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「大地」と著者パール・バックを語る 其の2・3

 パール・バックはキリスト教布教の為に派遣された宣教師の両親と共に,生後まもない時期から30数年に及ぶ年月を中国で過ごしました。
 後に夫となった、ジョン・ロッシング・バック博士の農業指導に同行し、南部から北部の一農村に移りましたが、彼の地でパールが目にしたのは苛烈な環境に身を置く農民の姿、そして怨嗟(えんさ)の声でした。
 この時の経験が、大河ドラマを思わせる壮大なスケールの作品「大地」の骨格となったのです。
           



 時は流れ、歳老いた王龍はかつて愛着を持って接した人々を追想しながら、自らも「土塊」となって大地に還ってゆきました。

 三人の息子達は父の遺した土地を元手に、それぞれ備わった性分と資質に応じて人生を充実させて行きますが、軍人になると言って出奔した三男の王三(ワンサン)は父が生まれ育った「土の家」だけを貰い受け、換金を望みます。

 すでに軍閥の部隊長となっていた王三は、名将といえどもひとたび権力を握れば、驕り昂り、快楽にふける将軍の姿に失望し、自ら率いる新しい組織づくりを立ち上げる計画をしていたのです。
 分配されたお金は武器の調達、兵士を養う元手として使われ、王三は覇権の夢に突き進んで行きます。

 領土獲得の初陣は山塞 (山中に築いた砦)をねじろにする、豹(パオ)将軍率いる匪賊の大集団の討伐でした。
 この地を治める老県知事と結託して討伐に成功した王三は、部下に対して戦勝の掠奪や強姦を固く禁じ、農民の支持と信頼を勝ち取って領地獲得の足掛かりとしました。

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 軍閥が匪賊と異なるのは思想を持っているという一言に尽きます。
 ただし農民を苦しめる地主の搾取、省政府役人の腐敗、頼りにならない正規軍への反発など、世の中を正すという革命の意義と目的が己の野望にすり替わる事もしばしばでした。どうかすると覇権の野望が見え隠れする軍閥同士の抗争は、決して農民に支持されていませんでした。
 戦いの度、踏み荒らされる田畑や略奪行為——農民にとって軍閥も匪賊と変わら無い集団でしか無いのです。

 この巻は主に、その風貌と剛毅な性格からー野獣の虎ー王虎(ワンフー)と呼ばれる様になった王三の戦記を中心に、精緻かつ大胆、そして陰惨極まる描写が展開しますが女性であるパールが想像や風聞だけを頼りに描いたとはとても思えません。

 パールが「大地」の執筆と並行して「水滸伝」を英訳していたという事実を知るに及んで、もしかしたら水滸伝の熾烈極まる戦いの描写からヒントを得ていたのではないかなと。また、彼女は「三国志」のファンでもあったそうですから充分推測できます。

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 身分が安定して後継を意識し始めた王虎は、捕虜として捉えた豹将軍の女を妻としますが、夜は情熱を示しながら密かに裏切りの陰謀を企らんでいた事を知ると、躊躇なく自ら手を下します。
 愛のしとねの上で——豹将軍から奪った名刀によって——生き絶えた女のへの愛着と後継の夢が潰えた悲しみに暮れる王虎ですが、心機一転、兄を頼りに二人の嫁を娶ります。やがて何人か生まれた子のうち、待望の男の子を授かります。

 王虎の夢はこの息子、淵(フェン)に託され、軍閥の跡取りとすべく本人の意思を無視して士官学校へ入学さることなります。


 大陸の風は南から北へと大きくうねり、中央政府打倒を掲げる南方の革命軍が北部軍閥の討伐に動き始めました。
 淵の在籍する士官学校が南軍に与して学生を鼓舞し、戦いに駆り立てている状況下から淵は逃亡して父を救うべく故郷に戻ります。
 息子の着衣から革命軍の一員であることを悟った王虎は震える手で刃を抜き、一方淵は軍服の上着を開いて若い胸を晒します。

「さあ,殺してください」
 生殺与奪の権利を持ってして、裏切り者には容赦なく刃を振り下ろしてきた父への批判を込めて迫りましたが、淵は父の息子に対する絶対的な愛の存在を確信していました。

 このくだりは、憎んでも憎みきれない肉親の情と、それにも増して溢れる親子の愛情が見事に描かれています。

 しかし相変わらず淵の中に父への「愛と憎悪」は交互して現れ、結婚の話に至ると再び分裂して家を出てしまいます。

 いつの世も、何処の国でも、子供の夢と希望は親のそれと相容れ無いものですが、世襲となると尚のこと事なとのでしょう。


 遠い親戚を頼って落ち着いた先で淵は三人の従兄弟と出会います。

 二番目の伯父の次男で文学青年の生(シュン)
 革命に身を投じる三男の猛(メン)
 愛らしく天真爛漫な女の子愛蘭(アイラン)

 革命の嵐に翻弄されながら、危険と遭遇しながら、各人各様来たるべき新しい未来へと羽ばたいて行きます。
 時代はいよいよ王龍(ワンロン)の子から孫世代へ………さて、どんな未来が待ち受けているでしょうか。

                           ~  第三部後半へ  ~
                                        





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