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守護の熱 第二章             第三十二話 帰郷(梶間視点)

 二学期になって、あの件があってからは、俺は、坂城と二人で帰ることが多くなっていた。

「ねえ、今日さ、一緒に勉強しない?」
「えー、中村さんは?」
「ちょっと、風邪ひいちゃったって。でも、そんなに、いつも一緒じゃないよ」
「まあ、そうか。だよなぁ。何かある時は、一人ですっすく帰るもんな。誰よりも早く」
「えー、そうかなあ」
「そうだよ」
「えへへ」
「いいよ、どこでする?」
「俺んちでもいいよ」
「そうか、わかった。電話貸してよ、家に連絡するから」
「うん」

 結局、帰り道、坂城の家によって、宿題やら、受験勉強をすることになった。

「ただいまー」
「こんちわ、お邪魔します」

 何気なく、店の暖簾を押して、坂城と一緒に店内を覗くと、一人の客が来ていた。外人の観光客が来てるのかなと思った。でも、見たことある気もする、引っかかる感じがした。後ろ姿で、金色っぽい髪は背中まで長い。

「あ、いらっしゃいませ・・・え?」
「ご無沙汰、だね。坂城君」
「ああ、・・・どうも、あれ、戻ってきたの?」
「ううん、完全にね、こっちから引き上げる為に、色々と整理しに、父が戻るっていうんで、一緒に来たんだ」
「最初、女の人かと思っちゃったよ、羽奈賀君、だったんだね。わあ、久しぶり。背、伸びたね。髪も伸びて、なんか、なんか・・・綺麗だから」
「外国のスターみたいになっちゃったなあ、羽奈賀、カッコいい・・・」

 雅弥の親友、羽奈賀だった。
 なんというか、・・・良い匂いがして、そうか、少し、化粧してるんだ。女の人みたいに、綺麗になってて。穏やかに笑ってる。

「ね、ねえ、父ちゃん、前に、クラスメートだった、羽奈賀君だよ。サービスしてよ」
「お、そうか、そうだったのか。羽奈賀さん、戻ってきてるんだ。気づかずに申し訳ない」
「いいえ。父も家の者も、こちらの和菓子が懐かしいというので、お遣いに来たんですよ」
「よかったら、上がってもらえ、さあ、どうぞ」
「うん、僕ら、これから、一緒に勉強するんだけど」

 坂城の誘いに、羽奈賀は、ゆるやかな仕草で、首を横に振った。

「勉強するなら、邪魔になるから、僕はいいよ。他に行くとこがあるし」
「えー、そうなの?」
「忙しいんだな、片づけに帰って来たんだったら」
「お誘い、ありがとう」
「んじゃあ、これね、あんころもちと、こっちは日持ちするやつ、あんこクッキー。おまけに、大きいやつ、ひと箱つけとくからね。向こうの方も喜ぶんじゃないかな。うちの新商品なんだよ」

 坂城は、自分の発案だということを言いたかったらしいが、グッと堪えていたようだ。

「ありがとうございます」
「こちらこそ、お買い上げ、ありがとうございます」

 え・・・「他に行くとこ・・・」って。

 俺は、ピンと来て、坂城に手を合わせた。

「いっけねー、ごめん、母ちゃんに頼まれてたこと、思い出した、」
「えっ、えー、」
「ごめんな、坂城、また明日にでも」
「うん、解ったよ」
「ああ、梶間君も、また、いつでもおいで」
「おじさん、すいません。じゃ」

 坂城との約束は、いつでもできる。ごめんな、坂城。
 
 ・・・その、羽奈賀は、きっと、雅弥に会いに行こうとしてる。でも、今は雅弥は、複雑な事情で、ここ、長箕沢にはいないんだ。あの様子だと、そのこと、きっと知らないと思うから。家に訪ねて行ったら、多分、すごいびっくりして、ガッカリすると思う・・・言ってあげないと、

 あ、いたいた。あれ?肉屋の前にいる。買い物かな?あれ?なんか、ウロウロしてるな、店前で?どうしたんだろ?

