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【分解する物語(5)】既約元

自然数を積の形に分解し続けていくと、これ以上分解できない究極的な自然数に行きつく。その要素とは素数であった。

一般の可換な単位的半群でも素数に相当する「究極的なもの」を定義しよう。ただし、その”究極的なもの”が確実に存在するかどうかは、まだ保証されていない。素因数分解のように究極的なものに分解できたときのために、先に定義だけしておこうというのである。それを既約元という。

そのあと、具体的な数学的対象の中で既約元を拾い上げてみよう。

1.自明な約元、真の約元の定義

素数は1以外の、1と自分自身を除いて約数を持たない自然数であった。

素数の定義に「1と自分自身を除いて」とあるのは、1は可逆元だから無駄な分解要素であるし、また自分自身で分解しても、分解したもう片方の数は1となるので結局1で分解したことと同じである。そして可逆元による分解は前回見た通り、分解が整除関係”|”の意味で「進まない」からそもそも考えないのだった。

Rを簡約条件をみたす可換な単位的半群で、1をその単位元とする。素数を一般のRの場合に拡張するために、まず簡単な用語を決めておこう。以下は元といえば、Rの元とする。

どんな元も、1や自分自身と同伴な元を約元にする。(証明は易しい。)これを自明な約元(じめいなやくげん)という。この言い方を使えば、自明でない約元とは、自明な約元ではない元を意味する。

また、自明でない約元のことを真の約元(しんのやくげん)という。

2.既約元の定義

次に、零元0でも可逆元でもない元が真の約元を持たないとき既約元(きやくげん)といわれる。

 p≠0,p~1でない元pについて、
    pが既約元である。
  ⇔ pは真の約元をもたない。
  ⇔ pは1または自分自身と同伴な元以外に約元をもたない。
  ⇔ 「p=ab ⇒ a~1 または a~p」

なお、最後の同値な条件において、p=abのときの元bの方は
 b~p または b~1
となることが自動的に従う。

実際、既約元pが
 p=ab
とする。
a~1の場合、aは可逆元である。よって、aの逆元をa’とすれば、
 b=a’p
であるからb~pとなる。
またa~pの場合、aはpの可逆元倍であるから、可逆元uが存在して
 a=up
と書かれる。そうすれば
 p=ab
  =(up)b
  =(pu)b   (∵乗法の交換法則)
  =p(ub)   (∵乗法の結合法則)
となる。ここに簡約条件を適用すれば 
 1=ub
を得る。これはbが可逆元であることを意味している。

ではこの定義をもとにして、既約元を具体的に調べてみよう。

3.例:(N,×)の既約元=素数

Nを自然数の集合
 N={1,2,3,・・・}
とおくとき、可換な単位的半群(N,×)における既約元が具体的に何であるか調べよう。

零元はなく、単位元は1である。また可逆元は1しかない。

まずpを素数としよう。特にpは単位元1ではないことに注意する。
 p=ab
とすると、pは素数であるから約数は1かpしかない。
従って、
 a=1 または a=p
である。特に、
 a~1 または a~p
である。
よって、pは既約元の定義を満たす。

逆に、pを既約元とし、
 p=ab
とする。既約元の定義により
 a~1 または a~p
である。ここで同伴関係”~”は可逆元倍の違いに過ぎなかった。しかし可逆元は1のみであるから、この同伴関係は実質的に等号と同じ意味である:
 a=1 または a=p
これはpの約数が1またはp以外にないことを意味するから、pは素数である。

従って、(N,×)における既約元とは素数に他ならない。

こうして、既約元の定義が一般のRの上の概念に持ち上げられていることがわかるだろう。

4.例:(N∪{0},+)の既約元=1

0以上の整数の加法に関する可換な単位的半群
 (N∪{0},+)
における既約元とは具体的には何かを調べてみよう。

ここには零元がなく、0が単位元となり、0と同伴な元aとは、
   a~0
 ⇔ a|0 かつ 0|a
 ⇔ 0=a+b かつ a=0+c となる元b,cが存在する
 ⇔ a=0
であるから、0しかない。

そして、1より大きい自然数nは
 n=1+(n-1)
と分解されて、1は単位元0ではないから、既約元ではない。

しかし1は、
 1=a+b ⇒ a=0またはb=0
       ⇒a=0またはa=1
となるから、既約元である。

こうして、(N∪{0},+)における既約元は1のみである。

なお、単位元0を除いて任意の元nは
 n=1+1+・・・+1 (n個の和)
と書けて、これ以外に分解の方法がないこともわかる。

従って(N,+)の(N,×)における素因数分解に相当する分解は、このようなただ一つの既約元1による分解表示ということになる。そしてこれは本当に一意的である。一意性については次回以降にきちんと整理しよう。

5.例:(Z,×)における既約元=±素数

整数全体の集合をZとおくとき、整数の乗法に関する可換な単位的半群
 (Z,×)
における既約元とは具体的に何か調べてみよう。

ここでは零元は0で、単位元は1で、1と同伴な元は±1である。

次に、pが素数なら、pと同伴な元±pは既約元となる。

【証明】
  ±p=ab
 と2つの整数の積に分解されたとき、両辺絶対値を取れば素数の定義によって、
    p=|ab|=|a||b| 
  ⇒ |a|はpの約数
  ⇒ |a|は1またはp
  ⇒ a=±1 または a=±p
  ⇒ a~1 または a~p
 従って、pは既約元である。■

また逆に、任意の既約元は素数と同伴(つまり、±p,pは素数)であることもわかる。

【証明】
 pを既約元とする。定義により0でも可逆元ではないから、
  p≠0 かつ p≠±1
 である。今、|p|が素数であることを言えば、既約元pは
  p=±(素数)
 となって証明が完了する。そこで、
  |p|=ab (a>0 かつ b>0)  
 とする。このとき、
  p=±ab
   =(±a)b
 となる。pは既約元であるから、
   ±a~1 または ±a~p
 ⇒ a=1 または a=|p|
 よって、a=1ならb=|p|、a=|p|ならb=1であるから、これは|p|が素数であることを言っている。■

従って(Z,×)の既約元の全体は、±(素数)の全体であることがわかった。

6.例:(Z,+)の既約元=なし

最後に整数における加法に関する可換な単位的半群
 (Z,+)
における既約元が具体的に何か調べてみよう。

零元はなし、単位元は0であるが、今までとは違った著しい構造として、どんな元xにも、加法に関する逆元
 ーx
が存在する点にある。このような条件を満たす単位的半群は群と呼ばれた。とくに加法の可換性があるから、可換群、またはアーベル群と呼ばれた。

すべての元に対してその逆元が存在するということは、どの元も可逆元であるから、既約元の定義によって既約元は存在しないことになる。

これは、どんな整数nを持ってきても、nを分解する際、
 n=1+(-1)+n
 n=1+(-1)+1+(-1)+n
 ・・・
などのように、何の統制もなく自由に分解されてしまう世界で、そこでは既約元という概念が生まれないことを意味する。

7.まとめ

ここまで既約元の定義と、いくつかの馴染みがある具体的な数学的対象の中での既約元の姿をみてきた。既約元とはもうこれ以上分解しようのない究極的なものとして、その姿が確認される体系もあれば、一つも存在しないような体系もあった。

可換群であれば既約元はそもそも存在しないことはすぐわかった。しかし、すべてが可逆元とは限らないような一般の可換な単位的半群であっても、既約元がどこを探しても見つからないという可能性はまだ残っている。

既約元が見つかるための条件は次回の考察としよう。

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