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何かしらものの本質に近づくときは、「核心に迫る」という。余計なモノを取り払って大事な部分だけを残した先に真の姿が現れる。

今回の「核」は英語で「kernel」の方で、「柿の種」のような「中心」をもつようなものを絵としてイメージすることがある。中心に据えるということは、やはり「大事なもの」という心の表れであろう。

そのような、自然に大事であると意識にのぼるような対象を示す言葉が「核」というのであれば、今回定義しようとする準同型の核というものが、自然に意識の向かうべき重要な対象となることを提示しなくては、言葉としてふさわしくないだろう。

このことを踏まえて、ここでは準同型を知る手がかりとしては「核心部分」に相当するということで話を持って行こうと思う。

今回は、核の定義が生まれた後、核の2つの例と、群の場合の核を調べよう。また、群論等の流れで定義される「核」との関係について少し考えてみよう。

1.状況確認

今、2つの同じような代数系A,Bの間に準同型写像fがある。
 f:A→B

まずfを写像という条件だけでA上の関係~:
 x~y ⇔ f(x)=f(y)
を定義することで、これがA上の同値関係となり、同値関係~によるAの分割が引き起こされた:

そして引き起こされた商集合A/~上にもAと同じような代数系が引き起こされた。これは自然な全射
 π:A→A/~
   a↦a/~ (aの~による同値類)
が準同型となるようにA/~上に各演算が定められた。

一方でfが準同型という条件を使って同値関係~がA上のすべての演算と両立し(つまり合同関係であり)、準同型定理がいえた。つまり単射準同型
 g:A/~→B
で、
 f=g◦π
となるようなものが一意的に存在したのだった。従って特にA/~とfの像f(A)とが同型対応する:
 A/~ ≅ f(A)
(f(A)がBの部分代数であることもfが準同型であることから従う。)

ところで、準同型fのAからBへ写すことは、一般にはAの演算構造を保ちながら、もともとAにあった情報を幾分落とすことになる訳だが、このfが引き起こす合同関係~が、どれくらい情報が落ちるかを教えてくれる。

完全に情報が落ちないのであれば、それはfが1:1で写す単射準同型であり、単射準同型fが引き起こす合同関係~とは等号関係に他ならない。その場合はAの情報をfによってBへ「そのまま移植」していることを意味する。

また、fが全部つぶす(ある1点だけに写像する)のであれば、準同型fが引き起こす合同関係~とは、任意の2元が関係を持ち、従って関係はA全体に広がる。例えば群と群の間の準同型でいえば、任意の元を単位元へ写す準同型fがこの例になる。

fがそのような極端な場合でないにしても、適度につぶす様子は、A上の分割がどんなものか眺めることに相当している。

2.核の定義

従って、準同型fが引き起こす合同関係~は、fで写すときに演算構造を保ちながらAの情報の落ちる様子を知る重要な手がかりであり、fの情報がここに詰まっている。

そこでこれをfの核(kernel)といい、記号でKer(f)と書こう:
 Ker(f)={(x,y)∈A×A|f(x)=f(y)}

fの核Ker(f)はA×Aの部分集合であることに注意しよう。

3.同値関係の図形的イメージ

ここで、一般にA上の同値関係をA×Aの部分集合とみたときの「図形」をイメージしてみよう。つまり、直積A×Aを縦軸および横軸にAの元を一列並べて座標としたときの「グラフ」をイメージする。そこにAの2元が同値関係で結ばれているとき、そのグラフ上にこの2元の組が表す点をプロットする。

反射律を満たすことは、対角線
 Δ={(x,x)∈A×A}
を含むことを意味する。

対称律を満たすことは、対角線Δに対して対称となることを意味する:
 (x,y)がプロットされる ⇔ (y,x)がプロットされる

最後に、さらにこれらに加えて推移律を満たすということは、Aの元をうまく並び替えられるときはΔの一部分を対角線とする正方形((a、a)の形をした1点のみも正方形に含む)がいくつか表れ、それらは互いに交わりがなく対角線Δに沿って並ぶことを意味する。

4.単射・定値の核

さて、「核」は当然ながら準同型fに応じて「図形」が変わる。まず2つの極端なfの例で見てみよう。なお、
 ∇=A×A
とおき、これを全平面と呼ぼう。

【命題1】
準同型f:A→Bについて、
(1)fが単射 ⇔ Ker(f)=Δ (対角線)
(2)fが定値 ⇔ Ker(f)=∇ (全平面)

【証明】
(1)  fが単射 
   ⇔ 「任意の(x,y)∈A×Aについて、
      ”f(x)=f(y) ⇒ x=y”」
   ⇔ Ker(f)⊂Δ
   ⇔ Ker(f)=Δ
(2)  fが定値
   ⇔ 「任意の(x,y)∈A×Aについて、f(x)=f(y)」
   ⇔ Ker(f)⊃∇
   ⇔ Ker(f)=∇

5.群準同型の核

次に、代数系Aが群の場合にみてみよう。

これについては、以下の記事『同値関係と両立する写像(6)』で既に一度確認していて、G上の合同関係全体とGの正規部分群全体との間に、1:1対応があった: 
    {G上の合同関係} ↔ {Gの正規部分群}
        ~     ↔    H 

従って、任意の群準同型fを持ってきたときに、fの核、即ちfが引き起こす合同関係に対応したGの正規部分群、即ち単位元1の同値類がある:
 {G上の合同関係} ↔ {Gの正規部分群}
    Ker(f)    ↔    1/Ker(f) 

ところで、1/Ker(f)とは、Ker(f)による単位元1の同値類であり、単位元1は単位元1に写されるからfによる単位元1の引き戻し
 f’(1)={x∈G|f(x)=1}
  ※写像のインバースの記号を「’」で代用した
に他ならない:
 1/Ker(f)=f’(1)

よって、Ker(f)による合同関係と、正規部分群f’(1)の定める合同関係~:
 x~y ⇔ f’(1)x=f’(1)y
とが同一の合同関係を定めることがわかった。

6.核の定義について

群論の流れで考える際は、
 Ker(f)=f’(1)
とおく。この場合のKer(f)はGの部分集合であることに注意しよう。

群論の中で「群準同型fの核」を定義するときは上記の式で定義することが通説である。上の考察から、通説の方の定義から見れば我々の核は、正規部分群を合同関係でとらえ直した意味で拡張した概念となっている。

なお環やR加群の核についても同様である。環やR加群の場合は加法の単位元0を基準に使う。それは加法には逆元を取る操作があるからである。また、体では0の逆元がないから、乗法の単位元1ではなく加法の単位元0を基準に取った核になる。ただし実際は体の間の準同型は単射しかなく、従って核は常に対角線Δである。

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