「羽奈賀」
「あ、梶間、君」
「え、どうした?肉屋に用?」
「うーん、なんとなく、入りづらくて」
「ああ、ひょっとして、コロッケ?」
「うん」
「一緒に入ろうか」
「いいの?・・・ありがとう」

「あー、いらっしゃい、元気なお兄ちゃん、久しぶりだねえ。あれ?あなたは・・・前にも来たわねえ・・・確か」
「あーーー、おばちゃん、コロッケ2つ、食べ歩き用と。何がいい?」
「うん、同じの10個と、これ、食べてみたかったんだ」

 羽奈賀は、三角形の肉じゃがコロッケを指さした。

「どうする、食べ歩き?・・・解った。じゃあ、おばちゃん、同じの持ち帰り用10個と、肉じゃがコロッケも・・・」
「同じで」
「持ち帰り用に10個ずつと、肉じゃがコロッケも食べ歩きね、はいはい、まいどあり」

 羽奈賀は、支払いを済ませて、おばさんに、微笑みながら、頭を下げた。

「いこ」
「うん」

「あら、あの子、羽奈賀さんとこの、坊ちゃんよね?あらまあ・・・」

・・・・・・・・・・・

「おばさん、気遣いで、袋2つにしてくれたんだね」
「あ、そうだね。多く買って、食べ歩きの時、よくやってくれるよ」
「・・・うちは、商店街の人に、なんとなく、嫌われてた気がするから」
「えー、そうなのか?」

 あ、まあ、そうだなあ。商店街乗っ取ろうっていう、土地開発の件で、薹部と荒木田に協力していた家で、しかも、羽奈賀は半分外資みたいなもんだから、って、親爺が言ってたから。でも、多分、そんなの関係ないと、俺は思うけどなあ。

「そんなことなかったじゃん。おばさんも、普通だったよ」
「そうかな」
「うん」
「わかんなかったのかも、僕のこと」
「いやいや、むしろ、目立つ・・・あ、ごめん」
「ううん、梶間君、いいヤツなの、雅弥から聞いてて、知ってたから」

 あ、まずい・・・

「そっかあ・・・あのなあ、羽奈賀」
「・・・知ってる」
「え?」
「時間ある?ちょっと、付き合って貰ってもいいかな?」
「え、ああ・・・」

 え、羽奈賀、知ってるって、雅弥のこと、だよな・・・。

・・・・・・・・・・・

 商店街を抜けて、大きな通り、左に行けば、海岸通り、右は、例の山の宿舎に行く道だ。今は、例の「現場」と、宿舎は未だに立ち入り禁止で閉めてるから、先には行けないはずだけど・・・。

「こっち」

 あ、右だ。え・・・どこに行くのかな?

 例の現場を通り過ぎて、少しの所、あ、自販機でジュース買ってる。

「懐かしくて」
「ああ、こんなとこにもあんのか。リンゴジュース」
「知らなかったの?」
「うん、知らなかった」
「梶間君も飲むよね」
「あ、いいよ、ここは俺が買うから。さっき、コロッケ買ってくれてるからさ」

 ここは、ギリギリ、規制線張られてないとこだ。

「こっち」

 山に向かって左側のとこ、ちょっと、急な坂道、獣道みたいだなここ。登っていくのか?

「わあ、すげえ、眺めいい。こんなとこ、あったんだなあ」

 なんか、開けてて、すごい、眺めの良い丘になってるのか、ここ。

「ふふふ、そっか、梶間君も来たことなかったんだね」

 あれ、なんか、今、嬉しそうだな、羽奈賀。

「ここね、『雅弥と僕の』秘密の展望台、なんだ」

 ・・・へえ。秘密の?・・・えー、知らなかったなあ。

「そうかあ、ここで、星の撮影してたんだなあ、あいつ」
「そう、なんだよね」
「・・・」
「・・・」

 って、知ってるって、どういうことなんだろう?

