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引き起こす

「あの人の笑顔が周りの人の笑顔を引き起こす」

「このお守りを持っていると、合格を引き起こす」

という風に、日常的な会話の中で、原因となるXが結果となるYを生み出すときに、「XがYを引き起こす」という表現がある。

そして数学の書籍でも「引き起こす」が議論している文脈の中で積極的に使われることがある。

また、XからYが引き起こされるときに、その引き起こし方が人工的なものではなく、とても単純な手続きであると思えるときは、「自然に引き起こす」という表現も使う。

「自然に」という副詞は、Yの生まれる様子が自然発生的なものに感じる、というセンスの問題なので、特にそれ自体に厳密な定義がある訳ではない。

しかし「自然に引き起こす」と強調して書かれているときは、読み手としてはピュアな心で読んでストレスなく解釈できるくらいの引き起こし方なのだと思える。

今回は数学での「引き起こす」ものの例として集合と写像の話の中で見てみよう。そのあと、それをさらに日常的な場面でなぞらえてみよう。

なお、「引き起こす」は英語では「induce」に当たり、これを「誘導する」という訳語もしばしば見かける。

1.例:写像fから引き起こされるもの

集合X,Yと、写像f:X→Yが与えられているとする。

写像fによって写る先が一致するようなXの2元a,bのことを
 a~b
と書くことにする:
   a~b
 ⇔ f(a)=f(b)

この~はXの上の2項関係であるが、反射律、反対称律、推移律を満足する:
・反射律:
 任意のa∈Xについて
  a~a
・反対称律:
 任意のa,b∈Xについて
  a~b ⇒ b~a
・推移律:
 任意のa,b,c∈Xについて
  a~b,b~c ⇒ a~c

そこで、~はXの上の同値関係である。 

この同値関係~をfの引き起こす同値関係と呼ぶ。

ここで「引き起こす」と名付けるのは、fがあるとき、あたかもそこにもとからあったかのように自然と同値関係~が定まるからである。

この同値関係~は次のように定めても同じである。

つまり、fの像f(X)の各元yでのfによる逆像:
 f’(y)={x∈X|f(x)=y}
(※注意1)がXの分割を成す。この分割に対応するXの上の同値関係が~に他ならない(※注意2)。

※注意1:
 fの逆像はf’より
  f^(-1)
 という記号を使うのが一般的だが今はf’と簡単にしている。

※注意2:
 分割から同値関係、同値関係から分割と1:1に対応することは以下の記事『同一視』より。

さて、Xの同値関係~による商集合X/~はYへの写像
 g:X/~ → Y
 g([x])=f(x)
を定める。ただし、x∈Xに対して[x]を元xの~による同値類を表す。

このgをfが引き起こす自然な写像と呼ばれる。

このgはその作り方から単射(1:1対応の写像)である。

特に、写像f:X→Yが全射なら、このgは全単射である:
 X/~ ≅ Y

2.写像gの日常的な例

上の写像gを日常的な例でみてみよう。

あるクラスの生徒全員が小テストを行い、結果がA,B,Cの3段階で評価されたとする。各生徒xからテストの結果yへの対応x↦yを写像fで表す。

このクラスの生徒全員から成る集合をX、評価の集合を
 Y={A,B,C}
とおく。

例えば写像f:X→YによるA∈Yの逆像は、評価がAだった生徒の集合:
 f’(A)={A評価の生徒}
を表す。B,C評価についても同様である。

このとき、生徒全員から成る集合Xは
 X={A評価の生徒}∪{B評価の生徒}∪{C評価の生徒}
と分割される。

このときfが引き起こすXの商集合とは、この3つを要素にする集合
 {{A評価の生徒},{B評価の生徒},{C評価の生徒}}
である。

ただし、この3つ要素のうち、空集合であればそれを商集合の要素として含めない。つまり、fによる像f(X)の各元での逆像のみを要素とする集合が商集合である。以下もその意味で、上の商集合の具体的な要素の表示は適宜読み替えるとしよう。

さてこの分割に対応するXの上の同値関係を~とする:
 a~b ⇔ aとbは共にある分割の要素に属する
     ⇔ a君とb君は同じ評価

なお、この同値関係はfが引き起こす同値関係でもある:
 f(a)=f(b) ⇔ a君とb君は同じ評価
        ⇔ a~b

そして、上記の商集合X/~からYへの写像
 g:X/~→Y
は、
 {A評価の生徒}↦A
 {B評価の生徒}↦B
 {C評価の生徒}↦C
を定義する写像である。

このgがfが引き起こす自然な写像である。そしてgはその定義から明らかに単射である。

3.まとめ

このようにfで引き起こされた同値関係~や単射gというのは、写像fによる値で一致するものの関係によって集合Xを分割するということと、さらに分割された上で見ればfは1:1対応とみなせる、という内容を表している。

これはf:X→Yさえあればとても自然発生的に~やgの概念が生まれるという文脈を、「引き起こす」という言葉で簡単に表現している。

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