見られているものの、なかなか進まないものだとの感がしています。

母のところに行って話をすることを以前に増してするようにしています。
なぜかというか、やはりと言うべきか、最近のことは繰り返しに過ぎたり覚えていなかったりということが多いのですが、昔のことやそれに関することは感度が高く、しっかりとしています。

亡くなった中学高校の同級生のこと

実は私の中学高校の同級生にI君が一人おります。中学の同級生は今でも地元に結構いると思うのですが、その中で高校の同級生は彼一人しかいません。

就職後数年は年賀状のやり取りをしていたのですが、子供ができバタバタしだしたころにそれも途切れたままになっておりました。

それが8年前の2014年に、久しぶりに高校の同窓会があり、既に50を超えたおっさんが担任のY先生のもと、集まったというものでした。
そのときに聞いたことですが、I君が10年以上前に亡くなったということでした。
彼は、確か浪人の上、慈恵医大に進み医者の道を歩んでいたと思いますが、本当に残念で無念なことだと思います。

そして、ちょうど年賀状のやり取りが無くなって1,2年ほどのことでなんとも申し訳ないような気持ちがしました。

中学までの友達のことは、地元だけに母もよく覚えていますが、I君が無くなったことは、老齢の母でもあり敢て伝えることはしませんでした。

母の情報感度

彼の死のことを知ったのが、今から8年前で、私自身既に中学の同級生とは会うことも無く、従ってその情報を伝えたこともありません。

そして、I君は高校の時に、地元から引っ越しをして、電車で15分はかかるところに実家があるはずですから、その情報は中学の同級生にもなかなか伝わらないのかもしれないと思われました。

しかし、今日母が、I君が亡くなっていたことを突然話だしたのでした。おそらく8年前に私が知る前に知っていたならば、まだ今よりはるかに意思疎通ができた頃ですので、必ず伝えてくれていたはずだと思います。
そして記憶を辿っても、私が母にそのことを伝えた記憶は確かにありません。

だとすれば、おそらくこの数年の間に、かなり近所の地元の人ともコミュニケーションが取りずらく認識能力も衰えてきている中で、どこかでその情報を貰ったということです。

これには、正直驚きました。我が母とは言え、今のような状態でも昔のことに関わることには非常に感度が高いということです。
如何に老耄になっても、若き日のことに関する限り、非常にしっかりした状態であるということだと思います。

今日のこのことでは、もちろんこれまでもいい加減に母に対応してきたことはありませんが、今後も真摯に向き合っていかなければならないものだとの感を深くしました。

改めて、人間に関する奥深さというものに気付かされた次第です。


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