ニートな吸血鬼は恋をする 第五章

夕方に三人は帰路に着いた。
愛人が帰り道は歩きたいと言って、真紀にすっ飛んで送ってもらうことはしなかった。

「……真紀ちゃんとは、仲良くできそう?」

愛人は不意に、そんなことを灯に聞いた。

「……? えぇ、そりゃもちろん……悪い子でもないみたいだし」

灯は真紀を見てからそう言った。

「……このためだけに、私を遊びに誘ったの……?」
「うん。……まぁそれと、元気になってくれたらなって思ってさ」
「……別に……いつも元気よ」

嘘だ。
灯は事件のショックでかなり疲弊していた。
愛人と会うときにだけ切り替えていただけで、家ではため息が止まらない。

「……そっか」

友達もおらず一人暮らしなので、灯は恋人が心の拠り所になっていた。
しかしそれが失われた今の灯にとっては、誰かと遊ぶことなどまずありえない。
だから今日は心から、本当に楽しかったのだ。
しかし恋愛不適合者たる愛人にそんなことが分かるはずもなく、少し頭を悩ませる。
(……やっぱりちょっと遊んだぐらいで心素が回復するわけねぇか……)
やはり今の灯からは、愛人と同じく全く心素を感じなかった。
愛人は心の中で、少し落ち込む。

「……私はさ」

そんな愛人の気持ちを察してか、灯は語りだす。

「ぶっちゃけ……こんなことで何かが変わるとは思わないわ」

流石に灯でも、愛人が自分の心を変えようとしているのは分かる。
そして心素不適合者を治そうとしていることも。

「……そうかな……?」
「……逆にあなたは、こんなことで治ると思うの……? 一度吸血鬼になった人間は、二度と元に戻ることは無い。……常識でしょ?」
「……それは違う」

愛人は一瞬言葉を詰まらせたが、はっきりと断言した。

「国家指定難病ではあるが、不治の病という訳じゃないんだ。……それに君は後天性の吸血鬼だ……治ることも十分にある」

愛人は以前として朗らかな笑顔のままだ告げた。

「後天性? 私は昔から……」
「いや、後天性のものだ。間違いない」
「……まぁいいわ。それより……君はって言ったわよね? あなたは違うの……?」

灯は吸血鬼に種類があることを初めて知った。

「うん……残念ながらね……」

愛人は物憂げな表情をする。

「先天性吸血鬼……いわゆる生まれついての、真祖吸血鬼ってやつさ。……僕のは、一生治らない」

その諦めたような愛人の顔に、灯は不快感を覚えた。

「……それに、真紀ちゃんは……とってもいい子なんだ」
「……そうね」

 灯は真紀を見て、素直に同意する。

「……」

今日一日過ごして、この無口な少女が真っ直ぐで優しい人であることはよく分かった。

「だから、きっと二人なら、治せるよ……」

今日一日ずっと愛人猫を被っていた。

「……あなた」

だが今だけは、ほんの少しだが、心から寂しそうに笑っていた。

「……何言ってるのよ」

それがどうにも気に食わなくて、灯は強気になる。

「?」
「三人で、でしょう……?」
「……そうだね」

 愛人は少し、安心したように笑った。

「……」

その顔を、真紀はじっと見つめていた。

「……あ、そう言えば真紀ちゃん。連絡先交換しない?」

 灯はスマホを取り出しながらそう言うが、愛人は少し顔をしかめた。

「……まぁ、いいけど……」
「何よ、嫌なの……?」
「いや、そうじゃなくて……私、スマホ持ってない」
「え……」

 一瞬で灯は事態を理解する。

「あなた、アナログ族なの……!?」

この現代においても、スマホを持たずに生活している者も存在する。
世間ではアナログ族と呼ばれていた。
因みに、愛人と灯は交換済みだ。

「いや、真紀ちゃんもスマホは持っているよ。けどまぁ、その……」
「……使い方が分かんない」

そういうわけで、真紀は自分のスマホを持ち歩いていない。
また自身の警察手帳も、いつも愛人に預けている。

「……あ、あなたね……」

灯は頭を抱えたくなる。
(せっかく友達になれたのに……いや、諦めるのはまだ早いわ……!)
そんな灯を放って愛人は、交差点で別れようとする。

「ま、そういうことだから。あ、僕達こっちだから、また月曜に学校でね……」
「ばいばい……灯」
「ちょ、ちょっと待ってよ……!」

 灯はそれを必死に引き止める。

「……どうしたの……?」
「あ、明日も合わない? 今度こそスマホ持ってきてさ」
「……ごめん。明日は用事があるんだ。というか、僕はいいでしょ」
「ま、真紀ちゃんは……?」
「私も用事」
「ちょ、もしかして二人とも、私のこと嫌いなの……!?」

