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トランペット川柳

まだ構えぬ
君はソロの
2小節前

何と緊張感のあるシチュエーションでしょう。
普通こういうことはあまり起こらないんですけれども、実際にあった。
通常、吹き始めの2小節前には楽器を構えているものなんですね。ところが隣の君はまだ構える素振りを見せない。しかもそれがソロ。

この方の性格からしてまず間違いなくソロ番だということを忘れているだけなのですが、じゃあそれに気付いている別の人が取って代わればいいだけ・・・という簡単な問題と捉えてはいけません。
こちらがソロを吹こうとして楽器を構えた瞬間にこの天然が気付いて楽器を構えるかも知れず、さらには別の者まで良かれと思って楽器を構え出すかも知れません。
2人同時に楽器を構えてしまうという構図はコミカル以外の何ものでもなく、観客から失笑が起きること必至でしょう。
これまで真面目に取り組んできたのにこの仕打ちには、怒りが込み上げます。

しかし、何故こうなったのか。
遡り、実は本番前の練習。君が1stで2ndが私。
ただ一度の練習ではこの天然マヌケ野郎がソロを吹いたので私は黙っていたのですが、既に怪しさが滲み出ておりました。
と言うのも、通常ソロというのは1stではなく2ndが吹くものなんですね。
ですが、初級者用の譜面にはすべてのパート譜にソロが書き込まれていたりするので、君は何も考えずにソロを吹いちゃった。
私も私で喋るのが面倒臭いので、あえて確認しませんでした。

そして本番。
疑惑のソロが近づく。
私は平然を装いながら視界の奥で君の動きをチェックしていたのですが、君はまったく楽器を構える素振りを見せない。
やっぱりか。想像していた通りなのですが、ここで下手に動いて2人同時に楽器を構え、笑い者になる愚は犯したくない。
じゃあどうするか。
ソロの始まる1拍前まで待てばよい。これならさすがにこの野郎も楽器を構えることはできまい。


(これはフィクションであり、個人の名誉を傷つける意図はありません。)

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