短編『流れ星』
本格的に風が酷くなってる。十八時まで、あと五分。ギリギリ間に合いそうだ。本当にごめんね。余裕が無さ過ぎて、お天気ニュースすらチェックしてなかった。保育園に着いて、玄関のインターホンを押した。
「アサガオ組の田中大輝の母親です」
透明な大きなガラス扉の鍵が開けられた。息子は担任の先生とつないでいた手を離し、私の足元に抱きついてきた。
「大輝くん、さようなら」
手を振りながら言われた言葉に、息子も手を振りかえして、さようならと返した。
「お迎え遅くなってごめんね。大輝」
「うん」
助手席から窓の外を見ていた息子は、こちらに振り向き返事をした。時折激しさを増す風は、二人が乗る軽自動車をゆりかごのように揺らした。元々、息子は口数が多い方では無かったが、最近、口数が減っている気がする。
「お昼ごはん、残さずに全部食べたかな?」
「うん、お野菜も全部、食べれた」
「すごいね!えらいじゃん!」
「いろんな先生がずっと、頑張って、って応援してくれてた」
「ずっと?いろんな先生が大輝を応援してくれてたの?」
「うん。いろんな先生と、先生のお部屋でごはん食べたから。お友だち、ごはんの前にみんな帰っちゃったから」
「そっか、ごめんね」
職場でも、台風の話題は上がってた。私も、できれば早退して迎えに行きたかった。
「すぐにごはんの準備するから、手洗いうがいして待っててね」
「うん」
息子は、いち、に、さん、し、と数を数えながら、丁寧に手洗いを始めた。うがいも終え、身の回りの片付けを済ませた息子は、本を見ると言って、イスにちょこんと座った。
ニュースの台風情報を聞きながら夕飯の支度。たいした料理は作れない。息子の身体を考えたら、こんなんじゃダメだなと思っているが、結局は簡単なものになってしまう。
ふと息子に目を向けると、一生懸命に本を読んでいた。そう言えば、最近ずっと、あの本を読んでいる。亡くなった夫が息子に買ってあげた、宇宙の図鑑だった。
「その本、大好きだね。宇宙、大好きなの?」
「うん」
「大きくなったら、宇宙飛行士になるのかな?」
息子は、こっちを向いて、私の目をまっすぐ見ながら言った。
「流れ星屋さん」
「流れ星屋さん?」
「うん、この前、お友だちが言ってた。流れ星にお願いすると、願いが叶うって」
私はタオルで手を拭いて、息子に近付きながら言った。
「ママも聞いたことあるよ。でも、ママは流れ星を見たことないなぁ」
「うん、お友だちとか先生たちも見たことないってさ。流れ星がたくさんあったら、お願い事がたくさん叶うのに、神さまってケチんぼだね」
私は微笑みながら息子に言った。
「ケチんぼなのかな。きっと神さまは忙しいんだよ」
「忙しいからかぁ。でも、大丈夫だよ。ボクが流れ星屋さんになって、流れ星たくさん作るから」
「そうだね。大輝がたくさん流れ星を作れば、たくさんの人のお願いが叶うもんね」
「うん。それでね、ママにお願いなんだ。」
「なにかな?」
「ボクがたくさん流れ星を作るから、流れ星にお願いしてほしいの。パパが帰ってきますようにって」
流れ星屋さんの瞳から、初めての流れ星が頬に流れた。
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