ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)③

 放送室は職員室とは真反対の、校舎の一番奥、給食室の前にあった。普段は放送部員以外ほとんどの生徒が訪れることはなく、カズマサ自身も正確な場所を知らないくらいだった。放課後のこの時間、給食室に人の気配はなく、先ほどまでいた職員室のある種異様な熱気と飛び交う会話とは対象的に、この一角は鎮まり返っていた。放送室の扉には半透明の型版ガラスが嵌めこまれていた。中は薄っすらと明るい。蛍光灯の明かりではなく窓から入る太陽の光が室内を照らしているようだった。もちろん人の気配はない。カズマサは顧問に借りた鍵をドアノブの鍵穴に差し込み、捻った。ドアがそれに呼応し、ガチャリと音を立てる。カズマサは多田と目を合わせ、そっと頷いた。扉をそうっと押し開け、中に入る。

「誰かいますかー?」                  多田が突然叫んだので、カズマサがビクリと驚いてしまった。
「やめろよー、もう」                  呆れ顔で半歩後ろの多田を睨んだ。
 2メートルほどの細い通路を歩いた先に、カズマサの部屋と同じくらいの広さ、6畳くらいのスペースがあった。腰の高さくらいのテーブルが2台横に並べられており、その上に放送のためのミキサーやらマイクやら沢山の機材が乱雑に無造作に置かれていた。お世辞にも片付いているとは言いがたかった。その横には高さ100センチくらいのラックがあり、そのなかには漫画雑誌や、放送に関する本、機材のマニュアルなどがぎっしりと押し込められていた。ラックの上にも機材が乗っており、幾段にも積み上げられていた。
正面の窓には白いカーテンが掛けられている。その隙間からは奇妙でささやかな角度の光が差し込んでいた。そこから伸びた光の筋はテーブルを通過し、床に下り、反対の壁まで真っ直ぐに進んでいた。目当てのものはすぐに見つかった。そのラックの上のちょうど真ん中、5段重ねの3段目にあった。
「これ・・だよな?」カズマサが多田に問いかける。
「よくわかんねーけど、下はCDだし、多分そうだろ」
つやのない真っ黒な箱が五つ積んであり、外見は、何か良くわからない別のものに見えたが、その中央に位置する物体が、パネル前面に二つあるカセットテープを入れる部分の小窓で、何とかテープデッキだということが確認できる。パネルの右側に銀色の文字で「POWER」と書いてあり、そのすぐ下に丸い押しボタンがついている。カズマサは躊躇せずにそのボタンを押してみた。反応はない。「主電源みたいなのがあるんじゃねーの?」多田が言う。
ラックの他の箱を見ると、2段目のものに、ひときわ大きな押しボタンがある。そこにも銀文字で「POWER」と書いてある。今度は多田の方を向き、お互い目で合図をしてからボタンを押した。
 すると、5段すべての箱が長い眠りから目覚めたかのように、カチっという音ともに、液晶が付き、起動を初めた。何段目の機器かはわからなかったが次の指示を催促するかのように、中の機械が低く唸った。他の機器もじっとカズマサたちの次の行動を伺っている。
「なぁ、早くためそうぜ」
多田に言われるまでもなくカズマサも同意見だったが、いかんせん勝手がわからない。放送室の機器なんだからもちろん音は出るのだろうけれど、それがどこから出るのかも判然としなかった。
「どうやって音出すのかな?」
「再生ボタン押せばでるだろ」
「いや、だって突然校内全部のスピーカーから音が出たりしたら大変だろ」
「確かに。しかしよくあの顧問許可したな。我々が突然校内放送で放送禁止用語とか叫んだりするとか思わなかったのかね?」
「だからいろいろ注意があっただろ。お前聞いてたじゃん」
「いや、どうせお前が聞いてるだろうと思って、何も聞いてなかったよ」
「え、ちょ、まじか」
お互い様だったが、多田の愛想の良さを少しでも尊敬してしまった自分を情けなく思った。                           「なぁ、これじゃね?」
多田が放送卓の隅の四隅をセローテープで止められた、古ぼけたルーズリーフのメモ書きを指した。見るとそこには、放送の手順が①②・・と手書きで、それもかなり汚い字で書かれていた。

①卓のスイッチをON!
②各時間のスイッチを押す(そうじは☓)
③マスターのボリュームを上げる(7以上禁止!)
④―①マイクで話す場合はマイク1のボリュームを上げる!
④―②音楽を流す時はオーディオのボリュームを上げる(少しずつ上げて調整!!)
(放送室だけ流す場合はマスターを0にしてスタジオのボリュームを上げる)
※他は決していじらない!!壊したらマルオに殺される!!

 代々受け継がれてきた作業手順書なのだろう、かなり古びて、紙はしみだらけ、セローテープも黄ばんでよれよれになっている。けれどもテープは何度も補強され、決してそこからなくならないように留められている。新入部員が入ってきたら真っ先に教える項目なのかもしれない。いささか乱暴だけれども親切な作業手順だ。マルオというのは先生だろうか、それとも放送部の部長といったところか。
「まさにこれだな」カズマサは多田に視線を送った。
「だろ、だろ」
「まずは・・・」とカズマサは手順通りに、そして慎重にミキシング・コンソールのスイッチやツマミを操作しはじめた。指示書通りに動かし、放送室だけに流れるセッティングにした。
「これでよし。次はこっちのラックだな」電源は先程のままになっている。再びテープデッキと対峙し、再生ボタンを押す。
 古ぼけたカセットテープ。心惹かれるのは単なるノスタルジーなのか、はたまた別の要素があるのか、カズマサには判断がつかなかった。けれど、聴いてみたいという衝動は、不思議と抑えることができずにいた。(続く)

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