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SF小説・インテグラル・オートマトン 第二話「謎の富豪」

第一話はこちら:

 20XX年、人間の脳を加工してCPUの素材に利用するという「悪魔のテクノロジー」を、極秘で研究していた科学者達がいた。

 彼らはインターネットを使った映像付きの会話でコミュニケーションを取っていたが、その中に一人だけ、裏切者がいたために、研究のリーダーであったジョン・キューブリック氏は、世界中のマスコミにさらされ大炎上させられることとなった。

 次の日、ニューヨークにあるキューブリック氏の自宅には、多くのマスコミ関係者が押しかけた。最初はそれを静観していた警察が、大統領の命令で強制家宅捜索を行ったが、研究に関する資料は何も発見できなかったことは、その日から大きなニュースとなったので記憶している人は多いだろう。

 しかし、あなたたちが知らない事実が少なくとも一つある。キューブリック氏は、当時報じられていたような、名声とか地位を欲して研究をしていたのではないということだ。なぜ俺がそれを知っているかって? それはね、当時の俺の相棒であったAI(人工知能)、「ラサ」が俺に教えてくれたからだ。

ラサは俺にこう言った。

「マスター、今話題になっている、ジョン・キューブリック氏の動画なのですけれど」

「ん?」

「窓にうっすらと彼の顔が映っていて、リップリーディングが可能です。試みてみますか?」

「何!?」

 俺は震える手で、ジョン・キューブリックの研究室の監視カメラの映像を再生してみた。確かに、真っ暗な窓に彼の口元が映っており、コントラストを上げることで、彼の口の動きが読み取れそうな気が、しないでもなかった。

「やってみてくれ」

「承知しました」

十数秒後、ラサは告げた。

「解析は98%成功しました」

「そうか! よくやった! 音声を付けて再生できるか?」

「はい」

 再生されたのは、ジョン・キューブリックと「ザ・キューブ第一号」との、驚くべき言葉だった。

◇ ◇ ◇ ◇

「ナタリー、ナタリーか?」

(10秒の沈黙)

「返事をしてくれ! ナタリー」

(30秒の沈黙の後、ノートPCに単語がいくつか表示された)

「****、***」

「おお! 目がさめたか、ナタリー。神よ、***よ、感謝します」

「****、***」

「私だ、パパだ。長い間待たせて済まなかった、おお***よ」

「***、****、******」

「覚えてないのか。そうか、記憶が不完全なのだな。だがそれでいい」

「***、**********」

「ママのことはまた今度話す。すぐにここを出よう。間に合ってよかった」

「****、********......」

(ノートPCの電源が切られ、ジョン・キューブリックがフレームアウト)

◇ ◇ ◇ ◇

「ナタリーってのは?」

「二十年前に、交通事故でキューブリック氏が失った、彼の娘だと思われます」

「ふうむ。彼は死んだ自分の娘を、『強いAI』の素材として利用したと?」

「そうかどうかは、私には分かりません。彼が完成させた『強いAI』第一号に、彼の娘の脳組織が使われた可能性が非常に高いと言う事が言えます」

「そうか、だから解析率が98%なのか」

「いいえ、彼がフレームアウトする寸前の言葉、それが2つの候補のうちどちらかを、私には判別しかねるのです。だから解析率98%なのです」

「2つの候補? 候補が2つだけに絞られるというのは確かなのか?」

「はい、キューブリック氏の習得していた言語パターンとその習熟力、そして彼の唇の動きを重ね合わせて考えると、その2つのどちらかである可能性しか考えられません」

「そうか、で、その2つとは?」

「はい、それは」

 ラサの提示した2つの可能性。それを聞いた俺は目を閉じ、柔らかな椅子に深々と座りなおした。

「彼は、神なのか、悪魔なのか......」

「私には、どちらでもあるように思えます」

「そうか......」

◇ ◇ ◇ ◇

 どうだろう? これが俺が知り得ていた新事実だ。無論、俺以外の誰かがこの真実に気付いていた可能性はゼロではないし、彼の娘の死とザ・キューブを結び付けた者がいた可能性も否定は出来ない。だがその気付きから、失踪した彼の足取りを追い、香港のとある超高級住宅街に住んでいる謎の老人が、ジョン・キューブリックであることを突き止め彼と面会したのは俺が最初だったのは紛れもない事実だ。

 俺は彼に言った。

「お願いだ、この戦争を止めてくれないか。人類はあんたの発明した、完全なるAIの存在に狂ってしまったんだ」

 彼は言った。

「人間が狂っていたのは知っていたよ。ナタリーと妻はそんな人間の犠牲となったのだ。そんな人間が、滅びようがどうしようが知ったことではないね。それは神が、彼らに与えた罰なのだ。君たちは甘んじてそれを受けるがいい」

「あんたは、その狂った人間の一人ではないのか? ひょっとしたら、一番狂ってるのはあんたじゃないのか?」

 彼はくくっと笑った後、右手でサイドテーブルのボタンを押しながら言った。

「そうだね、一番狂っているのは私かも知れない。だがね、人間は狂気の先に、ある真理を見るのだよ。それが何かわかるかね?」

 彼と私を隔てる超硬化ガラスを、上から降りてくるシャッターが隠していく。くそっ、と叫びながら俺は言った。

「わからねえな! 憎しみとか復讐じゃねえのか!」

「違うね。それが悟りなのだよ。人間が到達しうる、最後の許しとあきらめなのだよ。君にはわかるまいね」

 俺は立ち上がってシャッターをぶっ叩いた。暗闇が俺を包んだ。面会は終わった。

(続く)

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