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「その名は、クッキー」

上記のタイトルは、小学5年生の時、
作文帳に書いた作文が、
学級便りで、紹介されたもので、
個人的に、一番印象に残った一文を抜き出したものだ!

*今回も、2500字以上と長文になっているので、その点、ご了承ください。

 ここからは、飼い犬「クッキー」を飼う以前、又は、以後に、自宅で飼育歴のある犬達についても、当時の様子や周囲の状況等を踏まえながら、書き綴っていく。

実家では、私が、物心ついた時から、何年かに、1頭ずつだったが、シェットランド·シープドッグ、柴犬、雑種、一時期的に、グレート·ピレニーズと
犬を飼っていた。

シェルティこと、シェットランド·シープドッグは、
名犬ラッシーのモデルになった大型犬ラフ·コリーと似ている小型犬だが、
今でも、「THE DOG」で、カレンダーを購入するほど、大好き犬種である。

私が生まれる以前から、飼われていた
シェルティのコロとの思い出は、
山の麓にある畑のあぜ道を
コロを先頭に、元気一杯、走ったり、
またある時は、体じゅうをぐるぐる巻きにされたことだ!これが、また、あまりに、ひどかったので、ここでも、泣いた記憶がある。
でも、そんなある日、コロにも、悲劇が襲いと表現だが、食事中、鯛の骨が原因で、とても悲しい出来事であったが、最後を看取った。
その2、3年後の小学2年の時に出会ったのが、まだ子犬だった柴犬の淳之介で、
名前の由来は、NHKの連続テレビ小説「あぐり」からきていた。
血統書付きで、誕生日は、7月29日だったことは、今でも覚えている。
 尻尾の部分が、かわいくてたまらず、学校生活を送っていても、しきりと思い出していた。
 ちょうど、周囲と話をしなくなったときであった為、三年の夏、どなたかに引き渡されるまで、唯一の友達として、飼っていた。

また、放し飼いにして、家外に出した際、   何者かが、淳之介の左右の頬に、筆のようなもので、「○」「✕」と書き、家路に戻ってきたこともあった。

そんな淳之介も、放し飼いの回数が増えるにつれ、散歩から帰ってきても、
猟犬のように、凶暴化するようになり、よそに引き渡されることが決まった。
 それが、決まる直前、私は、母親に、「淳之介は、友達だもん」と泣きながら、話した記憶も印象深い。

引き渡される当日、淳之介は、祖父が運転する軽トラの荷台に繋がれ、新天地に足を踏み入れた。

その後も、月日は流れ、あれは、5年生にあがる直前の4年の冬だった。
 家に、数年ぶりとなるシェルティが、やってきた。名前は、「クッキー」。
 鼻を触った感触や首を傾ける仕草が、今でも、忘れられない犬だ。

 ここで、学校の話に戻るが、当時、一年生の担任をしていた(後に、父親の同級生だと知る)先生が、休憩時間に入ると、私がいる教室を振り返り、私と目を合わせる(踊り場から、階段を下り、職員室へ向かう)場面が、数回あった。

*学校で、話さなくなり、いつしか、屋内外で、誰とでも、話すというより、休憩時間はおとなしく、椅子に座り過ごす毎日が高校生まで続いていたが、小·中学校の時は、時より、職員室の周辺をウロウロして、掲示物やパソコン室で、暇をもてやまし、中学では、何故か、家庭科室の前で、友達と二人で、ボッとしていた。

小4の時の私も、先生の行動に、最初は、「何だろう?」とばかり思っていた。
でも、教室を振り返っていたのは、その先生だけではない一年生の児童もが、休憩時間、教室にいる私をみるなり、友達とコソコソ話をしながら、見ているのだ。
「そもそも、何故児童までもが見てくるのか?」

 そこには、全く話さなくなっただけでなく、猫背で、何故か上目遣いという歩き方で、よく下級生に真似をされ、
 それを横でみていた一年生の同じ児童達が、「クスクス」笑いながら、見ていたから、教室での様子も見にきたようだ。

そして、5年生に上がり、妹も、その年の4月、小学校に入学した。
 3年生の頃、一度、下校中に、当時、保育園児だった妹とその同級達が、保育園の周辺を散歩しているところに、遭遇。

「○○ちゃんのお姉ちゃんや」と

一斉に声が飛び交うことも賑やかな下校の時もあった。

そして、小学校には、縦割り班という地区別ではなく1~6年までが、1~12班と班別で、ランダムに振り分けられるとこがあり、その横断幕作りをある日の放課後、見ていた際、
6年生から、いじめを受け、「○○○って子は、あなたの妹と?」と質問を受け、一度は、泣きそうになったが、撤回して、最後まで、その場にいたように記憶している。

その当時、担任だった先生からは、
私の背中に手を置いた状態で、教室の隅にいき、「友達作らないの?」と言われた。
そして、そこで、「何故、4年生の時、教室を振り返っていたのかが?」自分なりに分かったのだ。

その頃の飼い犬、「クッキー」とのつきあい方は、図書館で「シェットランド·シープドッグ」のや「犬について」の本を借りてきて、読むのは良かったのだが、
 そこから、平日は元より、休日になると、1日に、何度も、散歩に出るようになり、50mと存在が見えないにも関わらず、匂いをかぎ分けてでだろうか、無駄吠えをするようになった。
 そして、その光景を見ていた祖母や母親が、近所中に噂を広まった。
 中学の時は、その時の散歩コースに、小さな神社があった。
 一度、二学年上の方のおばさんから、ゲートボールを教わったこともあったが、その方も噂を聞き、気がかわったようだ。
ある日曜日の朝、老人会の集まりか何人かが神社前に、集まっていた。
 草むしりや掃き掃除をさせているのを見ていた時、よそ見をしているあまり、老人会側に目をうつすと、(その時の心情は、何を話してるか聞きに行こうと思ったが、結局、気にせず、家路についた)三人ほどの女性が、寄り添って、こちらをみながら、何やら、話をしている光景を目にしたこともあった。

散歩中は、無駄吠えで、苦情をいわれたり、陰口のようなこともありながら、海辺をウォーキングする他の方達とも、交流があった。
犬の散歩を運動と捉えていた私に、「犬の散歩は、運動には、ならない」と父親に言われたこともあったが、
「犬の散歩にでるだけでなく、こういう交流も良いものだ」と悟った。その当時は気づかなかったが、今では、地元の海が、お気に入りの場所の一つとなっている。時に、毎回、お会いするたび、手招きをして、お菓子をくださるおじさんもいた。今も、何故か職場の休憩室に、置かれてるお菓子類をみるなり、そのおじさんを思い出す。

話は、まだ続くが、続きは、また次回に書く予定だ。
今回も、ここまでの長文をお読みいただき、ありがとうございました。






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