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SF小説・インテグラル(再公開)・第二話「悪魔のテクノロジー」

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 地球全土を、あの災厄が襲う直前のこと、ある大学所属の機関において、画期的な研究を始めた一人の科学者がいた。彼の名はジョン・キューブリック。

その研究は、やがて全世界の学者の知恵を結集して進められることとなった。

 彼が率いる巨大プロジェクトのコードネームは、彼の名前をもじって、「the Kube」と呼ばれた。そしてそのプロジェクトは、発足からたった三年という驚くべき短期間のうちに、試作品第一号を造り上げるまでに至った。

 生体素子、「the Kube」。学者達の間では、厳重な情報管理のもとにこれを開発し、完成に至っても、決して公表はしない、という堅い約束が交わされていた。しかし所詮これは、口約束でしかなかったため、完成の日を向かえた「the Kube」第一号は、概観写真つきのセンセーショナルな記事によって、一日にして全世界に知らしめられることとなってしまった。ヒトの脳細胞をそのまま使うことで、機械に人間並みの推論能力を持たせようというキューブリックの試みは、まさに悪魔のテクノロジーであると、全世界から非難の声が次々と浴びせられた。次の日、マスコミ関係者が彼の家を訪れると、彼はすでにそこにはおらず、また地下室にあったはずの、研究用機材と、データや資料の入った小型パソコン、そして、完成した「the Kube」第一号も、彼とともに消えていた。唯一残されていたのは、室内の監視カメラにおさめられた、彼が「the Kube」第一号と会話をする映像のみであった。

 この後、彼とともに研究を進めていた科学者達の間で、彼の理論の復元作業が行われたが、その根幹となるところを彼、ジョン・キューブリックは誰にも語っていなかったため、結局、「the Kube」の製造方法も、彼の失踪とともに、永遠に失われることとなったのである。ただ、彼が情報処理工学に残したものは大きい。数十年もの間停滞してしまっていたArtificial Intelligence、人工知能というものの、大いなる可能性を全世界の科学者に示し、また現実にそれを完成し得るのだということを、自ら証明してみせたのだから。彼の研究の成果に対し、「まやかしだ」、「トリックだ」、「ただの都市伝説だ」、などと否定的な見解を述べるものも多くいたが、彼とともに研究を進めていた科学者達のほとんどは、「the Kube」の完成写真、なんの変哲もない、一辺5ミリほどの黒く四角い物体、の内部から発せられる、邪悪かつ神々しいオーラが、自分の心を震わせ、狂おしく揺さぶるのを感じ取った。理屈では説明することは不可能だが、確かにこれは本物だ、と彼らの誰しもが思った。

 この、神もしくは悪魔による仕業(しわざ)とも思える一連の奇跡は、一時的に科学者達に、研究を続けることの意味、そして生きるということの意味を教えた。なぜ自分たちは、一日中暗い部屋にこもり、黙々と研究を続けるのか、という疑問への答え、そして未来への目的意識、それらは自分たちの存在価値に、疑問を抱いていた彼らを、大いに奮い立たせたのである。

 しかしそれも……。

 残念なことに、ジョン・キューブリックの失踪の約一年後に、地球を襲ったあの災厄によって、すべて灰燼(かいじん)と帰すことになる。

(続く)


解説(ネタばれあり):

前話でちらっと名前が出てきた、「ジョン・キューブリック」。

彼が人類の歴史に果たした役割が、第二話で語られます。先日思いついた「AIホラー」の、テクノロジー的なキモとなる部分が、ここで登場する生体素子「The Kube」。

AIというものがなかなか実現しない世界で、半導体と人間の脳をハイブリッドさせればいいではないかと思いついた一人の科学者。

現在の生成AIは、そこまでしないでもCPUパワーのみで人間並みの推論能力を実現してしまいましたが、それだけでは実現できないものを実現できる可能性が、まだ「The Kube」には残されていますね。

CPUパワーだけでは解決できない大きな課題を、人間の脳とCPUを結合することで、何とかできるのではないか。

と、たぶん現在のAIが、思いつくことはないはずなので、どこかのマッドサイエンティストが、最初に今後そういうことを試みるはず。

第二話の最後に出てくる「あの災厄」というのは、実現されてしまったAIによる戦争、という含みも持たせてはいますが、私の中での想定は、「地球の気候の大幅な変動による地球上の生物の生態系の大変化」です。

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