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[オサムとアトムと] アトムと写楽とブラックジャック

 今年はブラックジャック誕生50年です。そしてアトムは20歳になりました。アトムは物語の設定上で2003年に造られた事になっているからです。

 その2003年に雑誌「SIGHT」 は「何故、手塚治虫はアトムが嫌いだったのか 誤解された天才の闇に迫る」という特集を組みました。
 とても面白い特集でした。手塚さんの「光」と「闇」に触れることが出来ました。


 その中で竹内氏が「アトムの角を取って口を尖らせたら『三つ目(がとおる)』の写楽くんになる」と発言していました。竹内氏は手塚先生が「記号」を意識してキャラクターを造形しているのだと指摘しているのですが、私は、何故他のキャラクターではなく「アトム」をベースにして「写楽」を造形したのか。それが気になって仕方ありませんでした。。

 私は「ブラック・ジャック」と「三つ目がとおる」の直撃を受けた世代です。ですから興味を持ったわけです。「あぁ、言われてみればアトムと写楽・・似てるなぁ、そっくりだ。でも何でなんだろう。」と。

  アトムについては、「天馬博士に捨てられた正義の味方の少年ロボット」というくらいの認識でした。(^0^)(なので上記の特集が、新鮮でとても面白かったのです)

 それから自分なりにボッーと、アトムと「三つ目がとおる」そして「ブラック・ジャック」の関係について考えてみました。

 すぐに思い当たったのは、ブラックジャックと写楽は、「境遇」がアトムと似ているけれども「真逆な存在」だということでした。

 ブラックジャックは、名前と体と境遇に「アトムの刻印」を押されていますし、写楽は、姿形と境遇に「アトムの刻印」押されています。

 そして、「ブラックジャック」と「三つ目がとおる」で手塚先生は、「どろろ」や「バンパイヤ」で出来なかった事、いやそれ以上に「鉄腕アトム」では出来なかった事を成し遂げたのではないかと思い至りました。

 しかし私は、「鉄腕アトム」をほとんど読んでいなかったので、「実際に確認しなければ」となりました。

 そこで「鉄腕アトム」を読むことから始めてみました。(20年前のことです)取りあえず、古本屋さんで「鉄腕アトム」の単行本を漁り始めました。アトムの全集が揃っている図書館もありました。

 そして、「決定版」とされている朝日ソノラマのサンコミックスの全巻揃いを古本屋さんで購入しました。


 そのうちに、「鉄腕アトム」の復刻版まで出版されました。(知り合いの方が親切に出版情報を教えてくださいました)雑誌掲載時のモノをそのまま復刻した代物で、単行本とは違う点が結構あります。




 そのようにして読み進んでいると、いくつか新しい発見がありました。
手塚先生がどのような思いでアトムを書き続けたのか、少しずつ分かってきたように思います。(あくまでも個人的な妄想レベルな内容ですが)

[オサムとアトムと]という文章で書いて行きたいと思います。

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