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【分解する物語(補足1)】既約元分解可能だが約鎖条件を満たさない例

可換な単位的半群Rに約鎖条件を考えたことで既約元分解可能となることを、第6回で考察した。そこではその逆が成り立つかどうか筆者の中ではまだ完成していなかった。今回反例を一つ見つけたと思われるので補足という位置づけで考察を追加しよう(注意1)。なお物語の向かうところには影響なくて、単に論理的関心である。

以下の命題は必ずしも成り立たない:

 簡約条件を満たす可換な単位的半群Rで、
 (Ⅱ’)既約元分解可能 ⇒ (Ⅱ)約鎖条件

その反例を示そう。

※注意1:参考にしたのはWikipediaで見かけた以下の記事であるが直接は使えない。そこでは定数項のみ整数で、1次以上の項は有理数係数の多項式環であった。このままの例では単項式Xが既約元とならず、Xは可約にも関わらず既約元分解されない。しかし無限の約鎖が得られるというのは面白かった。そこで1次までを整数係数に変更し、単項式Xが既約元となるところで考察した。

1.Rの定義

有理数係数の多項式全体が成す多項式環ℚ[X]の部分環Rを次のように定める(注意1):
 R=ℤ+ℤX+ℚX^2+ℚX^3+ℚX^4+・・・
 (定数項と1次の項は整数係数、2次以上は有理数係数の多項式の全体)

以下では単に多項式といえばRの元で考えている。特にRの乗法に関して、可換な単位的半群となる。単位元は1、零元は0、可逆元は1のみである。また、以下の(Ⅰ)簡約条件も満たす。

(Ⅰ)簡約条件
 f,g,hが多項式のとき、
 f≠0,fg=fh ⇒ g=h
は満たす。

これは、ℚ[X]が整域であるから特にRも整域であることから従う。(注意2)

※注意1:一般に、集合Rに加法および乗法の2項演算が定義されていて、Rは加法に関して可換群、乗法に関して単位的半群、加法に対する乗法の分配法則が成り立つ代数系を環という。環でさらに乗法が可換であれば可換環という。1変数多項式環とは、1つの文字を変数とした多項式全体が成す集合Rに、加法と乗法が次のように定められている:
・加法の定義:
 各次数nに対してn次の係数を、それぞれのn次の係数の和で定め、これらをすべてのn≧0にわたって和を取る。
・乗法の定義:
 各次数nに対してn次の係数を、それぞれの係数の積を次数の和がnとなる項にわたって和を取り、これらをすべてのn≧0にわたって和を取る。

※注意2:可換環Rが零因子を持たないとき、即ち、
 a,b∈R,ab=0 ⇒ a=0 または b=0
が成り立つときにRを整域(せいいき)という。
Rが整域であれば、
 xa=xb ⇒ xa-xb=x(aーb)=0
       ⇒ x=0 または a-b=0
であるから、x≠0であれば
       ⇒ a=b
となる。よって、Rは簡約条件を満たす。

2.Rが既約元分解可能であること

まず既約元が何か。多項式の0次と1次については
 p:±素数 ⇔ pは既約元
 aX+b:gcd(a,b)=1 ⇔ aX+b:既約元
ということはすぐにわかる。

ただし、整数a,b(ともに0は除く)についてaとbの最大公約数(greatest common divisor)を
 gcd(a,b)
で表す。特に最大公約数は正の数としておく。

さて多項式f∈R,f≠0,1は既約元分解されることを示す。
 f=gh (g,h∈R)
とする。

今、Rは特に整域上の多項式環であるから、
 fの次数=gの次数+hの次数
が成り立つ。ただし、一般に多項式の次数とは、その多項式に現れる項の次数の最大値とする。

次数に関する帰納法で証明する。まずfが0次なら素因数分解そのものであるからよい。また1次なら既約元は上の通りであるから、
 c=gcd(a,b)
としてc=1ならそれでよい。c>1なら、
 f=±ch
で、hは上の事から既約元。よってcの素因数分解とhの既約元からfは既約元分解される。

fの次数をn≧2とし、n次より小さい次数の多項式の場合は既約元分解されるとする。fが既約ならそれでよい。また、gまたはhの次数がnより真に小さいなら帰納法の仮定によってそれでよい。

gの次数とhの次数の組み合わせが(n,0)または(0,n)とする。積は可換だからどちらかだけ、例えば(0,n)の場合を考えればよい。これはfが
 f=(定数項)×(n次式)
となっている。今、
 f=a+bX+(2次以上の式)
とおくとき、a,bは整数、2次以上は有理数係数である。

a≠0,b≠0の場合:
 gcd(a,b)=1のとき、
  gの次数0よりg=±1だからfは既約元である。
 gcd(a,b)=c>1のとき、
  g=±cで、hは0次と1次の係数の最大公約数が1となる。
  そしてhは上のことから既約元である。よって、
   f=±ch
  で、±cは既約元分解でき、hは既約元だからfは既約元分解される。

a=0の場合:
 f=bX+(2次以上の式)
であるから、X|fとなって、gの仮定(次数0)に反する。

a≠0,b=0の場合:
 a=1のとき、
   f=1+(2次以上の式)
  で、gの次数0よりg=±1だからfは既約元となる。
 a≠1なら、g=±aで、hは
  h=1+(2次以上の式)
 となる。これは上により既約元である。よって、fは
  f=±ah
 で、±aは既約元分解され、hは既約元だからfは既約元分解される。

3.Rが約鎖条件を満たさないこと

Rの多項式X^2は
 X^2=X・X
だから可約元で、このように既約元分解される。

一方、
 X^2=(X^2 /2)・2
だから、 
 X^2 /2|X^2

以下同様にして、
 ・・・|X^2 /8|X^2 /4|X^2 /2|X^2
という無限の約鎖を持ち、従って約鎖条件を満たさない。

4.まとめ

簡約条件を満たす可換な単位的半群について、
 (Ⅱ’)既約元分解可能 ⇒ (Ⅱ)約鎖条件
は必ずしも成り立たない。(この逆は常に成り立つ)

従って(Ⅱ’)既約元分解条件を得るには(Ⅱ)約鎖条件は少し強い条件に見える。

しかしながら、
   (Ⅱ’)既約元分解可能 かつ (Ⅲ)素元条件 
 ⇔ (Ⅱ)約鎖条件 かつ (Ⅲ)素元条件
は成り立つことを第7回で予定している。

つまり(Ⅲ)素元条件というものが付帯されれば両者は等価となるくらいの近さはある。


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