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加藤秀俊『ホノルルの街かどから』②マンゴ、食べ物、ポットラック、授業、コミュニティ・スクール、学園祭、夏休み

5月のなかばすぎからマンゴの実が熟して、食べごろになる。実が青いうちは葉の色と同じで目立たないが、だんだんとオレンジ色になり、最後にリンゴのような赤い色になると壮観だ。1本の木で300個、400個はザラなので、庭にマンゴが2、3本あると食べきれない。

そこで食べきれない分は、まず人にあげる。うちの庭にはマンゴがないので、お隣のおばあさん、研究所の友人、妻の学校の友人からマンゴをいただいた。冷蔵庫はマンゴであふれている。研究所の片隅にもマンゴが山積。自宅にマンゴをもっている人たちの間でも品種がちがうマンゴを交換して風味を賞でる。

しかし、少なからぬ部分のマンゴは木から落ちるに任せるほかはない。うちの近所に道路におおいかぶさるほどのマンゴの木があり、毎日の様に熟した果実が落ちるので、道路の表面は黄色に彩られていて、鳥たちがついばんでいる。大学生や高校生は、落ちているマンゴを食べて昼食代を節約しているそうだ。

5月のなかばすぎからマンゴの実が熟して、食べごろになる。

「おかず屋」は和洋折衷の小食堂。ステンレスの器の中に数種類の「おかず」=日本の標準的な家庭料理が入っている。お客は、好みのものを指さし、1枚のお皿に盛りつけてもらう。醤油味が濃い。明治時代に日本の農村から来た移民たちが運んできた味にちがいない。

サイミンは、ラーメンに近いが、味つけは海産物のダシを基本にしている。それにチャーシューがふた切れ、青ネギの刻んだものがのっかっている。ハワイに来た日系移民と中国系移民の食事文化が合体した折衷食品。みんな割箸をもって器用にすすっている。これが現代ハワイの味の一典型なのかもしれない。

ホノルルで食品を買うのはおもしろい。いろんな文化を背負った人たちが雑居しているので、いろんな食べ物がある。ポリネシアのイモ類、タロをつぶしたポイのびん詰め、ポルトガルのオリーブ油のきいた食べ物、各種のお茶と醤油、ボタ餅、豆腐、キムチ。常識では考えられない料理の組合せ実験が可能だ。

サイミン

どこかの家庭でのパーティに招かれたら、こちらからもお招きするのが一般的なご返礼だ。ご馳走になりっぱなしだと、だんだんうとんじられていく。それが人間のつきあいというもの。しかし、人を本格的に招くには、準備のための時間と労力と出費がバカにならない。

そこで、お互い、義理の感情を残さないパーティの方法が工夫された。POTLUCK、持ち寄りパーティだ。場所は、誰かの家を借りる。海岸の砂浜、公園の芝生を利用してもいい。場所と時間を決め、持っていくものを分担する。この方法だと、出費も分散し負担も皆無。主人と客という堅苦しさから解放される。

私の勤める研究所では、掲示板に日時が発表されると、参加者は掲示板の下に名前と持ち寄る物を書き込む。私の家でのPOTLUCKには60人が集まった。各家庭の主婦の得意料理30種が並び、飲物の瓶も林立。昔アルバイトでバーテンダーをやっていた人がカクテルを作る。全ての人が参加の歓びを分かちあえる。

POTLUCK

学校から帰ってきた息子が「ごほうびもらったよ!」と小さなプラスチック製のオモチャを見せてくれた。「算数の時間に、一番早く百点を採れた子にこれをあげる、って先生が持ってきたんだよ」。彼は得意だ。私は、オモチャを賞品にした授業という習慣にびっくり。

娘の作文。「音楽の時間が楽しみ。肩の下まで髪をのばしてジーパンとシャツを着た若い男の先生がロックのレコードをかけます。“授業中は何も食べてはいけない”と言いながら、ピアノの裏に隠してあるキャンデーをみんなに配って、“校長先生に言いつけたら殺すぞ”なんて冗談を言います。友達のようです」

大学でも、椅子があるのに床にあぐらをかいて話をきいている学生や、紙コップに入れたコーヒーを飲んでいる学生もいる。大学院のセミナーは、先生の自宅でビールを飲みながら行われたりもする。小学校から大学まで、威儀を正して学問という形式主義は欠落しているようなのだが、実はよく勉強している。

小学校の教室風景

息子は小学校に通い、娘は中学、私は大学の研究室に勤務ということになると、取り残されるのは主婦だ。私の妻は、学校に通って勉強したいと言い始めた。そんなある日、ハワイ州のコミュニティ・スクールの新学期生徒募集という1ページの新聞広告が目についた。

コミュニティ・スクールは、州の教育局が実施する成人教育の学校で、ホノルルには10以上の教室がある。妻は家の近くの教室で案内書を入手。語学、歴史、料理教室、自動車修理などいろんなコースがあり、1、2の特殊コースを除いて授業は無料。しかし、授業の9割が夜学。午前中の授業は極めて少ない。

妻は、毎週月・水の午前9時~12時、近くの図書館で開催される「高校英文法」に決めた。通学し始めると、面白い人たちと知り合いになった。高校教育を受けられなかったアメリカ人。土着のハワイ人。フランス、インド、韓国から来た主婦。10時半の休憩時間には隣りのドーナッツ店で、おしゃべりをする。

English Language Learner Classes at McKinley Community School for Adults

4月中旬の週末、娘の学校の学園祭が行われる。中学生と高校生が力を合わせて、幼稚園児や小学生のための「子供祭り」を開催するのが恒例。学園祭に先立つ3週間は、切符売りが主な仕事。切符は1枚25セントで、ゲームや演劇や遊びなど子供むけ催しに参加できる。

生徒一人20ドル分の割当があり、娘は「近所の人たちに買ってもらう」と言って、自転車で戸別訪問を始めた。成績はなかなかよろしいのである。小さな子供のいる家ではまとまって買ってくれた。庭先で遊んでいる子供たちは、お母さんの所に連れていってくれたり、買ってくれそうな家を紹介してくれたり。

祭り当日、学校の中庭の芝生には屋台や模擬店が出て、小さな子供たちでにぎわっている。5~10枚の切符はすぐに使ってしまう。驚いたのはバザーで、古着と古道具のガラクタ市なのだが、ちゃんと買手がつく。学園祭が終わって決算報告が来た。1万ドルの売上げがあり、収益は社会福祉施設に寄附された。

学園祭には簡易模擬店が出る

ハワイの小・中学校の学年は9月(近年は8月上旬)に始まり、翌年の6月(5月下旬)に終わり、その3カ月間(2カ月半)、学校は休業。ハワイだけでなくアメリカは学校の休みが多い。そこで、長い夏休みを子供たちにどう過ごさせるかが、親たちの重大な関心事となる。

夏休み中の子供たちの行事には事欠かない。キャンプ、スポーツレッスン、縫物教室などをYMCAや各種地域団体が企画する。いくつかの学校は夏季学校を開設する。授業は選択制で、上の子はクラフトとタイプ、下の子は美術と数学を選んだ。6月第2週から、朝8時から正午まで4時間の授業が始まった。

昼に迎えに行くと、何百人もの子供たちが陽光のもと、嬉々として楽しそうだ。しかし、一見あそんでいるようにみえて、先生たちは子供たちを評価している。テストもあるし、その成績は後に残る。夏季学校は、決して気楽なものではない。気楽ということと、楽しいということは、まったく違うものなのだ。

子どもたちが描いたハワイの魚たち

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