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『SANABI』という最高のゲームに混ざるチャプター3の工場という苦役。俺はチャプターサンナビを憎む復讐者となった

『SANABI』という最高のゲームをクリアした。

クリアした今ならはっきりと言えるが、自分が2023年にプレイしたなかでも最高位のランクに属するインディーゲームだと思える。ストーリー面だけでも、近年の自分が遊んだインディーゲームと比較しても上位に食い込むのは間違いない完成度だ。仕込まれた巧みな伏線と回収。真相に早く気付いたプレイヤーでも納得のいく展開。「ここは、こうきてほしい」と思ったところに、カチッと望んでいたものがハマる演出。ドット絵の動きで、ここまでしっかりと感情表現をわからせるのかと驚くほどに物語が練られている。


『SANABI』という最高のゲームである。

だが、完璧ではない。

世の感想は完璧だという論調で占められているが、決して完璧ではない。

シナリオ、演出。ハードボイルドでサイバーパンク、失ったものへの愛惜と罪悪感。奪いしものへの怒りが駆動力となる復讐劇。チェーンフックを駆使したワイヤーアクションで、縦横無尽に飛び回れる操作性。落下死が多く難易度を変更しても簡単にはクリアできないが、いつでもイージーからベテランまで選べる親切な難易度設定。途中で変更できなくなる縛りを設けた最高難易度・レジェンドだかレジェンダリー(選択時と確認時で違うので、どちらの表記が正解なのかはわからない)にすれば、一撃死のヒリついた緊張感も味わえる。ワイヤーアクションではあるが、オートエイムの性能も高い。

右スティックでスローにしながら狙いをつけなくても、オートエイムだけで立ち回れる

ジャンプしてワイヤーを投げるだけで、狙ったところにワイヤーを投げてくれる(くれないこともある)。オートだけじゃなく、右スティックで時間をスローにしてワイヤーを投げれば、さらに正確な移動が可能だ。

ワイヤーで敵をつかんでから離すか、終盤で覚える体当たりしか攻撃手段がなく、どこまでもワイヤーアクションに特化している。敵をロックしてワイヤーで攻撃するとき、障害物をすり抜けるように飛べるのも気持ちよい。ワイヤーアクションに特化したというよりも、ワイヤーアクションのためのステージの構造と、ワイヤーアクションのための敵配置になっている。

ストーリー、アクション、クリア後の満足感。

『SANABI』は最高のゲームである。

だが、決して完璧なゲームではない。

このゲームには2つの大きな弱点がある。1つは翻訳だ。

こんにちは、きいてない

序盤は多少の粗はあっても、まともだった翻訳が中盤で突然機械翻訳のようになり、誤字脱字も目立ち始めて没入感を削がれてしまう。逆に言えば、翻訳が駄目でも引き込まれる物語ではあるので、シナリオの出来を証明していることでもあるのだが、さすがにもったいない話だろう。

とはいえ、翻訳に関しては問題ない。ファンの協力によって、修正パッチが当たることが決定したからだ。日本語で遊んでもシリアスな空気を台無しにしないように、しっかりとした翻訳で楽しめる日が来るのは近い。そうであるならば、翻訳に関しては問題解決と言っていい。

もう1つの弱点は、ゲームの難易度調整である。正確には、一部のステージが難易度設定の意味を成していないため、アクションが苦手な人に「物語が素晴らしいから遊んで」とオススメするうえでのネックとなっている。

それが、チャプター3の工場ステージだ。

工場ステージには、ワイヤーアクションに実装されるとストレスが溜まる仕様のすべてが詰まっている。じつのところ、俺はワイヤーアクションが嫌いではない。むしろ好きな部類に入る。あのチョビヒゲの復活を阻止してからワイヤーの魅力に取りつかれ、いろいろと遊んできた。『海腹川背』や『ラスティッド・モス』など、インディーも含めて世にあるワイヤーアクションをある程度プレイしてきてはいるし、ワイヤーアクションとは基本的に難しいものだと思っている。それが良い。思ったとおりの場所には飛べないし、反動を利用して飛び上がる難しさは、ワイヤーアクション特有の操作感だ。

足場がなければないほど、ワイヤーアクションは輝く

足場のない場所を渡り歩くことにストレスが溜まるジャンルであり、同時に足場なき場所を渡り歩くことに快感を覚えるジャンルである。ワイヤーアクションは、安全地帯が少なければ少ないほど乗り越えたときの快感に繋がるのだ。しかし、当然ながらそれは難しく乗り越えられない人も出てくる。

『SANABI』においては、そこにいつでも変更可能な難易度調整を置くことで解決を図っていた。イージーならばダメージを受けても死なない。ご丁寧にダメージゾーンの反発を利用してゴリ押しできるようなステージまである。
難易度調整とは、苦手な人でもクリアできることに意義がある。イージーを用意するならば、そうでなくてはならない。それは基本的に機能している。

