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足元に落ちた言葉 悪意は帰る

新聞で「DEI」(多様性、公平性、包括性)の記事を読み、ふと思い出しました。小学3年のある日。


家の近所で遊んでいた時、人相の悪い知らないおばさんがつかつかとやって来て、私に放った言葉。


「あんたの家に、カタワのおばさんがいるだろう!」

「???」
ポカーンとした私の足元に知らないおばさんの言葉がぽとんと落ちて、謎のおばさんは立ち去った。

私の家にはリウマチで歩けない伯母が同居していました。
生まれた時から一緒だったから、身体障害者がいるのは当たり前の認識だった。ぼんやりな私が、知らないおばさんが子供だった私に向けた悪意を理解したのは成人後。

ふと思い出した私は、父に謎のおばさんの話をしました。
父は「この辺でそういうことをするのは◯◯だ。」と近所の金持ち一族の一人と特定しました。昔から金がある実家を鼻にかけている、人相も性格も悪い人物だと。

謎の事件から約30年後。
私に悪意を向けたおばさんは脳梗塞になり、重い障害が残りました。70代前半だったらしいです。そして…

「こんな体を人に見られたくない。」

そう言ってリッチな老人ホームに入り、以後面会謝絶にしたそうです。

昭和の時代は「人権」の意識は薄く、今では使われない差別用語が日常で使われていました。障害者がいる家は血統が悪く、恥とされていました。

だからあのおばさんも、私が表をうろつく事すらカンに障ったのでしょうね。後に自分が伯母よりも重い障害を負ってしまうとは夢にも思っていなかった。皮肉なものです。

人は自分が経験した痛みしか、理解できない。
それでも人は他人の痛みを思いやれると信じたい。