 速攻で誘いを断られて、灯は少し涙目になる。

「いいや? 僕はけっこう好きだよ?」
「私はけっこう好き」

愛人の嘘と真紀の素直なコメントに、灯は少し顔を赤らめる。

「そ、そう……じゃなくて! 用事って何よ……!?」
「僕はトレーニングと、戦闘訓練かな」
「筋トレ」

「うっ……!」

考えてみればそうだ。暴走した灯を止めたり、人を二人抱えてぶっ飛んで行ったりという凄まじい所業は、何かしらの訓練の賜物だろう。

「うぅ……!」

自分と一番関わりのない分野の話をされて、つけ入る隙も無く灯は悔しそうにする。

「そんなに焦らなくても……別に会えなくなるわけじゃないんだよ……?」
「……学校でも会える」

 愛人と真紀は、訳が分からないと言った風に灯を見つめる。

「だ、だって……せっかく友達なんだから……会いたいじゃない……」
「灯……寂しがり屋なの……?」

(友達ごとき……どうでもいいだろ……)

一向に引かない灯を二人は不審に思うが、灯にとっては切実なことだったのだ。

「違うわよ。……言ったでしょ。司は私の全てだったって。彼氏が出来たことに浮かれて、友達のことなんてほったらかしにしていたから、大切な約束も破っちゃってさ……」

灯は司と恋仲になって、灯はかつての友達をあまりに蔑ろにし過ぎた。
たとえ彼氏ができても、婚約者ができても、ずっと連絡だけはとっていようという約束すらも踏みにじって、灯は色恋にうつつを抜かしていた。
勿論、友達よりも恋人の方が優先されるべきことは分かってはいたがそれでもなお、灯はやり過ぎたのだ。かつての友人は自然と距離が出来てしまった。

「……それに私、心のどこかで恋人がいない友達のこと見下していたのよ。多分、それも伝わっちゃったんだと思う。……だから、今度は大切にしたいの」

確かに恋人は重要だ。間違いなく友達よりも優先されるべきことなのだろう。
しかし仮に誰かと結ばれたとしても、生涯残り続ける友情が存在することも確かだ。

「……愛人」

必死な灯の姿に、真紀は愛人に視線を向ける。
(……ちっ)
 せっかく猫を被っているというのに、ここで断れば薄情者と思われるかもしれない。

「……分かったよ。じゃあ、明日も合おうか」

愛人は心の中で舌打ちしながらも、朗らかな笑顔で快諾する。

「い、いいのね……! 真紀ちゃんは?」
「うん。愛人がいいなら。いいと思う」
「ありがとう……!」

灯は先程と打って変わって表情が明るくなる。

「あ、でも、僕らの予定を崩すつもりはないからね?」
「もちろんいいわよ、それで。……どこで待ち合わす?」

そうして再会の約束を見事に取りつけた灯は、満足したように自分の帰路に着いた。

「……まったく。最後まで面倒な人だ……」

猫を被ってはいるが、本人のいないところで、あっさり愛人は毒づいた。

「……そうだね」

二人も帰り道を歩き出す。
真紀は灯を見て、思ったことを口にした。

「……でも、いい子だった」
「……そうかい?」
「うん。すごく……いい子」

どちらかというと世話を焼かれていた側の真紀だが、上から目線にそう言った。

「いい子ね……どうしてそう思うんだい……?」

えらくはっきりと断言されたので、愛人はその理由を聞く。

「……だってあいと……笑ってた」
「笑ってた……?」

愛人は訳が分からないと首を傾げる。
(そりゃ猫被ってんだから笑ってるに決まってんだろ……)
そんな愛人の疑問に答えるかのように、真紀は続ける。

「……心から……笑ってた」
「……」

愛人は押し黙る。例に漏れず、図星を突かれたようだ。
普段なら心の内にしまっておくようなものだったが、真紀はそんな愛人の横顔を見ながら、つい聞いてしまう。

「……あいと、なんであんな嘘吐いたの……? 吸血鬼が、治るなんて」
「……」

そう、灯に告げた。心素不適合症が治るという話は、嘘だ。愛人がてきとうに話していただけだ。一度恋愛不適合者となったものは、まず健常者に戻ることは無い。

「……」
「……あいと……? っ!」

一瞬、だが確かに、無表情だった愛人は目に心素の光を灯した。
それだけではない。真紀の超人的な視力は僅かに開いた口から、確かに愛人の牙を捉えた。

「……別に、ただの気まぐれさ」

 対する愛人は明後日の方向を見て、そうポツリとこぼした。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?