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リンクスランドをめぐる冒険Vol.20 孤高のゴルフコース、マフリハニッシュ Part.4

2023年6月22日から2023年7月23日まで。
約1ヶ月間、スコットランドのゴルフコースをめぐる1人旅を敢行。
これだけを考えるとゴルフ好きなら誰もが
「羨ましい!」と思いつくままを言葉にする。
実際、私だって行く前はほぼ、楽しいことしか頭の中になかった。
しかし、いざ行ってみると悪戦苦闘と至福の時の繰り返し。
振り返ればジェットコースターのような1ヶ月間。
これはそこで見たこと、感じたことの備忘録です。

大地の波間を彷徨う小舟のように

ブラインドの打ち上げホール。右足上がり(私はレフティだ)つま先上がりのライで
ピン方向に打たなければならない。

私はどれほどリンクスコースのことを知っていたのだろうか?

目標物が乏しい。
自然のままの地形。
1日のうちで四季がある。
雨と風に見舞われるとプロでも苦戦する。
ラフに入ったら出すだけ。

これらは書物で読んだり全英オープンやスコティッシュオープンをTVで観たりしただけの情報だ。

今、私の眼の前にはそれらが現実で続いている。
1日のうちで四季がある、ということを除いて(これは極端な比喩だ)。
それからラフに入ったら出すだけ、というのも正確ではない。ラフに入ったら(1人では)ボールが見つからない、と言った方が正しい。
マフリハニッシュの険しいコースも公式HPで、しかも俯瞰で見ただけだ。
この現実を目の前にした時、それらの情報が薄っぺらで、私のイメージがいかに乏しいか気付かされた。

雨に打たれ、風に吹かれ、私は原野のような砂丘を1人、歩く。
波打つ砂丘の大地で、行き先を見失った彷徨う小舟のように。
ひたすらボールを打ち、ボールを探し、そしてグリーンに向かってボールを打つ。
灰色で色彩のない世界で、ただ1人。
これを、誰かゴルフと呼んでくれるだろうか?

いや、まったく他にプレーヤーがいないと思ったら、遠くに1人、黒い影が見えた。雨で霞んでいるし、見えたり見えなかったりしたけれど、私以外に、このコンディションの中で回っている人がいた…。

ずぶ濡れの中で削り取られた体力と精神力

何ホール目か忘れた(たぶん折返しの9ホール目もしくは8ホール目)が、傾斜を登ろうとした時に滑ってバランスを崩し、電動トロリーが倒れた。

1番ホールを前にした時の意気込みなんて、とっくに失せていた。
雨と風が体力と集中力を削り取っていた。
残っていたのは、リタイヤだけは嫌だ、という僅かな、寄る辺のないプライド。
いや、こんなものは到底、プライドなどとは呼べない。
空っぽになった鍋の底にへばりついた、意地の欠片みたいなものだった。
しかし、その欠片さえも眼の前で倒れた電動トロリーと放り出されたキャディバッグ、散乱するクラブや借りてきた赤い傘を目の前にして、剥がれ落ちそうになっている。
電動トロリーの車輪が大地を探すようにクルクルと音も立てずに回っていた。

私が甘かったのだろうか?
JGA公認のハンディキャップは20.3。
いつも回っているコースは日本の、フェアウェイもグリーンも(ここに比べたらずっと)整備されているコース。
とくに肉体を使った労働をしているわけでもない65歳。
そんな輩が、いきなりスコットランドの本格的なリンクスに挑む。

やっぱり、無茶だったのかな…。

私は散乱するクラブやバッグを集める気力もままならず、自嘲気味にひっそり笑った。
挫折感が胸元までせり上がって来るのが分かった。
シャツもズボンもずぶ濡れのまま、呆然と空を見上げた。
いつの間にか、雨も風も止んでいた。

空が広い。
広いというより、空に包まれている感じ。
立ち尽くしたまま、空を見上げたまま、ぐるりと回った。
どこまでも空で、真っ白な雲が縦横に濃淡の模様を作っている。
その合間に、突き抜けた青。
目線をレベルに戻すと、原野を思わせる大地。
音がまったくなかった。
無音。
その中に、私がただ1人。

こんな広い空を見たのはいつ以来だろう…。

とても、不思議な感じがした。
どこかで、これに似た風景と出会ったことがあった…。

続く






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