しかし、工場ステージだけは別なのだ。このチャプターには、イージーの難易度調整が意味を成さないギミックが多く用意されている。足場なき一発死。ワイヤーを伸ばしてつかんでいても、時間経過で切り替わってワイヤーを切ってしまうブロック。時間内に壁の後ろまで辿り着かないと、プレイヤーを即死させるレーザー。当てにくい爆弾をぶつけないと壊れないレーザー発射装置。制限時間に追われながら、プレイヤーとロボットを切り替えてトラップを解除していく仕掛け。同時に複数のギミックが登場し、ギリギリの制限時間とともに襲ってくる。しかも、なぜかやたらと長い。長く感じる。

同様の仕掛けは先のチャプターでも登場するが、プレイヤーが強化されていてリカバリーが効きやすい。爆弾の向きを調整せず体当たりで壊せる。

このあとのチャプターには落ちると即死する足場のない床もある。だが、時間制限のシビアさが合わさるチャプター3の凶悪さにはかなわない。事実ここを越してからは、難易度が急激に下がったような錯覚すら抱いたほどだ。

このチャプターの問題点は、イージーに難易度を変更しようとしても意味がない複合的な仕掛けが多いことである。もともと、穴に落ちる一発死は難易度と無関係に発生する。そこに時間制限が合わさったことで、イージーで遊ばざるを得ないプレイヤーにも、それ以上に難しい攻略が求められるのだ。

せっかく魅力的な物語なのに、ここで心折れた人がいても、それは仕方がないと思ってしまったほどに、このチャプターは意地悪な構造になっている。

クリアしてからやり直してみたが、やはりここのステージは意地悪だ。

「パパ、大切なのはやり遂げることじゃないの。チャプター3から逃げないことなの。チャプター3ナビで諦めないで。終点まで行くことが大切なの」

当時、チャプター3で詰まっていた俺の心に、娘の幻覚が語り掛けてきていた。ストーリーの先が気になって遊び続けていた俺は、このステージでバカみたいに爆発するロボットたちの脆さと、終わったと思ったらまだ続いていたレーザーとの鬼ごっこで心が摩耗寸前であったのだ。

そうだ、終点まで……やかましい俺は未婚じゃい! 俺の怒りのネオデータブレイドが幻覚に突き刺さる。サンナビがおもしろいと言われて遊び始めた喜びがストレスに置き換わり、溜まり続けるフラストレーションは最大値まで達しようとしていた。サンナビにゲンナリしてグンニャリする心がミシミシと音を立てる。ストーリーは気になるが、このステージ辺りから翻訳が怪しくなり始めるのも俺の気持ちを萎えさせていた。

このゲームは最高だが、俺にとって完璧ではないのだ。だが、ここで投げ出しては『SANABI』の結末が見られない。俺は歯ぎしりしながら立ち向かう。心が折れ、難易度をイージーに下げてみたが無意味な行為だった。ここは難易度調整うんぬんではない。確実に乗り越えなければならない壁なのだ。

ステージ3をプレイしている最中に出た、俺の言葉を抜粋しよう。

「戻しすぎだろうが!」「ロボットにも主人公と同じくらいの耐久度をつけろ」「この工場ステージのようなギミックステージを長めに作るものは、一生チャーリーとチョコレート工場に閉じ込める怪異を呼んできてくれ」「俺が生まれ変わったら、足場のないワイヤーアクションステージに足止めギミックと時間制限とワイヤー移動で引っ掛かる構造の角度と、操作キャラの切り替えを同時に組み合わせたギミックを用意するものを、永久に足場のない世界に住まわせる妖怪になる」「戻しすぎだろうが!」「爆弾でレーザーを壊す行為が楽しくないし、狙いにくい」「アップデートでチェックポイントが増えたって、これで?」「なんで時間制限がこんなにシビアなんだ」「戻しすぎだろうが!」「急に翻訳の質が落ち始めた」「ストーリーの伏線はわかったから、早く進みてえ」「戻しすぎだろうが!」「※♪◆※Θ※Д◇ж」

じつは、パッチが当たって正式リリース当初よりも難易度調整はされているのである。チェックポイントが増え、これでも戻される間隔は短くなった。しかし、難易度調整があまり意味を成していない問題点は解決していない。

工場には、ワイヤーアクションのお約束が詰まっている。落下すれば一撃死だ。時間制限ギミックをワイヤーで乗り越えていくのは、確かに楽しい。しかしながら、同時に良くないワイヤーアクションのお約束に甘えている。何よりも、このギミックがとくにおもしろいわけではない。数回で充分だ。

