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嘘つきお姫様へのお仕置き

privatterから移してきたものです。


 とさり、と。まつりは仰向けに倒された。そして彼女を押し倒した本人がその上に覆い被さった。

「朋花ちゃん?」

 聖母は返事をせず、ただ薄い笑みを浮かべていた。まつりは右肘をついて起き上がろうとする。その動きは手首を掴まれたことで封じられた。まつりの右手にはフォークが握られ、先端にはたった今朋花に食べさせようとしていたマシュマロが刺されている。朋花の右手はまつりの髪を仰向けの状態に縛り付けていた。

「朋花ちゃ――」

「嘘つきなお姫様にはお仕置きが必要ですね~」

 まつりがもう一度意図を問おうとした瞬間、朋花も同時に口を開いた。聖母は押し倒したと同時に散らばったマシュマロのひとつ、丸いピンク色のものを唇に挟み、まつりの唇に押し付けた。柔らかなマシュマロと唇同士が押し合い、ふにゅんと形を変える。

「…………」

 まつりはそれを受け入れた。マシュマロが朋花の口元を離れ、まつりの口内に重力に引かれて滑り落ちた。一秒にも満たない一瞬だけ、ふたりの唇が重なった。

「……朋花ちゃんに食べさせて貰えるなんて、姫は幸せ者なのです」

 ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ後、まつりはそう言って笑みを作った。朋花は目を細め、再びマシュマロを唇で挟んだ。円筒形状の紫色のマシュマロ。まつりは何も言わず、ただ目を閉じて口を開き、それを受け入れる。去り際、一瞬だけ唇を交わすのを忘れずに。

「……ん」

 ふたつめも飲み込み、まつりは目を開いた。その瞳は潤んでいる。朋花はそれに何ら反応を見せることなく、淡々とみっつめを唇に挟む。まつりは受け入れる。一瞬だけ唇を交わす。

 ぽろり、と。まつりが瞬きをしたとき、目の端から涙が滴り落ちた。一滴、二滴。朋花はよっつめを唇に挟む。まつりは受け入れる。一瞬だけ唇を交わす。

 涙は今やひとすじの流れとなって、まつりの頬を滴り落ちていた。彼女の左手は朋花の背中を縋るように掴み、服にしわを作る。それでも彼女は次を待つように相手の瞳を覗いていた。

 朋花はそれからひとつ、ひとつ、丁寧に、それでも途中で止めることなくマシュマロを口移しし、一瞬のキスをし続けた。途中、まつりは嗚咽し始めた。泣きじゃくる子供のように顔をくしゃくしゃにして、目元を涙で赤くし、それでも止めさせるようなことはせず、ただ朋花のお仕置きを受け入れ続けた。

「ふふっ……頑張りましたね~、まつりさん」

 朋花はハート型のマシュマロを唇に挟んだ。それが最後のひとつだった。まつりの両手は朋花の背中に力いっぱい爪を立てている。いくら服越しとは言え、朋花の瑕疵ひとつ無い白くなめらかだった背中には、恐らく赤い爪痕が残っているだろう。痛みも当然あるはずである。それでも、彼女は最後のひとつまで、まつりにお仕置きを続けた。

 まつりは口を開いた。ハート型のマシュマロが口内に滑りこみ、唇が一瞬だけ交わされた。嗚咽しながら、彼女はそれを咀嚼し、喉の奥に飲み込んだ。

「……ひっく……おい、し……かった、のです……っ……」

 まつりは完全に泣いていた。泣きながらも、笑っていた。お仕置きと称して嫌いなものを食べさせられ続け、何も生み出さぬであろう行為の末に、笑ったのだ。彼女はこの瞬間も、嘘を貫き通しきったのだ。

「お仕置きによく耐えましたね~」

 朋花はまつりの涙を手で拭い、唇に何も挟まずに口付けた。それは"天空橋朋花"から"徳川まつりを演じきった少女"へのご褒美だった。まつりは朋花を強く抱き寄せ、深く舌を絡め合わせた。

 まつりの口内はとても甘かった。たとえ甘いものが好きな人でも、こんな状態になるまで食べたくはないだろうというほどに。それでも、まつりは嘘を貫き通した。そのことが本当に愛おしくてたまらなかった。

 これは、まつりさんの甘い嘘の味。朋花はそんな益体もないことを思った。同時に、愛しい嘘つきお姫様への気持ちがまたひとつ深まった気がした。

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