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北海道 鉄道残照~失われた鉄道の遺産あれこれ

その13 胆振地方の話題4:志村化工のB6(2120形)


1.ごあいさつ

ご訪問ありがとうございます。

ことしからnoteをはじめ、「北海道の廃線跡探訪」なる、国鉄地方交通線廃線跡を主にした記事を投稿しています。

ここでは車輌や遺構のことなど、つれづれなるまま、書いていこうと思います。個人的主観で、なるべく有名でなさそうなものを・・・

今回は室蘭本線長和から専用線の出ていた、志村化工(←北菱産業)のB6(2120形)です。

2.北海道のB6

明治の代表的なタンク機関車のひとつだったB6(2100・2120・2400・2500)は、戦後の北海道でも専用線などに残っていました
有名どころでは、三井美唄炭鉱を継承した三美炭鉱専用線(国鉄南美唄~炭鉱)や、北海道炭礦汽船(北炭)美流渡礦を継承した北星炭鉱美流渡礦専用鉄道(万字線美流渡~美流渡礦)などがあげられます。ほかにも夕張鉄道雄別鉄道などの炭鉱鉄道などにもいました。

3.志村化工のB6

志村化工のB6は旧国鉄2287号1949(昭和24)年の廃車後、羽越本線羽前大山から出ていた、三菱鉱業油戸炭鉱専用線に譲渡されました。

油戸炭鉱専用線跡 ほとんど道路になり痕跡は少ない 2018年3月撮影

油戸炭鉱が1957年に閉山した後、室蘭本線長和から出ていた、北菱産業の専用線に移り、そこの1号機となります。
北菱産業の工場は志村化工となり、さらにディーゼル機関車が導入されたため、1号機は1968年ころ廃車されますが、解体されることなく、工場内にありました。

むかし読んだ、汽車くらぶ「私鉄・専用線の蒸気機関車 Part2」(鉄道ジャーナル誌73年3月号)の冒頭にある写真が忘れられず、まだ現存しているのなら、ぜひ見てみたい機関車でした。

4.志村化工訪問

念願かない、ここを訪ねることができたのは、前回「北海道立少年自然の家にあった旭川電気軌道の保存車輌」と前々回「洞爺湖電気鉄道」をまわったときでした。

守衛所で来意を告げ、機関車のあるところまで案内していただいて、写真を撮ることができました。工場のかなり奥の線路末端近くでした。
このときの一連のフィルムは、カメラか不調だったのか、腕が悪かったのか、階調がさえないのが悔やまれます。ただ、先輩から借りた望遠レンズで、いつもの標準レンズとはちがった写真が撮れました。

 1979年7月撮影

長和からの専用線はまだ生きていて、ディーゼル機関車もいたような覚えがありますが、貴重なフィルムをDLごときに消費するのはもったいないとばかり、まったく写していないのも悔やまれます。

 1979年7月撮影
 1979年7月撮影

何年か後に再訪すると、工場は広大な空き地になり、B6の姿もありませんでした

5.各地の保存B6

B6は全国各地に保存機があります
そのうち、日本工業大学工業技術博物館の2109号機(2100形 イギリス製)、名古屋市科学館の2412号機(2400形 ドイツ製)、青梅鉄道公園の2221号機(2120形 イギリス製)がよく知られています。
日本工業大学工業技術博物館の2109号機は動態保存され、日時を決めて公開運転されています。
残念ながら、青梅鉄道公園はリニューアル工事のため、当分休園中。

国鉄から譲渡されたB6については、下記の本にまとめられています。

6.北海道糖業道南製糖所の保存DL

毎回、もう存在しないものばかりになってしまうので、志村化工の長流川対岸にある、北海道糖業道南製糖所の専用線のディーゼル機関車をご紹介します。正門脇にあるので、守衛所に声をかけると撮影できます。

転轍機も保存 2013年9月撮影
キャブ右側にはドアなし(正面だけ) こちら側は狭くてとりづらい 2013年9月撮影
ディーゼル機関車の解説板 2013年9月撮影

今回はこのへんで。

おしまいまで読んでくださり、ありがとうございました。

ご意見・ご感想、そしてご要望など、どうぞお寄せください。

次回は、TBS樽前ハイランド跡地にあった、美唄鉄道のキハ103と雄別炭鉱茂尻礦業所103号機です。

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