乗り越えたあとには一気に話が進む

ストーリー的にも、チャプター3は足止めされるような内容で、ここを越えると熱い展開が待っている。ボス戦も楽しく、終盤からエンディングまで怒涛の展開で引っ張ってくれるので、遊んで良かったと思えるはずだ。

だが、工場がある。

故に『SANABI』は完璧なゲームではない。

工場というワイヤーアクションのお約束ステージが、上質な料理であるはずの『SANABI』に対して少々のスパイスを加え、苦味を与えてしまっている。それを低難度を選ぶ人にも押し付ける形になってしまっている。高難度を楽しむよりも、ストレスを感じさせやすい構造になってしまっている。それこそが、完璧になりきれぬ弱点でもあるのだ。正直、突破した爽快感よりもこのステージのギミックを越えたときには、多少の不快感が勝ってしまった。

だが、しかし。それでも。

それが『SANABI』という最高のゲームを傷つけるまでには至らない。

なぜなら、それを補って余りあるほどに、ほかが素晴らしいからだ。そうだ。『SANABI』には、最後まで体験すべきストーリーと、爽快感のあるゲームプレイ。使いやすいワイヤーアクションが用意されている。

工場のような多少の瑕疵があったとしても、最高のゲームなのである。

そして、ゲームとは完璧であるから面白いとは限らない。何もかも順調に進んでしまうと、それはゲームではなく予定調和だ。予定調和は安心感を与えるが心を動かしにくい。人は、未知なる困難を乗り越えることに快感を覚える生き物だからだ。本当にすべてが満点なゲームは、きっと100点にはならない。UIが気になる。アクションのここがイヤ。ストーリーのとある部分が気に入らない。何かしらの不満点がありながらも、それを越える楽しさがあるゲームであれば、不満点はすべて塗り潰されてしまう。そうなるものが最高のゲームだと俺は思う。だから、『SANABI』は最高のゲームなのである。

チャプター3の工場は、乗り越えるまでにイラつかせるストレス部分だ。逆に言えば、乗り越えたときの快感は大きく、クリア後にやり直して上達したことを実感したときの喜びも大きい。クリアできてしまえば、あとからやり直しても意外とサクサク進められたりもする。ギミック自体は単純だ。

それはそれとして、同じようなイラつくギミックが多く、かつ長すぎたのは欠点ではある。だが、その欠点すらも覆い隠すほどにストーリーで引っ張ってくれるし、工場を越えると難易度曲線もまた戻る。なんだったんだ工場。

人に勧めるとき、このチャプター3で心が折れてしまっても仕方がないと思えるし、それを乗り越えて物語を見てくれと言い切るには、やはり苛烈な難易度調整であると言わざるを得ない。たたでさえイージーでも苦戦するような人ならば、落下死だってよくあるだろう。そこにシビアな時間制限まで加わり、かつ一定の周期で足場が消えるような仕掛けもあり、同時操作まであるときては、難易度を変更してもギブアップする人は出るかもしれない。魅力的な物語で引っ張るにしても、そこまで辿り着けない人もいるだろう。

工場を乗り越えて先に進むと、発射装置も体当たりで壊せるようになって同じギミックでも難易度は下がる。チャプター3の難易度だけが急激に上昇しているし、また正常に下がっているように感じられた。終盤も一撃死や落下死はあるが、難易度を下げればダメージ床を使ったごり押しもやりやすい。一部イラつく足場なきエリアはあるが、それこそがワイヤーアクションでもある。難易度調整としては機能していると言えるだろう。むしろ、チャプター3と同じようなギミックでさえも、工場よりは優しめに感じるくらいだ。

あまりにも理不尽に難しいとなると、ストレスのほうが勝ってしまうかもしれない。苦労の末に乗り越える快感はあるのだが、工場に関しては、ちょいとばかりやり過ぎだと思えた。もっとも、これはあくまでも「万人に勧める場合」である。多少の苦労をしても先が気になる人や、プレイしてみたら思ったよりも簡単だと思う人もいるかもしれない。それは、遊んでみないとわからないだろう。チャプター3以降も難しいギミックはあるが、時間制限と落下死の組み合わせはワイヤーアクションの良くない面である。だが、なぜかそこまで酷く感じられなかったのは、やはり工場が印象深いからだろう。

工場は中盤の山場であり、ストーリーもあまり進んでいると感じられない。さらに、難しいギミックが合わさったことで印象に残ったのかもしれない。

『SANABI』という最高のゲームがある。

だが、完璧なゲームではない。

しかし、『SANABI』という最高のゲームなのだ。

物語を最後まで見れば、その理由がわかるだろう。

だから、工場で心折れている場合ではない。

苦難を乗り越え、サンナビを追え。
その価値は、確実にある。

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