生涯ぼっち

Twitterの呟き程度だから文章ぐちゃぐちゃになる。でも辛かったらここに書きたい打ち込むだけでいいから。
私は、ただ生きてて愛される人生が良かったってだけ。物心ついた時からイラストを描いてた。父親は、居ない。母子家庭で一人っ子の女の子だったから愛されてた自信は、ある。でも小2の頃の母親の再婚が私の性格形成を歪めたと思う。
小2の頃母親は、再婚した。10歳近く年上の男と再婚。結婚後すぐに私の家で暮らす事になった。ここは、私が引っ越したくないって理由で辞めたこと。でも義父は、私に興味がなく必要最低限の会話だった。ここから私の情緒の安定が無くなり自傷癖まで出てくる始末、毎晩毎晩夫婦喧嘩を横に勉強するのがきつくなって勉強を辞めた。勉強してると後ろから怒鳴り声や投げられた物が当たるのが嫌で勉強を辞めて部屋に篭もり号泣する毎日、妹が生まれて収まるかと思った夫婦喧嘩は、加速して行った。
親が再婚して私の成績の落ち込み具合がはっきりしてきたと同時に物覚えの低下もはっきり見られた。それに母親は、怒り叩く始末。そして泣き出し引き篭る。爪噛みや皮膚を必要に引っ掻く癖や異食症を起こし自傷する事でストレスを発散させていた、それでも夫婦喧嘩が耐えず母親に泣いて私が謝罪する毎日。
弟が生まれて家庭は、一気に壊れた。父方の家族がこっちに来るよう言い出し、墓の相続の話が出される始末。おまけに母方の祖母に『病人は、老人ホームに行きなさい』と言い捨て私達に縁を切られる。夫婦喧嘩が耐えず「別れたら妹達を連れていく」と義父は、言い捨てた。母親は、それに対し猛反対した。「兄妹を引き離したりなんてしません」とわたしに言い捨て夜のバイトに行った。
妹達の育児と祖母の介護で介護師を母親は、辞め夜に移った。私も母親もメンタル的に参っているため両者とも喧嘩して仲直りをしてを頻繁に繰り返していた。私の暴力性も出てきた。すぐ物に当たり自分の作品をこわす始末だった。

中学に上がり私の精神面は、全て破壊された。中学に上がり最初にできた友達には、私の容姿にいじりを入れた。私は、自分の容姿がこの世で一番嫌いだったため余計に精神的に参ってしまった。毎日のように容姿のいじりをされ私が言い返すと教師に言い私が怒られる毎日が続いた。精神的に苦痛を感じ当時の親友に言ったら予想外にも「辛い人は、辛いと言わない」と言い捨てられてしまい。何も言えなくなってしまった。
私は、中学に上がり荒れに荒れた。親友からの裏切りの発言から誰も信用できなくなり、何事も気力が出なくなった。その時に今のネ友と出会った。彼女は、私の話を聞いてくれた。私が拒絶しても尚私に話しかけてくれた。共通のゲームや趣味の話をしてくれた。半信半疑の中話してお互いに支えていた。
そんな中彼氏からの裏切りも出た。そこから一気に私自身の存在意義を更に疑った。死にたくなった。中二にして死の感情が強まり自殺を図った。訳あってネ友とは、話せる期間が空いてしまいメンタルケアができなかったのもあると思う。だが信用してた人からの裏切りに許せなかった。私が消えるのもいい歳だと思って自殺を試みた。
自殺直前で母親にバレた。泣きつかれ自殺を無理矢理止めさせられた。1日経てば母親は、私の状況を忘れたかのように勉強と私を怒鳴りつけた。毎晩毎晩怒鳴られた。携帯も取り上げられたし娯楽を一切許されなかった。塾では、志望校は、厳しいと言われた。イラストコースがあったもう1つの高校に行くことにした。母親は、私を諦めた。母親でさえ私を見なくなった。何も言わなくなった。
合否の結果は、合格。母親は、喜んだ。私は、喜べなかった。ただただ合格したら母親は、喜んでくれたのか。心から喜んでくれてるのかばかり考えた。
やっぱり妹達は、母親に似て性格も明るく人に愛される人格の持ち主だった。私とは、真逆な性格。容姿の良さ。頭の良さに私は、嫉妬してた。ただ親に愛された妹達にしっとしていた。大事にされてることに嫉妬した。私は、家族を見ててただ虚しくて悲しくなるだけだった。私の居ない家族の和が綺麗に見えたから。私が居るだけで周りを暗くする。心底自分が生まれたことに後悔していた。なぜ生まれたのか。何故こんなにも出来損ないなのかと問い詰める毎日を過ごしている。


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