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SF小説「ウサギとカメはオワコン」

とある小学校の朝礼で、校長先生が挨拶をしようとしています。

たいてい、校長先生の挨拶というものは、つまらなくて長いものなのですけれど、この校長先生の話はとてもおもしろいので、生徒たちはとても楽しみにしています。

でも、この日は少し違いました。

「おはようございます、みなさん、ウサギとカメのお話を知っていますか?」
「しらなああああい!」
「えっ!」

驚く校長先生。生徒たちの全員が全員、首を横に振ったのでした。驚愕の展開。

このあと校長先生は、ウサギとカメのお話をおもしろおかしくアレンジして、そのあととてもいい教訓をよいこのみんなに伝えて、拍手喝さいをあびながら、挨拶を終了する予定でした。その予定が、最初からくるってしまったのです。

「そ、そうですか。ではまず、ウサギとカメのお話から説明しましょう。むかしむかし、ある所に」

しかし、挨拶は5分までと決められていたために、まだウサギとカメの競争がスタートもしてない段階で、タイムキーパーの体育の先生がペナルティーの笛を吹いたのです。

「ぴりぴりいい、ぴりぴりいい、校長! 5分経ちました! 試合終了です!」

校長先生の挨拶終了、結果、校長先生の惨敗。

しらけた表情と、じと目で自分を見つめる生徒たちの視線を感じながら、校長先生は壇上からおり、肩を落としながら自分の席に座りました。

「校長、校長」

涙目になっていた校長が、自分を呼ぶ声に横を向くと、国語が得意で図書館の管理を任されている美人教師が、センスのいいメガネをくいくいと直しながら、校長を見つめました。

「な、なんだね?」
「さっきのご挨拶は、失敗でしたね。ウサギとカメという昔話は、もう子供達の間ではオワコンなんです」
「オワコン? 終わったコンテンツ、つまり旬を過ぎてしまったお話だと?」
「はい。今の子供達は、チャットGPTを使って勉強や研究をしているのですけれど、チャットGPTの学習データはアメリカで収集されたものなので、ウサギとカメなどの、日本の昔話には弱いのです。なので今の子供達は、あまり日本の昔話、ウサギとカメや浦島太郎には触れたことがないんです」
「なん、だと? 浦島太郎もか!」
「はい。グローバルな価値観を持つためには、日本の昔話は不要どころか、むしろ邪魔ですから」
女性教師はふふっと鼻で笑いました。

「じゃあ、ぶんぶく茶釜もか」
「はい、もちろんです」
「ごんぎつねは?」
「はい、あれもオワコンですね。よかったら次回から、ご挨拶の原稿を、私がチェックいたしましょうか。そうすれば私が、チャットGPTを使っていま風のご挨拶に、ブラッシュアップしてさしあげますけど?」

眼鏡の奥の、女性教師の目がきらっと光りました。

校長先生は、その目を見て怖くなり、目をそらして生徒たちの方を見ました。生徒たちも、感情の無い、冷たく光る目で校長先生を見つめ返しました。

「わ、わかった、そうしてくれ」
「はい、承知いたしました。では次回からそういたしましょう」

女性教師がまたふふっと笑って、ひらりと白いミニスカートの裾をゆらしながら、立ち上がりました。その長い髪が風で揺れました。

校長先生は、自分がウサギとカメのお話の、カメになったように感じました。

「時代はもうそんなに進化していたのか...…。俺はもうウサギには、追いつけないのだろうか?」

そんなことないですよ校長先生、今からでも間に合います。校長先生も、チャットGPTの使い方を勉強して、アメリカナイズされたグローバルでコモンなバリューをトゥギャザーすればいいのです、と、空に浮かんだカメの顔が校長先生に語りかけましたが、その声はもう、頭をかかえてしまった校長先生には届きませんでした。

(おわり)

さっき、ふっと思いついたお話ですが、実はChatGPTを開発したオープンAI社が、日本に進出するとのニュースが先週報じられてましたね。よかったよかったw

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