「梶間君、僕の事、心配して、来てくれたんでしょ?」
「え、ああ、まあ」
「大丈夫だよ。多分・・・君たちより、しっかりとした情報を、僕は持ってるから」
「え?」

 どういうことかな?雅弥のこと、だよな・・・

「僕ね、今、雅弥がどうしてるか、知ってるよ。元気だよ。すごい、頑張ってるから、大丈夫だよ」
「え?・・・東都にいるんだよね」
「そうだね」
「会ったとか?」
「ううん、それはないよ。僕は、今朝、ランサムから、一番にここに来たから」
「行こうとしたのが、雅弥の家じゃなくて?」
「うん、ここだよ・・・良かった。梶間君がいてくれて・・・」

 なんで、どうして、他に何を知ってるのかって、すごい聴きたかったけど、その後、羽奈賀は黙ったまま、コロッケを食べ続けていた。さっき、自販機で買った、リンゴジュースを飲みながら。なんだかね、聞けなかった。

 そうだ。あの頃、羽奈賀は、いつも、こんな風に、見えない壁を作って、雅弥以外の、俺らとは話そうとはしなかった。でも、すごい繊細で、良い人なんだってことは、その時から感じていたから。・・・そうだった。俺も、肩棒を担いでたことを思い出した。昔、羽奈賀のこと、虐めてたんだ・・・。

「あ、羽奈賀、あの時はごめん。八倉たちと一緒にしたこと、本当に、悪かったと思ってて、いつか謝ろうと思って」
「え?ああ、いいよ」

 ゆっくりと、俺を見て、羽奈賀は微笑んだ。

「今、こうやって、ここでコロッケ食べられるぐらい、きっと、君もそんな気持ちなんだろうけど、僕の方にもね、きっと、余裕ができたんだと思うから」
「ありがとう」
「いいヤツだね。やっぱり、梶間君はいいヤツだよね」

 しばらく、二人で二つずつ、のコロッケを頬張った。

「・・・こちらこそ、ありがとう。一人でここに来るのは、正直、きつかったんだ・・・」

 あ、やっぱ、そうなのか。
 ・・・でも、元気だって、解ってるなら・・・。

「嫌な予感、最初から、してたんだ・・・」

 どういう意味だろう?

・・・・・・・・・・・・

 それから、一週間して、羽奈賀の家は、表札も外された。売りに出されて、一年後には更地にされていた。ほとぼりが冷めるのは早い。あれだけ、トラブルの関係だったはずの、薹部開発が全て買い上げたと、親爺が呟いていた。この後の長箕沢がどうなってしまうのか。それが、心配だと大人たちは噂をしている。

 あれから、羽奈賀は、この長箕沢に、姿を見せることはなかった。
 俺と坂城は、水沢大に通っている。八倉は東都大学の政経に行ったらしい。小津は、あの後、急に北睦きたむつみへ引っ越していったから、進学先とかはわからない。その後、いつしか、雅弥の家の壁は修理され、果樹園の略奪もなくなっていた。議員の八倉の親爺さんが動いたらしい。住民たちは、皆、元通りの動きに戻った。怖いぐらいに解りやすい、悪い田舎の感じだと思った。

 事件以来、ずっと、雅弥の親爺さんやお袋さんを見ることはないが、元気にされているらしい、とは聞いている。

 羽奈賀の言う通り、元気なら、それでいい。
 雅弥、いつか、戻ってきて、会えればいいなと思ってる。納得しないと、きっと、戻ってこないだろう。あいつのことだからな。

 俺は、信じて、待ってるからな、雅弥。


みとぎやの小説・連載中 守護の熱 第三十一話 帰郷(梶間視点)

 第一章以来の、羽奈賀君が帰ってきましたね。
 何か、確認しに来たのでしょうか?しかも、かなりの訳知り状態で。
 何故、辛くなったか。梶間君には知る由もありませんね。
 羽奈賀君の予想通りのことが、雅弥に起こり、それにより・・・。
 多分、羽奈賀君は、結果より、経過を知るのが、辛かったのかもしれませんね。扉絵は、彼の気持ち。羽奈賀君の、今のビジュアルが解禁です。

 次回は、雅弥の東都での、その後の様子からと、お話が戻ります。
 お読み頂きまして、ありがとうございます。

 これまでのお話、第一章はこちら↓

 現在連載中の第二章はこちらから ↓ です。纏め読みもお勧めです。




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