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不安な毎日なので『ドラゴンズドグマ』を始めたが、厳しいご時世だよな……

『ドラゴンズドグマ』を遊んでいる。

今のカプコンは新作を出せば旧作も定期的に売れるという方針らしく、旧作が定期的に50%以上のセールで販売されることが多い。自分は、すでにほとんどのタイトルを持っているとはいえ、ユーザーにはありがたい話だ。

『ドラゴンズドグマ:ダークアリズン』も、定期的にセールされる作品の1つである。2024年の3月22日に続編が出ることもあり、さらなる新規ユーザーを呼びたいと考えると、今後も何かあるたびにセールされるだろう。

自分もSwitch版を500円くらいのセール期間中に購入した。これを書いている今はやっていないようだが、2023年の12月11日までPS Storeで、12月13日までSteamのほうでもセールしているようだ。Xboxでも売っているし、とにかく、どこかのストアを探せば安い値段で買えることが多い。定価で見かけるほうが珍しいくらいのタイトルになっている。

むしろ、未だに定価で売っているパッケージ版の値段を見て驚くくらいには500円くらいで買える旧作RPGという印象があるが、作品自体は今でも色褪せていない。値段が安いこともあり、セールのたびに買っている人がいるのは、ストアのランキングを見ても定期的に名前が入ってくるのでわかる。

もともとは2012年のRPGだが、当時のオープンワールド・アクションRPGとして考えてもよくできている。むしろ、2012年の作品とは思えないほど、キャラメイクで作られた汎用のNPCたちと冒険しても共闘感が出ている。

わいわい

NPCとして雇えるポーンは「感情が薄い」という設定があり、これはきっと会話の不自然さを誤魔化すための設定だと思われるが、道中の会話が頻繁に挟まるので、自分だけの仲間感や個性が感じられて良い。同じ場所で決まったセリフを言うこともあるが、この設定によって不自然さは軽減されているし、仲間という感じもする。1人プレイだがさびしくない。

敵によじのぼって弱点を攻撃するゲーム性も、巨大モンスターと戦う臨場感が味わえてよい。アクションに関しては、流石のカプコンである。

でかい

自分のところには、なぜかやたらとセクシーなへそ出しのオッサンばかりが訪ねてくる。適当に雇っていたら、ストライダーというよりも股間の設定をスライダーで最高にしたようなセクシーなオッサンを雇ってしまった。残念ながら股間をいじるスライダーなんてこのゲームにはないのだが。遊んでいる最中も、ずっとオッサンの股間が目に入ってしまって集中できない。

せくしー

しかし、この開放感がうらやましくもあった。自分のパーティは、オッサン以外があまりにも普通なのだ。だんだんオッサンに申し訳ないような気持ちになり、別のアカウントでセクシータイプの主人公も作ってみた。まだ道半ばなので完全なセクシーではないが、ゲームに慣れたらセクシー4人組で冒険するつもりだ。ストライダー4人でバランスがとれるのかは知らない。

おれ

そんな感じでセクシー仲間たちと冒険を続けていたのが、1つ気になることがあった。汎用のセリフとはいえ、仲間たちは割と個性的なのだ。しかし、それに反して、どうも一般のNPCが同じことばかり言っている気がする。どうやらこのゲーム、NPCの台詞パターンはあまり多くないようだ。

厳しいご時世かな
厳しいご時世かもしれない
厳しいご時世です

とにかくどこへ行っても、兵士たちは厳しいご時世を嘆いている。ドラゴンやモンスターが飛び交う世界なので、仕方がないことなのかもしれない。

クリア済みだった人にも聞いてみたのだが、やはりどこまで行っても厳しいご時世だと嘆く人は出るらしい。この世界は、いつまでも厳しいのだ。

「厳しいご時世だよな……」
「それ頭に残るくらい聞くよ」
「町の人の反応が、イベントキャラ以外辛辣じゃない?」
「だって、そりゃいきなり話しかけられたって話題はないでしょ。総理大臣が変わったって、自分の生活がいきなり変わるわけじゃないし」
「そうか。たしかに世界を救っても、すぐにご時世が変わるわけないか」

厳しいご時世なのは仕方ないことなのか。

そう
なるほど
たしかに

町の人たちは、よく不安を抱いていた。街道だろうと大都会だろうと変わらない。生きることは不安を抱えることなのだ。たしかに、我々も生きているだけで不安な毎日だ。将来の生活、健康、政治。不安だらけの毎日さ。

「不安だらけの毎日さ」
「厳しいご時世だよな……」

自分の中でドラゴンズドグマ構文がブームになってしまったため、最近はよく使っているのだが、スクリーンショットもこの台詞ばかりになっている。

そんなある日、町の人にも「プレゼント」ができることに気が付いた。話しかけた後、プレゼントコマンドが出ているじゃないか。これで贈り物をしまくれば、彼らの不安は解消されるのではないか。俺は大喜びで持っているアイテムを渡しに行った。花やそこら辺で拾った誰かの頭蓋骨など、とにかく手当たり次第に渡してみる。喜んでもらえるだろう。なんでも渡した。

冷たい

反応は冷たかった。それでも諦めずに渡そう……として、間違えて弱攻撃をしてしまう。プレゼントコマンドと、会話していないときの弱攻撃ボタンが同じだったことを忘れていたのだ。ああ、犯罪者になってしまった。

投獄されてしまった。

不可抗力である。

操作を間違えて牢屋に入れられるのは、はじめて『オブリビオン』を遊んだとき以来だ。まだオープンワールドに慣れていなくて、店員を切りつけてしまったのを覚えている。なんだか懐かしい気持ちになった。これもオープンワールドあるあるだろう。俺はただ、花をあげたかっただけなのに……。

それでも俺は諦めなかった。ゲームの住人だからと言って、厳しいご時世だからと世を嘆いているなんてかわいそうじゃないか。

だから、俺は厳しいご時世だと嘆く人を担ぎあげて走り出した。彼に幸せな気持ちを思い出してもらうために、とにかく冒険に連れて行ってあげたかったのだ。嫌がっているようだが、一緒に旅をすればそのうち和解できる。俺が運んでいるのは、厳しいご時世そのものだ。優しいご時世に変えたい。

システムメッセージが警告を発しているが、俺は善意で担いでいるのだ。

何度も暴れては降りて抗議してくるが、相手は走って逃げ出すほど怒っているわけではないようだ。つまり、俺をそこまで嫌がってはいないはず。

そうだ、海を見るのはどうだろう。

俺は海岸まで厳しいご時世を連れて行った。ゲームだって海は美しい。だからきっと、海を見ているうちに「優しいご時世だな」と考えをあらためてくれるかもしれない。いや、あらためなくてもいいのだ。場所を変えれば、気分だって変わる。この人だって、何か違う台詞を言うかもしれない。

思わずスクショしてしまったが、ゲームの中の俺も驚いているようだ

そう思って海岸に厳しいご時世をおろそうとしたのだが、手がすべって海に投げ込んでしまった。海の中に広がる血。

俺は、その時、自らが犯した過ちを知った。

このゲームは、海に入っただけで死んでしまうのだ。それは俺もそうだし、NPCですら例外ではなかった。てっきり降ろしたあとに海岸へ立ち、猛抗議してくれるとばかり思っていた俺は、一瞬のうちに波へさらわれた厳しいご時世の血の跡を見て、深く後悔した。1人1人の不安を解消できると思うなんて傲慢だったのだ。俺がやるべきことは、ドラゴンの討伐だったのに。

ゲームが提示する目的通り、クエストをこなすことだったのに。

厳しいご時世だよな……。

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